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2006年11月 8日 (水)

「地下鉄に乗って」

Metro (2006年・ギャガ=松竹/監督:篠原 哲雄)

浅田次郎は好きな作家の一人である。監督も「月とキャベツ」「はつ恋」「深呼吸の必要」などでお気に入りの篠原哲雄。しかも昭和39年にタイムスリップする…というお話。加えて映画紹介記事に『ALWAYS 三丁目の夕日』に感動した人には是非」とあるからには、これは観ねばならない…と、時間をやりくりして観たのだが…。

観終わってガッカリした。いや、こんな作品だったら観ない方がよかった。久しぶりに金を返して欲しいと思った。

無論、この作品に感動した人もいるだろうし、どうしようもない駄作という訳ではない。原作に感動した方ならご覧になっても一向に構わない。あくまで、私自身の尺度でダメと思うだけである。

しかし少なくとも、「ALWAYS 三丁目の夕日」感動をもう一度―と思う方にはお奨め出来ない。これからご覧になる方は参考にしていただけたらと思う。

 

お話の骨子は、父の家族に対する横暴ぶりに愛想をつかし、父との縁を切った男が、タイムスリップして過去の父の姿を見るうち、父の本当の姿を知って和解する…というもので、なんとなく「フィールド・オブ・ドリームス」や大林宣彦監督の秀作「異人たちとの夏」を思い起こさせ、それだけでも感動の秀作になりそうな予感がした。

なのに何だこれは!  (以下、多少ネタバラシします。そのつもりで)

外で愛人を作ったりする父と縁を切り、籍も抜いて苗字も変えるくらいだから、多分主人公・真次(堤真一)はよっぽど潔癖な性格なのだと普通は思うだろう。
ところが、真次自身、妻子がいるのに会社の同僚と不倫してるのである。まずこれで主人公に共感できない。妻が性格悪くて別れたいと思ってるならともかくも(それでも不倫は良くないが)、映画を観たらごく普通の家庭だし…。なんで不倫してるのか、そこが描けていない。

この父親・小沼佐吉(大沢たかお)が、一代で財をなしたという事なのだが、どうやって戦後の混乱期に蓄財したのか、それがタイムスリップしたおかげで、なんと米軍の横流し物資を売りさばいていたからだと判る。おまけに、あれは明らかに詐欺ですよ。それを真次は父の横に付いてずっと見ているわけなのだが、それで感心してちゃダメでしょ。こともあろうに、自分の家族の豊かな暮らしが、ピストル片手のヤミ取引と詐欺によって築かれたものだと知ったら、私なら余計ガッカリし、縁切りたくなるよ。

もっとヒドいのは、ラストで、長男が死んだというのにこの父親は、通夜にも立ち会わず愛人のところへ寄って、生まれて来る(愛人の)子供の名前はどうとかハシャギまくっており、その光景を真次は横で見ているのである。――バッカじゃないの?私ならブチ切れて父親殴り倒すところである。何考えてんだろうね。普通ならこれでますます父親に愛想をつかすと思うのだが…。なんでその後、父を見舞う気になるのか、私にはさっぱり理解出来ない。

もう一つあきれた点。最初にタイムスリップした時、兄が亡くなる4時間前くらいである事を知り、兄に会って、家から出ないよう懇々と言うのはいいのだが、何でその後確かめもせずに帰っちゃうんでしょう?。亡くなった時間、場所も(普通なら)知ってるはずだから、そこで待ち伏せして事故を食い止めようと何故しないのか。
しかも翌日、会社の社長との会話で、「母に聞いたら、あの後やっぱり家を出ちゃったらしいんですよ」とノー天気にひと事のように言ってるのを聞いて私はイスからズッコケそうになった。兄を助けるチャンスをみすみす逃した事を普通なら激しく後悔するのが当然ではないのか。ホントにこいつ、バカかと思ったよ。

まあそれで社長が言うように、「運命というものは変えられない」という事であるなら分かる。歴史を変えてはならないという事なのだろう。
ところが、ラストではその掟をひっくり返してしまい、過去が変わってしまうのである。一貫性がないではないか。

そりゃ、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」なんかのような、ファンタジー・コメディ・アドベンチャーなら何でもアリだろう。もともとホラ話なのだから。
しかし、いくらファンタジーでも、こういう泣かせる話の中でこんな荒唐無稽な事をやってはいけない。みち子の存在は、過去に間違いなく事実としてあった筈で、存在しない歴史があったとしたら、それはパラレルワールドとして別の宇宙の話になってしまうから。

この他にも突っ込みどころはいっぱいある。

真次は、ほとんど同じ背広姿で過去の佐吉の前に4度現われるのだが、そんなに印象に残る姿なのに、佐吉が毎回全然覚えていない様子なのはなんでだろう?

そのくせ満州では、「オレは占い師(真次のこと)に絶対死なないと言われた」からという事で(そう言われた事は覚えてて、本人が目の前にいるのに何で気付かない?)、民間人を裏から逃がして自分は盾となってソ連兵に向かって機関銃をバリバリ撃ちまくってる。

あのねぇ、そんな事したら、間違いなく死ぬよ(笑)。そうでなくても捕虜になって何年も日本に帰れないと思うが…。どうやって終戦直後の日本に戻れたのか?謎である。

まだまだあるが、キリがないので止めておく。

しかしどうしても許せないのは、真次とみち子(岡本綾)の関係と、みち子の取った行動である。(以下モロネタバレななるので伏せます。読みたい方はドラッグ反転してください)

実はみち子は真次の腹違いの妹である事が分かるのだが、それって近親相姦でしょ?本来は憎んでいた父と和解するハートウォーミングな話がメインと思うのだが、なんでこんな余計な(しかもおぞましい)話を盛り込むのか?ピントがボケてしまうと思うが。

しかもかなりしつこくベッドシーンが出て来る。ますます気分が悪くなる。

そして、身重の母を抱いて石段から転落するみち子の心理も不可解。真次を思って身を引くなら、黙ってどこかへ行ってしまえばいいだけの話だろうに。なんで母を幸福から地獄のどん底に突き落とすという残酷な事をするのだろう。母か、あるいは佐吉に復讐するというのなら分からないでもないが、そうでもなさそうだし…。

なによりいけないのは、“命を粗末にしている”点が問題である。どんな事があっても、自ら命を絶つ…という事を美談のように描いてはいけないと私は思っている。これがこの映画で、私が絶対に許せない部分である。
↑ネタバレここまで。

私は、映画とは、楽しくて夢と感動を与えてくれるものであるべきだと思う。その為には、主人公にまず共感できなければならないし、それによって主人公に感情移入し、頑張れと応援したくなるように展開すべきである。そして、ささやかでもいい、主人公たちにはハッピーな結末を迎えて欲しい「ALWAYS 三丁目の夕日」はまぎれもなくそんな映画だった。だから多くの人々の共感を得たのである。

この映画は、その点ではまったく同作とは相反するような作品である。だから「三丁目の夕日」に便乗したような宣伝(ポスターデザインまで似せてあるし、同作の出演者の一人、堤真一を主演にしたのもそういう魂胆かと勘繰ってしまう)や売りは混乱の元である。止めて欲しい。

大体、話の時代が真次やみち子の年齢からして、原作が発表された1994年頃でなければならないはずである(携帯が現在のものなど、明らかな考証ミスも問題)。その当時映画化していればまだしも、何で2006年の今頃になって映画化したかと言えば、「三丁目の夕日」のヒットにあやかって急遽企画した…のはミエミエである。

そういう不純な動機で、原作を表面的になぞり、いかにも昭和レトロ感動映画ですよといった顔をしてる偽善映画を私は認めるわけには行かない。そんなわけで、あくまで個人的にだが、本作を今年のワースト映画に挙げたいと思う。     (採点=×

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