「椿山課長の七日間」
浅田次郎の原作ものだが、この間観た同じ原作者の「地下鉄に乗って」がしょーもない駄作だったので、あまり観る気は起きなかった。
たまたま友人から「面白いよ」と奨められたので、時間もあったし、大して期待せずに観に行ったのだが…。
いやあ、映画は観ないと分からない。泣ける泣ける、ラストはとてもいい気分で映画館を後にする事が出来た。期待して裏切られる作品は多いが、期待してなくて思わぬ拾い物だった作品としては本年一番ではないだろうか。
お話としては昔からよくある、“天国に行く前に(あるいは成仏する前に)一時的に現世に戻って来た人が繰り広げるファンタジー・コメディ”というパターンである。バリエーションとしては、幽霊になって戻って来る場合もあり、これらも含めると枚挙に暇がない。
古くは「幽霊紐育を歩く」(41)、そのリメイク版、ウォーレン・ベイテイ監督・主演「天国から来たチャンピオン」(78)、最近では、デミ・ムーア主演で大いに泣かせてくれた「ゴースト/ニューヨークの幻」(ジェリー・ザッカー監督)が記憶に新しい。日本では、ショーケン主演の「居酒屋ゆうれい」(渡邊孝好監督)が良く出来た佳作。「黄泉がえり」(塩田明彦監督)も広い意味で含めていいだろう(コメディではないが)。
で、本作は、さすが泣かせの浅田次郎、さまざまな泣かせる要素を一杯取り込んでいるのだが、映画の方は原作の無駄な部分を上手に刈り込んで、シンプルに、うまくまとめている。これは脚本の勝利だろう(脚本は「星に願いを」や「子ぎつねヘレン」(ノベライズ)の川口晴。泣かせるのは得意なようだ)。
デパートの売り場担当課長である椿山和昭(西田敏行)は、ある日仕事中に突然亡くなってしまう。天国との中継所である中陰役所で目を覚ました椿山は、死をまったく予期していなかったので、ボケて施設にいる老父やまだ小さい子供の事が気がかり。とてもこのままでは成仏出来ない。
ここで、中陰役所の案内係として天使(和久井映見)が登場し、どうしても現世にやり残した事がある人には、審査のうえで3日間だけ他人の姿で戻る事が出来るが、それには厳守すべきルールがあると説明する。
それは、絶対に自分の正体を明かしてはならないこと。その代わりに、現世にいる間は、服でも何でも出て来る“よみがえりキット”(ドラえもんのポケットのようなもんですね(笑))を使って自由に行動出来る。連絡も携帯テレビ電話というハイテクを使っている辺りも楽しい。
(どうでもいいが、これだったら題名は「椿山課長の3日間」が正しい気もするが…)
こうして、同時に現世に帰ることが出来た、椿山と、本当の親に会いたい少年と、子分の暴走が気がかりなヤクザの親分(綿引勝彦)の―但しそれぞれ美女(伊東美咲)と、少女と、イケメンのデザイナー(成宮寛貴)に姿を変えた―3人のおかしくて笑えて泣ける物語が始まることとなる。
腹の出たデブの中年男が絶世の美女に姿を変えているという設定がまずおかしいし(原作では、美女の姿になった椿山が全裸になって鏡の前で悶える…というスケベな場面があるが、映画はテーマ(後述)に合わないと見てかそんなシーンはない)、それが原因で巻き起こる誤解(遺影の前で美女が泣き崩れたら、誰だって愛人と思う)を始め、てんやわんやのドタバタ騒動も笑えるし、堅気という触れ込みの成宮がついヤクザ言葉を吐いてしまう辺りもおかしい。
それでも、全体的には、いかにも浅田次郎らしい、さまざまな人との触れあい、心の温もり、愛する人との別れ…等々を絶妙に配して、爽やかな人間讃歌にまとめている。
しかし、この映画における真のテーマは、“親と子の絆”だと私は思う。
実はよく考えると、3人ともそれぞれ異なる、親と子の問題を抱えている(ヤクザの方は親分-子分だけどね(笑))。―それは、毎日報道されない日はないほどの、親が子を殺す、子が親を殺す…という殺伐とした光景が広がる今の時代だからこそ、親と子はどう触れ合って行くべきか、考えて欲しいという事なのだと思う。また、ボケた親を泣く泣く施設に入れざるを得ない椿山の苦悩も、同じような境遇を抱えた人には他人事ではないだろう(この老父を演じているのがなつかしや桂小金治。まだご存命でしたか(失礼))。
だからこの映画は、是非とも親子で観るのが望ましい。前述のようにイヤらしいシーンがないのもその為だと思う。
少女に化けた少年が実の父母に会いに行くエピソードも泣ける。よく考えるとえらく古くさい話なのだが、このテーマを言いたかった為にあえて入れたのだろう。原作では正体をバラしてしまった為に一悶着あるのだが、映画では母親が自然に気付くよう変えてある。これは映画の方が正解だと思う。
物語は最後にもう一押し、泣けるエピソードを盛り込んである。ここもドッと泣ける。ハンカチを用意してないと困る事になるので要注意。
フジテレビのディレクターとして、「古畑任三郎」「白い巨塔」などで手堅い演出を見せていた河野圭太の、「子ぎつねヘレン」に次ぐ劇場映画監督作品。丁寧で、かつ緩急自在の演出はさすがである。原作の良さもあるのだが、小道具や秘密のサイン…といったちょっとしたアイテムもいい効果を生んでいる。
親子で観るも良し、カップルで観るのもOK。大笑いしつつ涙腺波状攻撃にやられてしまう。決して名作というほどではないけれど、心が癒されるウエルメイドな佳作としてお奨めしたい。 (採点=★★★★)
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コメント
トラックバック、ありがとうございます。私は「子ぎつねヘレン」をけちょんけちょんに書いてしまい、多くの方からお叱りを受けました。河野監督は所詮、テレビドラマのディレクターであり、映画は大きすぎてもてあましていると思ったのです。泣かそうとしてくれるのですが、私は悪魔の子か、まったく動じませんでした。しかし、本作はよかった。映画でなければならないわけではないけれど、良作でした。桂小金治のキャスティングはいいですね。
いつもながら、感服する評論、読ませてもらい、ありがとうございました。 冨田弘嗣
投稿: 冨田弘嗣 | 2006年12月21日 (木) 00:16
TBさせていただきました。
作品全体としては、イマイチという感想でしすが後半は泣きまくりでした。
投稿: タウム | 2007年11月10日 (土) 04:44