「悲しき天使」
(2006年・ツインズジャパン/監督:大森 一樹)
全く久しぶりの大森一樹監督作品。かつては「ヒポクラテスたち」、「恋する女たち」、「ゴジラVSキングギドラ」(この組合せもすごい(笑))などの才気溢れる力作を発表し、若手監督のホープとして(特に地元関西出身という事もあり)、私もデビュー以来ずっと熱い視線を送って来たが、ここ数年はどうもイマイチでパッとしない。「ドリーム・スタジアム」も「走れイチロー」も「T.R.Y」も、企画としては悪くないのに映画はつまらなくて失望した。
映画館を舞台とした「明るくなるまでこの恋を」に至っては、(いくらたった1日で撮影したとは言え)自主映画を撮っていた頃に逆戻りしたのかと思うほどタルんだ作品だった。
その彼が久しぶりに取り組んだのが、なんと松本清張サスペンス、「張り込み」のリメイク。…と言っても、刑事が殺人犯の逃亡見込み先に張り込み、逮捕に至るまでの1週間を描くという基本線のみ拝借しているが、登場人物のキャラクターやストーリー展開はまったく異なる、オリジナル作品と言ってもいい。大森監督にとっても、初の犯罪サスペンス・ドラマである。
ポスターには、「その後の恋する女たち」とある。あの秀作から20年、主要登場人物に、それぞれ30歳台の3人の女性を配置しているところからして、あの3人の少女たちのその後の姿か…と思いきやそうでもない。こちらの3人は事件までは全く面識がないのだから。しかもそれぞれに悩みや重い人生を抱えており、あの、軽々と青春時代を飛び跳ねていた少女たちの面影もない。何よりこちらは犯罪ドラマなのだから。まあ何となく、3人のキャラクターが旧作の3人を少しづつ反映させているようには見えるが…。
東京の河原で死体が発見され、犯人は男の娘であることが判る。犯人は拳銃を持っており、逃亡先として可能性のある、かつての恋人であり、大分で旅館を経営している男を2人の刑事が張り込む事となる。期限は1週間、果たして犯人は現れるのか…。
刑事の1人を30歳台、恋人はいるが結婚に踏み切れず悩む女性・薫(高岡早紀)とし、犯人を被害者との間に忌まわしい過去のある女・那美(山本未来)とした所が面白い設定で、これで両者の女性としてのシンパシー、葛藤、そして薫の成長…等が描けておれば秀作になったかも知れない。
が、正直言って食いたらない。女性映画としても、サスペンス映画としてもどっちも中途半端。携帯、パソコン、ネット、120倍デジタルズームビデオカメラ、電話盗聴器等ハイテク機材をうまく活用している辺りは面白いが、見どころはそこだけ…と言ったら厳しいか。
脚本は大森1人で書いているが、誰かベテラン(出来ればサスペンスものが得意な)シナリオ・ライターと組んだ方が良かったのではないか。サスペンスとしてはいろいろ穴があるからである。
まず、犯人が長期逃亡する気なら、死体の身元が割れるものは剥がすなり、顔を潰すなりの細工をすべきである(同じ清張原作「砂の器」のように)。また弟も、簡単に自白せず、犯人は知らぬ存ぜずで粘らなければならないのではないか。あまりに簡単に犯人が割れ過ぎる。隠蔽工作にも拘らず、わずかの手がかりから犯人を突き止める…という方がサスペンス味が増すと思うが。
犯人の女がなんで拳銃を持っていたかも曖昧。父親を殺すつもりだったとしても、いくらでも方法がある。拳銃を所持する必然性が欲しい。
ベテラン刑事と組む相方が若い女性というのも、実際にあるのだろうか。問題が起きそうな気がするが。まあそれはドラマとして割り切るとしても、同じ旅館に長く泊まっているうちに、プライベートな事で話し合ったり、悩みを打ち明けたりする場面もあってもいいと思うが。最初は反感を感じていた先輩刑事に対して、一緒に仕事をしているうちに心を通わせ、信頼感を増してゆく…といったプロセスがあればなお良かったと思う。
以下、ネタバレになるので隠します。読みたい場合はドラッグ反転させてください。
そして分からないのが、男の妻(河合美智子)が積極的に犯人の国外逃亡を助けること。男が足を折ったおかげで男と知り合い、結婚できたと説明しているが、それが、犯人隠匿で逮捕されるリスク(旅館経営がピンチになることもあり得る)を犯してまで実行するほどの理由になるのだろうか。むしろ、幸福な今の生活を守る為に警察に密告する方が女性心理としては普通ではないだろうか。ここが一番弱い。
サッカー競技場から那美を逃がすシーンでも、ちょっと運に頼り過ぎてる。地元警察の協力で、もう少し見張る人数が多かったらすぐに逮捕されてる所だ。見張ってる刑事が2人しかいないと分かってたとは思えないし。
まあ、私はツッコミ所が多くても、ドラマとして面白く出来ておれば文句は言わない。女性映画としての犯罪サスペンス…という難しいジャンルに挑戦した大森監督の意気込みは買うが、若い時なら大目に見ても、ベテランの域に達した今では、この程度では満足出来ない。
口幅ったい事を言うようだが、女性心理の綾を繊細な演出で見事に描いた成瀬巳喜男監督の諸作品をじっくり観て、研究して欲しい。例えば、珍しい犯罪サスペンス「女の中にいる他人」の脚本・演出の卓抜さは是非見習って欲しいところである。
残念ながら、テレビの2時間サスペンスドラマとして放映されたなら、ちょうどいいくらいの出来である。捲土重来を期待したい。
蛇足ながら、タイトルの「悲しき天使」とは、'70年代に大ヒットしたメリー・ホプキンが歌うポピュラー・ソングの題名(副題も同曲の原題"Those Were The Days")。私も大好きな曲で、多分大森一樹も好きな曲なのだろうが、映画のテーマを表しているとは言い難い。この題名で映画を観たいという気にはならない。犯罪刑事サスペンスに相応しい題名にすべきではなかったか(うーん、なんか文句ばかり言ってしまったな。とにかく頑張ってよ、大森監督)。 (採点=★★★)
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