« 「手紙」 | トップページ | 映画俳優・木村拓哉の可能性―「武士の一分」その2 »

2006年12月 5日 (火)

「武士の一分」

Bushinoitibun_1 (2006年・松竹/監督:山田 洋次)

山田洋次監督による、藤沢周平原作時代劇3部作の最終作。

こういうのを、職人技…と言うのだろう。まさに一分のスキもなく見事に完成された名品である。

物語はムダなく、よどみなく流れ、四季折々の風物の中で人間の営み、所作が丹念に綴られ、一幅の名画を見ているかの如き満足感が得られる、クオリティの高い作品である。

しかしそれでいて、笑えるし、泣けるし、迫力あるチャンバラ・アクションは堪能出来るし、ラストは爽やかな余韻が残る…といった具合に、誰もが楽しめる大衆娯楽映画としても素晴らしい出来なのだから、もう脱帽するしかない。

黒澤明監督作品もやはり芸術性と娯楽性を併せ持った力作が多いが、どちらかと言うと、庶民にはちょっと近寄り難い威厳・オーラがあるような気がする。

その点、山田作品は、「男はつらいよ」に代表されるように、ごく普通の大衆・庶民が観ても安心して楽しめる居心地の良さがあると言えるだろう。

ある意味では、格調高い芸術作品を作るより難しいかも知れない。お見事…としか言い様がない。参りました。


製作発表された当時、キムタクこと木村拓哉の主演を懸念する声もあった。アイドル人気に頼った企画…とも言われた。

しかし、天下の山田洋次がアイドルというだけで俳優を起用するはずがない。キムタクの俳優としての資質を十分見抜いた上での起用である。

キムタクはその意向に十分応えた。もともと剣道をやっていたということもあるが、殺陣の迫力、目が見えなくなってからの鬼気迫る熱演、いずれもピタリ役に嵌まって好演である。

この映画のポイントは、丹念な四季の移り変わりの描写であり、また食事や、城の侍の勤務振りなど、日常の何気ない生活のディテールをきっちりと描いた部分である。

庭の落ち葉が、季節ごとに変わって行くし、夏のホタルも美しい。これをわざわざCGを使って動かしているが、我々観客が綺麗…と思えば思うほど、もう新之丞(木村)はこの美しい風物詩を一生見ることは出来ないのだ…という悲しみが胸を打つのである。こういうさりげない描写に手を抜かない所が山田洋次監督の良さである。

殿を待つ植え込みで群がって来るヤブ蚊までCGを使っている。普通の監督はここまでしない。これがある事で、暑い夏の季節感、下級藩士の悲哀、さんざん待たせて“大儀!”のひと言だけの殿さまに対する風刺…がそれぞれ強調される結果となる。うまい!

他にも、雨、稲光、強風…といった自然描写が、主人公の心情(悲しみ、怒り、絶望感等)の暗喩となっている辺りもきめ細かな心配りである。

前2作は数編の短編を拠り合わせて長編の映画に仕立てたが、本作は短編「盲目剣谺返し」1本のみが原作である。従って、如何に原作にないエピソードを(原作の雰囲気を壊さずに)追加してお話を膨らませるか…という所が山田洋次を中心とした脚本チームの腕の見せ所となる。

その膨らませた部分が、まったく原作の味わいを損ねることなく、作品の厚み、風格として見事に生きている。これが職人の技である。

これも原作にないエピソードだが、新之丞が子供好きで、将来は早く隠居して子供たちに、個性に合った剣道を教えたい…と夢を語る部分がいい。川べりで子供相手に、楽しそうにふざけるシーンがちゃんと伏線になっているし、盲目になった後、伯母の子供相手に木刀で稽古をつけるシーンも出て来るが、これらの描写から、もしかしたら新之丞は将来、子供相手の剣道場を開いて夢を実現するのかも知れないと私は思った。それであれば将来の生活の心配も解消されるだろう。あの感動のラストと合わせて、私は見終わった後、心の底から“よかった”と思い、胸が熱くなったのである。

憎き敵役の島田(坂東三津五郎)との決闘シーンも凄い迫力。やや短いとの声もあるが、原作ではもっと短い。ダラダラやるより、私はあれで十分だと思う。坂東三津五郎はスクリーンでは初めて見たが、堂々たる悪役ぶりでお見事。目の演技、刀さばきも素晴らしい。さすが歌舞伎俳優である。もっと映画に出て欲しい。

キムタクは、特に目が見えなくなってからの演技がいい。見えない目で不貞を働いた妻を凝視する、暗闇に光る目はゾッとする凄みがある。妻・加世を演じた壇れいもさすが宝塚女優。役にピッタリ収まっている。そしてピカ一が中間・徳平を演じた笹野高史。山田映画の常連だが、本作では素晴らしいバイ・プレイヤーぶりを見せる。軽妙な受答えで、暗くなりがちな物語にホッとする明るさをもたらしている。それでいて、先代からずっと三村家に仕えて来た年輪の重みも感じさせ、まさにいぶし銀といっていい名演技である。今年の助演男優賞はまず決まりである。

作品の完成度は、「たそがれ清兵衛」にやや分がある。しかし、本筋とは関係ない日常描写、自然風物などのディテールも含めたら、3部作中、本作が最高の出来だと私は思う。何度観ても心がなごみ、堪能出来る素晴らしい名工のマスターピースだと言えよう。傑作である。    (採点=★★★★★

   ランキングに投票ください → にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ



(で、お楽しみはココからだ)
3部作を比較してみると、いろいろ微妙な関連性と言うかリンクしている部分(遊んでいる部分もある?)があって、これも楽しい。

①1作目は、短編3本を縒り合せていたが、2作目では短編2本に減り、そして本作では短編1本…と、1作ごとに原作の数が減っている。従ってこれで山田監督による藤沢作品映画化は打ち止めになるわけである。

②主人公の裃(かみしも)が1作目では極端にくたびれていたが、2作目ではややマシになり、本作ではかなりピンとなっている。まあ妻がいるから当然だが(炭火を使ったアイロンをあてるシーンがある。江戸時代からアイロンあったんですね(笑))。なお冒頭で徳平が裃を触って直すシーンにはニヤリとさせられた。

③中間が、いつも狂言回し的な役柄で笑いの部分をカバーしている点が共通している。前2作ではこれも山田組常連、神戸浩が勤めたが、1作目で神戸が、朋恵の家に口上伝達に行くシーンが本作での徳平が島田の家に果し合いの口上を伝えに行くシーンとリンクしている。

④3作とも、小林稔侍が主人公の上司を演じている。

⑤1作目の決闘の相手、田中泯が2作目では剣道の師匠に扮しているが、2作目の敵役・緒方拳が3作目でこれまた剣道の師匠に扮している。この調子で行くと次作では坂東三津五郎が剣道の師匠になるか(笑)。

⑥2作目で、親友・狭間弥市郎の妻(高島礼子)が家老(緒方拳)に、亭主の命を救うというエサで手篭めにされるが、本作では加世がやはり同じようなシチュエーションで手篭めにされる。で、どちらの悪役とも必殺剣(共に“隠し剣”シリーズ)で倒される。

 

|

« 「手紙」 | トップページ | 映画俳優・木村拓哉の可能性―「武士の一分」その2 »

コメント

 トラックバック、ありがとうございました。いつも、他を寄せ付けない眼力の鋭い評論で、私は頭が下がります。私などは、ぼーっと観ているだけで、深く考えることはありませんでした。画面からみえる心の部分をここまで書き綴った評論はありますまい。他作の比較は興味をもって読みました。私は観ているのに、そんなことなど整理できず、頭に何も残っていない。Keiさんと私ではまったくレベルが違うのは明白です。私は単に銀幕を観るのが好きなだけなのかもしれません。私の評とKeiさんの評を読み比べると、私は顔を隠したくなる次第です。本当に、いつもトラックバックをいただき、感謝します。  冨田弘嗣

投稿: 冨田弘嗣 | 2006年12月 8日 (金) 00:05

TBありがとう
なかなか細かいところまで解説されていて、完成度の高いブログですね。
「我々観客が綺麗…と思えば思うほど、もう新之丞(木村)はこの美しい風物詩を一生見ることは出来ないのだ…という悲しみが胸を打つのである。」
ここらはまるでプロの評論家ですよ。

投稿: ケント | 2006年12月10日 (日) 10:25

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「武士の一分」:

» 武士の一分 [ネタバレ映画館]
徳平(笹野高史)の子孫は上京し、やがて鈴木建設社長の運転手へ・・・ [続きを読む]

受信: 2006年12月 5日 (火) 02:20

» 『武士の一分』鑑賞! [☆★☆風景写真blog☆★☆healing Photo!]
『武士の一分(いちぶん)』鑑賞レビュー! 人には命をかけても 守らねばならない 一分(いちぶん)がある 『武士の一分(いちぶん)』とは 侍が命をかけて守らねばならない 名誉や面目をいう ★review★ 映画の日 1日に観て来ました〜! 千円均一の日に公開開始なんて ラッキーですた!(-人-)ありがたやありがたや。。。。 本作は、前回鑑賞の★007/カジノロワイヤルとは 180°転換の?"復讐劇"かと思いきや なんのなんの下級武士で... [続きを読む]

受信: 2006年12月 5日 (火) 06:08

» 「武士の一分」映画館レビュー 一分への距離 [長江将史〜てれすどん2号 まだ見ぬ未来へ]
山田洋次監督は、今もなお進化し続ける巨匠。僕が武士の一分を語れるには、あと何年かかるだろう。 [続きを読む]

受信: 2006年12月 7日 (木) 22:27

» 武士の一分 [活動写真評論家人生]
 動物園前シネフェスタ  これほど前宣伝した山田洋次監督作品があったろうか。「男はつらいよ」のおか [続きを読む]

受信: 2006年12月 7日 (木) 23:51

» 武士の一分 [シャーロットの涙]
三村新之丞は、近習組に勤める下級武士。毒見役という役目に嫌気がさしながらも、美しい妻・加世と中間の徳平と平和な毎日を送っていた。 ある日、毒見の後、新之丞は激しい腹痛に襲われる。あやうく一命はとりとめたが、高熱にうなされ、意識を取り戻した時は、視力を失っていた。 人の世話なしで生きられなくなった自分を恥じ、一度は命を絶とうとしたが、加世と徳平のために思い留まった。 ある日、加世が外�... [続きを読む]

受信: 2006年12月 8日 (金) 19:42

» キムタク『HERO』が映画で復活! [フジテレビのドラマ@情報室]
”キムタク”を含む記事にTBさせていただいております。ご迷惑でしたら削除してくださいませm(_ _)m。 キムタクのドラマは大体見てきてますが、この『HERO』はダントツに面白かったですね。キムタク演じる久利生(くりゅう)検事のキャラは、『踊る大捜査線』の青島刑事(織田裕二)がモデルになってるとか。確かにキャラ的に被(かぶ)るところはあるけれども、やはりSMAP・木村拓哉の人気は強いでしょう。... [続きを読む]

受信: 2006年12月 9日 (土) 14:48

» 武士の一分・・・・・評価額1650円 [ノラネコの呑んで観るシネマ]
木村拓哉、毒にあたって苦しんでても、高熱にうなされてても・・ええ男やなあ・・・。 私も風邪をひいて、一週間以上体調が最悪。 キムタクじゃないので、もう人前に出ることすら出来ないボロボロの状態だ。 映... [続きを読む]

受信: 2006年12月 9日 (土) 18:47

» 【劇場映画】 武士の一分 [ナマケモノの穴]
≪ストーリー≫ 三村新之丞は、近習組に勤める下級武士。毒見役という役目に嫌気がさしながらも、美しい妻・加世と中間の徳平と平和な毎日を送っていた。ある日、毒見の後、新之丞は激しい腹痛に襲われる。あやうく一命はとりとめたが、高熱にうなされ、意識を取り戻した時は、視力を失っていた。人の世話なしで生きられなくなった自分を恥じ、一度は命を絶とうとしたが、加世と徳平のために思い留まった。ある日、加世が外で男と密会しているという噂を聞く。新之丞は徳平に尾行をさせ、加世が番頭・島田と密会していることを知る……。(... [続きを読む]

受信: 2006年12月 9日 (土) 21:51

» 「武士の一分」 戦い、そして妻の深い愛に気付く [はらやんの映画徒然草]
「たそがれ清兵衛」「隠し剣鬼の爪」に続く山田洋次監督の時代劇三作目です。 前二作 [続きを読む]

受信: 2006年12月 9日 (土) 23:20

» 武士の一分 [ケントのたそがれ劇場]
★★★★  ご存知、山田洋次監督の藤沢周平シリーズ第3作であり、シリーズの最終作品となるようだ。主演にキムタクを起用したので、果してきちっと時代劇になるのか、少し心配であった。 ところが、意外と言っては失札だが、木村拓哉はりっぱな仕事をするではないか。あの... [続きを読む]

受信: 2006年12月10日 (日) 10:23

» 「武士の一分」レビュー [映画レビュー トラックバックセンター]
「武士の一分」についてのレビューをトラックバックで募集しています。 *出演:木村拓哉、檀れい、笹野高史、小林稔侍、緒形拳、桃井かおり、坂東三津五郎、他 *監督:山田洋次 *原作:藤沢周平 感想・評価・批評 等、レビューを含む記事・ブログからのトラックバックをお待..... [続きを読む]

受信: 2006年12月10日 (日) 10:48

» 武士の一分 (2006年) [シネマテーク]
【コメント】★★★★★★★☆☆☆ 山田洋次監督による藤沢周平の作品を原作とした... [続きを読む]

受信: 2006年12月10日 (日) 16:37

» 武士の一分(映画館) [ひるめし。]
人には命をかけても守らなければならない一分がある。 [続きを読む]

受信: 2006年12月10日 (日) 16:44

» ★「武士の一分(いちぶん)」 [ひらりん的映画ブログ]
SMAPのキムタク主演の時代劇。 彼のファンの人は、「キムタク」とは呼ばないそうですが、 良い意味のあだ名なので、敢えて。 結構スマップ好きなひらりんなんですっ。 [続きを読む]

受信: 2006年12月12日 (火) 04:43

» ■週末の学び12/1「武士の一分」〜あなたの一分とは?〜 [「感動創造カンパニー」城北の部屋!仕事も人生も感動だっ!]
映画から 生きざまを 学びましょう! [続きを読む]

受信: 2006年12月12日 (火) 07:55

» 『武士の一分』 [京の昼寝〜♪]
命をかけて、守りたい愛がある。 ■監督・脚本 山田洋次■原作 藤沢周平(「盲目剣谺(こだま)返し」文藝春秋刊【隠し剣秋風抄】所収) ■脚本 山本一郎・平松恵美子■キャスト 木村拓哉、檀れい、坂東三津五郎、笹野高史、小林稔侍、緒形拳、桃井かおり、大地康雄□オフィシャルサイト  『武士の一分』 下級武士の三村新之丞(木村拓哉)は、妻の加世(檀れい)と穏やかな生活を送っていた。�... [続きを読む]

受信: 2006年12月12日 (火) 08:23

» 「武士の一分」観てきました♪ [りんたろうの☆きときと日記☆]
☆「武士の一分」 監督:山田洋次 出演:木村拓哉、檀れい、笹野高史、小林稔侍、赤塚真人、綾田俊樹、緒形拳、桃井かおり、坂東三津五郎 三村新之丞は近習組に勤める三十石の下級武士。 城下の木部道場で剣術を極め、藩校で秀才と言われながらも、現在の務めは毒見役。 不本意で手応えのないお役目に嫌気がさしながらも、美しく気立てのいい妻・加世、父の代から仕える中間の徳平と、つましくも笑いの絶えない平和な日々を送っていた。 そんな�... [続きを読む]

受信: 2006年12月12日 (火) 22:31

» 武士の一分 [カリスマ映画論]
【映画的カリスマ指数】★★★★★  その゛一分゛・・・しかと心に迫りましたでがんす   [続きを読む]

受信: 2006年12月14日 (木) 21:48

» 「 武士の一分 (2006) 」 [MoonDreamWorks★Fc2]
監督・脚本 : 山田洋次 出演 : 木村拓哉  / 檀れい  / 笹野高史 他   公式HP : http://www.ichibun.jp/ 「 武士の一分 (2006) 」 原作は、藤沢周平箸 『盲目剣谺返し』(... [続きを読む]

受信: 2006年12月16日 (土) 16:30

» 武士の一分 [銀の森のゴブリン]
2006年 日本 2006年12月公開 評価:★★★★☆ 監督:山田洋次 原作: [続きを読む]

受信: 2006年12月17日 (日) 00:00

» 黒澤明監督 映画作品 人気投票 [日本映画 監督篇 黒澤明]
”黒澤明”を含む記事にTBさせていただいております。黒澤明監督 映画作品の人気投票を行っています。もしよろしければ投票お願い致しますm(_ _)m。 [続きを読む]

受信: 2006年12月19日 (火) 01:47

» ジャニーズ画像のすべて [ジャニーズ画像のすべて]
ジャニーズ画像を集めていきたいと思います。ジャニーズ画像は、本当に沢山あるので、ジャニーズ画像を全部集めていけるように頑張りますね! [続きを読む]

受信: 2006年12月24日 (日) 00:40

» 身の丈時代劇 [ふかや・インディーズ・フィルム・フェスティバル]
山田洋次監督『武士の一分』。 深谷シネマ怒涛の三週間興行。 最後の一週間。 赤塚真人は山田時代劇には欠かせない。 緒形拳演じる剣術の師匠役は、やっぱり田中泯に演じて欲しかった。 木村拓哉は…やっぱり木村拓哉。 男が刀を握る瞬間。 『たそ...... [続きを読む]

受信: 2007年4月10日 (火) 11:50

« 「手紙」 | トップページ | 映画俳優・木村拓哉の可能性―「武士の一分」その2 »