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2006年2月18日 (土)

「ミュンヘン」

Myunhen (2005年・ドリームワークス/監督:スティーヴン・スピルバーグ)

 1972年のミュンヘン・オリンピックで起きた、パレスチナ・ゲリラ“ブラック・セプテンバー(黒い9月)”によるイスラエル選手人質(結果的に11人全員が死亡)事件は、当時衝撃的だった。平和の祭典であっても、政治や国際紛争と無縁でいられない現実を思い知らされた気がしたものだった。

 この映画はしかし、イスラエル政府がその報復として暗殺部隊を組織し、被害者と同数の11人のパレスチナ幹部の暗殺を実行した、その知られざる事実を、暗殺部隊の元メンバーの告白(「標的(ターゲット)は11人 モサド暗殺チームの記録」として出版)に基づき映画化したものである。

 人質事件も衝撃的だったが、それよりも一国の政府が、報復とは言え、秘密裏に暗殺を実行したという事実にも驚いた。こういう話は「ゴルゴ13」などのフィクションの世界の話とばかり思っていたからである。なんとまあ恐ろしい。どっちがテロ国家なんだか分からない

 で、本作についてであるが、これを、自身がユダヤ系であるスピルバーグ監督が映画化した点が興味深い。いわば祖国の暗部というか、触れられたくない部分に切り込んでいるからである。

 しかし、映画そのものは面白い。実話とは思えないくらい、スリリングで迫力満点。ヘタなスパイ映画も顔負けである。また重苦しいだけでなく、適度にチームのドジぶりも挿入(爆薬を仕掛けるのに、火薬の量を間違えたり、現場に少女がいるのが分かると慌てて中止命令を出したり)するなど、緩急自在の演出もさすがである。銃撃シーンでは「プライベート・ライアン」でもお馴染み、手持ちカメラによる映像がドキュメンタルな緊迫感を生んでいる。

 そして映画は後半、敵を追い詰めていたはずのメンバーたちが、さまざまな手違いから、逆に心理的に追い詰められて行く。主人公アブナー(エリック・バナ)もやがては、自分の使命そのものに疑問を抱いて行く。テロは憎むべきものだが、報復は結局より大きな憎悪を生むだけでしかない。ラスト、ニューヨークの風景の向こうに小さく、あのワールド・トレード・センタービルを捕らえたシーンに、スピルバーグの祈りを感じた。憎悪の連鎖は、いつになったら断ち切られるのであろうか。重いテーマを持った映画だが、観ておくべき価値のある作品である。    (採点=★★★★☆

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2006年2月11日 (土)

「スタンドアップ」

(2005年・ワーナー/監督:ニキ・カーロ)

 1976年頃、アメリカ北部のある炭鉱で起きたセクハラ事件と、それに毅然と立ち向かった女性の勇気と行動を描いた実話の映画化。

  「モンスター」で、驚異の変身(タルんだお腹と醜い顔)を見せたシャーリーズ・セロンが、今回も煤塵まみれの汚れメイクで奮闘している。

 そのセクハラの凄まじさは常軌を逸している。大人のオモチャ(ゴムのぺ○○)を弁当箱に入れるくらいはまだ序の口、女子更衣室に糞で卑猥な言葉を塗りたくったり、セロンの入った簡易トイレをひっくり返したり、人気のない場所で襲いかかったり…。南部の黒人差別といい、自由と平等の国アメリカも、排他的な田舎に行けばこうした人間の尊厳を踏みにじる愚行が横行していたのだろう(男の仕事の世界に次第に女が進出してくる事への脅威と反感があったことも要因の一つかも知れないが)。

 さまざまな嫌がらせに耐えて来たセロンは、ある日遂に怒りを爆発させ、卑劣な男たちとの戦いを開始し、やがて司法の場で対決することとなる。最初は冷ややかな眼で見ていた同僚達も、いつしか彼女の戦いぶりに賛同して行き、法定の傍聴人席から、一人、また一人…と立ち上がり(これが邦題の意味。ちなみに原題は“North Country”=北国。邦題の方がずっと作品のテーマを伝えており、これは変えて正解)、これを足掛かりに、最後は遂に裁判で全面勝利を勝ち取るに至る。このラストは感動的である。

 現代では、セクハラははっきり間違った行為であることが浸透しているが、まだわずか30年前まで、こんな事が日常的に行われていたのである。この映画が素晴らしいのは、人間とは愚かな行為を繰り返す生き物ではあるけれども、それにストップをかけ、正しい事が通用する社会を築いて行くのもまた人間である…その事を静かだが、力強く訴えている点にあると思う。ニキ・カーロ監督の正攻法で押した演出が光る。

 派手なCGやアクションものだけでなく、こうした地味な力作もきちんと送り出し、メジャー系で公開しヒットさせる、…そこがアメリカ映画の層の厚さであり、強みであると言えよう。秀作である。     (採点=★★★★☆

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