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2006年12月31日 (日)

「暗いところで待ち合わせ Waiting in the Dark」

Kuraitokorode (2006年・ファントム/監督:天願 大介)

ほとんど宣伝もされず、ひっそりと公開されていたので、私もつい見過ごす所だった。たまたま入手したチラシを見て、原作・乙一、監督・天願大介と言う名前を見つけて俄然興味が湧いた。

乙一は「GOTH」を読んでいて、気になる作家ではあったし、天願大介と言えば今村昌平の息子であり、前作AIKIがなかなか良かったので注目している作家の一人である。

観に行った時はレイトショーだけの上映だった(シネリーブル梅田)。で、観終った感想…面白い!これは拾い物である。こんな隠れた秀作を多くの人に見せないなんて、けしからん!映画メディアも評論家もなんで無視してるのだ。特にミステリー映画ファンにはお奨めである。

まず、着想が面白い。交通事故で盲目になり、母は離婚し、父も突然死去して高台の家に一人住む少女の家に、殺人事件の容疑者の男がこっそり忍び込んで、気配を隠して同居するようになる。少女は誰かいる気配を感じるが、その正体に気付かない。果たして少女の運命やいかに…。

うーん、このシチュエーションだけでもハラハラする。「フラガール」の時にも書いたが、着想がユニークな作品は、それだけでもポイントが高くなる。加えて、周到に伏線が張りめぐらされ、先の読めないスリリングな展開の末に、さまざまな疑問点がラストに至ってすべて集約されて行き、あっと驚く意表を突いた結末になだれ込む。

それでいて、互いに心を閉ざした少女と男の、それぞれの心の暗闇、哀しみ、切なさも丁寧に描かれていて、単なるサスペンスに終わらず、人間ドラマとしても見応えがある。

セリフを極力抑え、ほとんど主演2人の沈黙の演技だけで持たせている。これは脚本、演出、そして主演俳優の演技力が絶妙のアンサンブルでバランスを保っていないとなかなか成功しないものである。お見事と言いたい。

つい先日、大森一樹監督のやはりサスペンス・ミステリー「悲しき天使」をかなりケナしたが、あれがダメな理由は本作と比較すればよく分かるだろう。設定が陳腐なうえに伏線もなく、登場人物の感情表現もおざなりで取ってつけたよう。何を考えてるのかよく分からず、主人公たちに感情移入出来ない(うーん、またケナしてしまったな。御免なさい)。

本作は、原作も良く出来ているが、脚本・監督の天願大介による映像化へのアダプテーションがうまいのである。

“ミチルの章”、“アキヒロの章”―と、少女ミチル(田中麗奈)と男アキヒロ(チェン・ボーリン)の出会いに至るまでの日常生活を別々に丹念に追い、まずそれぞれに観客が感情移入し易いように配慮されている。

原作では日本人だったアキヒロを、映画では中国とのハーフという設定に変更しており、これを疑問視する声もあるが、勤務先の先輩、松永(佐藤浩市)がアキヒロを執拗に苛め、しまいにはアキヒロが殺意を抱くまでに至る、その理由としては松永の中国人に対する差別意識があった…とする方がより自然であるという事だろう。日本人で、あそこまで他人を寄せ付けない暗い性格なら、観客が感情移入し難いだろうし…。そう考えるなら、私はあれで正解ではないかと思う。

多少難点もなくはないが、それらを補って余りある、ミステリーとしての意外な展開、すべてが終わった後の、余韻の残る爽やかなラストシーン、難しい役柄を見事にクリアした田中麗奈の好演…等も相まって、 実にいい気分で映画館を後にする事ができた。

ここからは完全にネタバレです。未見の方は読まない事。映画を観た方のみ、ドラッグ反転させてください。
実は松永を突き落とした犯人は別にいたのだが、劇中何度も登場する松永転落の回想シーンでは、アキヒロが突き落としたかのようにモンタージュされていて真犯人の姿は見えない。これは反則スレスレのミスディレクションである。

しかしこれもいい方に解釈するなら、ラストでアキヒロが独白するように、アキヒロ自身にも殺意はあったわけで、このイメージショットは現実シーンではなく、アキヒロの妄想の具象化とも感じられるのである。無論、ミステリーとしても真犯人が早くから突き止められてはまずいという点もあるが…。

伏線の張り方もうまい。ヒントはあちこちに仕掛けられているのであって、従業員のさりげない会話の中に、よく聞けば松永がハルミ(井川遥)を捨てたらしいと想像できる部分もある。

アキヒロがミチルの家に忍び込んだ本当の理由は、警察に追われ逃げ込んだのではなく、駅のホームにハルミが現れるのを監視していた為だと最後に判明するのだが(それでいつも窓際に座り込み、外をチラチラ覗いていたわけである)、観客はその様子が、警察が見張っていないか、怯えているのだと錯覚する。これも巧みなミスディレクションである。

 
(お楽しみはまだ続く)
ところで題名だが、映画ファンなら、「いところでち合わせ」というタイトルからすぐに、A・ヘップバーン主演のサスペンスの快作くなるまでって」を思い出すだろう(どうでもいいが、大森一樹の長編デビュー作のタイトルが「暗くなるまで待てない」である(笑))。

「暗くなるまで待って」のストーリーも、盲目のヒロインの家に悪人が忍び込み気配を殺して部屋の中にいるのに、ヒロインは気付かない…と、本作とよく似た展開となる。
恐らく原作者は、この映画に多少ヒントを得て本作を書いたのではないだろうか。題名が似ているのは、ヒントにした事をカンのいい観客に悟らせる為かも知れない。

またネタバレになります。↓
「暗くなるまで待って」を観た観客は、あちらが、殺人犯が最後で正体を現わし、ヒロインを殺そうとする…という展開も知ってるから、余計アキヒロがミチルを襲うのではないか…と錯覚しハラハラする。-そこまで考えてこの題名にしたのなら、乙一もなかなか策士である(笑)。

ついでだが、本作のサブタイトルは "Waiting in the Dark" … 古い映画ファンなら、これがフレッド・アステア主演の傑作ミュージカル「バンド・ワゴン」の中で使われ、今ではスタンダード・ナンバーとなっている名曲 "Dancing in the Dark" のモジリだと気が付くだろう。も一つついでに、このタイトルを拝借したと思しい、ビョーク主演のミュージカル映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」 "Dancer in the Dark" の主人公も失明の恐怖に怯えているのである。―こんな具合に、タイトルからいろいろ連想してみるのも面白いものである。

 
そんなわけで、これはミステリー・ファンにはお奨めの秀作である。もし原作を未読なら、映画を観てから後に読むほうがいいだろう。また、ビデオで観る場合には、出来るだけ真っ暗で、一切の物音がしない環境で観る方がより楽しめる。―その意味では、劇場で観るのが一番いい鑑賞方法と言えるだろう。     (採点=★★★★☆

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コメント

 トラックバック、ありがとうございます。Keiさんの記事を読ませていただくと、私はなんて文才のないテキトーな野郎なんだと思います。いつもそうです。これが映画評論であり、私の書いているのは「思ったこと」程度に過ぎません。読み応えあります。敬服です。
 私は昔、長くボランティアにいたことがあり、盲目の方とたくさん語り合いました。いくら目が見えなくても、同じ部屋にいることはすべての人が感じる。息を殺していても。・・・ですから、目の前に近づいてもわからないのは、本当は知っていて?と勘ぐってしまいました。そこに疑問を感じたのは、私の体験があったからで、ここでちょっと気分がどこかへ行ってしまいました。また、「古い家だから・・・」と言っているのに、今建ったばかりの新築丸出しのセットにも気をそがれてしまいました。歪んだ観かたですが・・・。
 読ませてもらい、ありがとうございます。いま、31日の午後10時30分・・・今年はいろいろありがとうございました。よいお年をお迎え下さい。来年も宜しくお願いします。  冨田弘嗣

投稿: 冨田弘嗣 | 2006年12月31日 (日) 22:33

冨田さん、こんばんは。
早速コメントいただき、ありがとうございます。

>いくら目が見えなくても、同じ部屋にいることはすべての人が感じる。息を殺していても…
>目の前に近づいてもわからないのは、本当は知っていて?

これについては、私も最初そう思いました。
ただ、友人カズエが言ってたように、ミチルは盲人になってまだ日が浅い(ツエの使い方も点字もまだ覚束ない)事を考えると納得できると思います。
それと、フィクション・ドラマには、物語を面白くする為に、現実とは異なる“ウソ”が混じる場合も多々あります。ミチルと同じ様に、そこは見えてても見えないフリをして(笑)楽しむのが良いかと思います。

今年1年ありがとうございました。お会いできて楽しかったです。来年もよろしくお願いいたします。

投稿: Kei(管理人) | 2006年12月31日 (日) 23:31

突然で申しわけありません。現在2006年の映画ベストテンを選ぶ企画「日本インターネット映画大賞」を開催中です。投票に御参加いただくようよろしくお願いいたします。なお、日本インターネット映画大賞のURLはhttp://www.mirai.ne.jp/~abc/movieawards/kontents/index.htmlです。

投稿: 日本インターネット映画大賞 | 2007年1月 1日 (月) 11:15

あけましておめでとうございます。昨年は時を忘れる楽しいひとときをありがとうございました。
 Keiさんのコメントを読むと、なるほどそうかと思います。ちょっと私は斜めに構えて観ているようです。もっと素直に観なきゃ。
 今年も宜しくお願い致します。  冨田弘嗣

投稿: 冨田弘嗣 | 2007年1月 7日 (日) 01:00

TBありがとう。
ミステリーの側面と、ひきこもりのふたりの出会いの物語と、そのバランスが絶妙であったと思います。

投稿: kimion20002000 | 2007年7月15日 (日) 21:13

突然のコメントすみません!諸事情でラストの20分まだ見れてなくてどうしても結末が知りたいのでよろしければ教えて頂けませんか!?アキヒロは何をするのでしょうか?

投稿: りさ | 2008年12月 6日 (土) 00:00

リサさん、こんばんは。

お教えしてもいいのですが、ネタバレになっちゃうので、ココでは書けません(コメント欄は本文のように白文字で隠せないので…)。

で、知りたければ、DVDをTSUTAYAなんかでレンタルする事をお奨めします。
やっぱり、映画は直にご自分で観られるのが一番ですよ。
それに、もう一度観た方が、巧妙に仕組まれた伏線を再確認出来ますし。
ていう事で、よろしく…

投稿: Kei(管理人) | 2008年12月 9日 (火) 01:29

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