「犬神家の一族」
(2006年・角川ヘラルド=東宝/監督:市川 崑)
懐かしや石坂浩二の金田一耕助。まさか21世紀になって石坂金田一に再見出来るとは思っても見なかった。もうそれだけで、30年前のオリジナル作品をリアルタイムで観た私などは大感激である。
実際、冒頭に道の向こうから金田一耕助がトランクを下げてやって来るシーンを見たら、本当に涙が出て来た。ああ、変わっていない、石坂浩二も、そして巨匠、市川崑監督のスタイリッシュな演出もそのまんま変わらない。お二人とも、永遠の青年である。もう映画の出来などどうでもいい心境になって来た。
…て、それじゃ批評にならないので(笑)、冷静に気分を落ち着かせて書く事とする。
最初に、市川崑監督、石坂浩二主演という、オリジナルそのままのコンビで「犬神家の一族」をリメイクすると聞いた時は、首をかしげた。そんな事になんの意味があるのだろうかと思った。
セルフリメイクというのは、市川監督自身も「ビルマの竪琴」でやっているが、あの場合は、初作がモノクロでしかもビルマ・ロケが出来なかった…という無念の思いがあってのリメイクと聞いている。それなら意味があるのだが、本作はオリジナルで十分完成されていると思う。あれ以上のものが出来るとは思えない。
ところが、本作は市川崑監督が思い立ったのではなく、「帝都物語」、「リング」などのヒット作をプロデュースしてきた一瀬隆重プロデューサーが企画したものだという。確かに、当時あの映画を観て感激したという一瀬氏としては、どうしても自分の手で、あの感動を次の世代に伝えたい…と言う思いがあったのだろう。
多分今まで、世界の映画史上でも誰もやった事のない、“30年前の作品を、同じ監督、同じ俳優で、同じ脚本を使ってそっくりそのまま作り直す”(しかもテーマ曲も同じ)というプロジェクトを実行するという作業は、それだけでプロデューサーとしては楽しくて仕方がなかった事だろう。…もっともこれは、監督の腕が落ちておらず、俳優もそれほど老けていない…という極めて稀な条件をクリアしなければならない。市川崑、石坂浩二といった、いつまでも若さを失っていない人たちが係っていた事はまことに幸運であった(無論、加藤武、大滝秀治が健在であった事も)。
30年前に前作が登場した時に、圧倒的な支持を受けたのは(キネマ旬報読者のベストテン第1位)、大手映画会社が活力を失い、日本映画全体がマンネリ化し、衰退モードにあった時に、大手映画会社以外から彗星のように角川春樹が登場し、かつ社会派ミステリーに押されて本格ミステリーがほとんど読まれなくなり、半ば忘れられた存在だった横溝正史にスポットライトを当てる…という斬新なメディアミックス戦略に多くの映画観客が時代の変革を感じたからである。
だから私も含めて当時の観客は、作品の出来以上に、この映画にとてもフレッシュな感銘を受けたのである。
市川崑監督のスタイリッシュな演出も相乗効果となった。
そういう時代から比べると、今本作を観ても当時の感銘には及ばない。前作を知ってる観客には、ストーリーも、ラストの結末も分かってるだけに余計インパクトは弱い。
一方、前作を知らない観客にとっては、前作のいくつかのシーンが削除されていたり、セリフだけの説明になっていたり(前作における、冒頭の犬神財閥の歴史をスチール写真で手際よく紹介するくだりは残しておいて欲しかった)と、やや解り辛い作りになっているうえ、物語の内容も今の時代には古めかしく見えてしまうかも知れない。なにしろ、“復員”という言葉すら、若い人には理解できないだろうから。
そんなわけで、総体的には作品評価は厳しいものにならざるを得ないだろう。
しかし、冒頭にも書いたように、この作品は30年前の俳優・スタッフが、年月を経て再度集まって、今も元気な姿を見せてくれる…という点こそがポイントであり、私にとっては、新作映画を鑑賞していると言うよりは、懐かしい同窓会に出席しているような気分であった。分かり易く言えば、野球のマスターズ・リーグを観戦している気分なのである。
そういうつもりでこの映画を鑑賞すれば、とても感動に浸ることが出来る。多少ヨタヨタするのも、足がもつれるのもご愛嬌。例えを変えれば、落語界の長老(人間国宝の桂米朝のような)の得意ネタを数十年ぶりに聞くようなもので、噺の調子はスローになってもやはり独特の味わいがあり、じっくり堪能出来るのと同じである。加藤武のお約束の、「ヨーシ、分かった」が、そら来るぞ…と思った頃にきっちり登場してくれるのも、まさに古典落語を聞いている気分であった。
で、お楽しみはまだある。
冒頭のメイン・タイトルに続くスタッフ・キャストのクレジット部分も楽しい。例のバカでかい明朝体のタイトルも崑さんのトレードマークとして楽しめる(前作よりはちょっとだけ小ぶり)が、そのクレジットの合間に金田一の動きをストップ・モーションで止めるカットが、かつて市川崑演出で人気を博したテレビ「木枯し紋次郎」のクレジット・タイトルを思い起こさせ、ちょっと懐かしかった。
で、よく考えれば、その紋次郎役を演じたのが中村敦夫。…そう、本作で古舘弁護士を演じているあの人である(凝ったメイクなので最初は誰だか分からなかった)。
なるほど、ここにも配役のお遊びがあったのか…と私は一人ニンマリしたのであった。これだけ楽しませてくれれば、採点もぐっと甘くなるのもむべなるかな…である。 (採点=★★★★)
| 固定リンク
コメント
トラックバックとコメント、ありがとうございました。リメイクの経緯は、そういうことだったんですね。しかし、オープニングのこと、Keiさんが書かれているのを読ませてもらい、私と同じ事を思いながらご覧になったのだとウキウキしてしまいました。木枯らし紋次郎・・・どうしても思い出しますよね。そのままですもんね。ニンマリするところが多くあったのですが、30年前のあの作品を知っていたからこそというものでしょう。私は30年前の本作がやっぱり好きです。読ませてもらい、ありがとうございました。 冨田弘嗣
投稿: 冨田弘嗣 | 2007年1月17日 (水) 20:42