「007/カジノ・ロワイヤル」
(2006年・ソニー・ピクチャーズ/監督:マーティン・キャンベル)
最近の007シリーズは、アクションがどんどん派手になり、「M:Ⅰ」シリーズとかスティーブン・セガール主演アクションものとほとんど似たり寄ったり、最近作の“透明になるボンドカー”に至ってはあきれて、次に悲しくなった。初期の頃の、スパイの非情な世界、それでいてオシャレで、エレガントな味わいは影も形もない。ここ数作なんて、どの題名がどんな作品だったかほとんど覚えていない。まあ初期の頃は東西冷戦構造という当時の時代背景もプラスしていたせいもあるが…。
そんな中、ボンド役者がぐっとクールで若くなった本作。
当初は、ダニエル・クレイグの風貌が、ボンドというよりは敵の悪役が似合ってるようでちょっと危惧したのだが、なんとなんと、初期の味わいにかなり戻った素敵な佳作になっていた。これは、特に初期の作品が好きな人にはおススめである。
本作は、シリーズをずっと手掛けているイオン・プロダクション作品としては唯一原作を映画化していなかったもの(別の会社で過去に、ウディ・アレンなどが出演するドタバタ・パロディ作品として作られている)で、原作の第1作でもある。
そういう事もあって、本作はこれまでの作品を一度リセットし、“00”の番号を初めて手に入れた頃の若き日のボンドの活躍を描いている。言わば、新しいシリーズの1作目-と言ってもいいだろう。
新ボンドはとにかくよく動く。冒頭の追っかけアクションなど、走る、走る、まるでターミネーターT-1000並みだ(笑)。新兵器もあまり登場せず、ひたすら体を使う。裸になった時の筋肉が引き締まったボディも初期のショーン・コネリーを思い出させる。
かと思うと、中盤のカジノにおけるポーカー勝負は一転緊迫感に満ちて息を飲む。緩急自在の演出がいい。
そして、初期の作品を知っている者にとっては、いろいろ初期作品へのオマージュも感じられて余計楽しむことが出来る。
冒頭、モノクロ映像で、敵の部屋に居座り、敵と対峙する緊迫シーンは、第1作「ドクター・ノオ」にも似たシーンがあった。で、オチはやっぱり座ったまま顔色も変えずに相手を射殺する。
1作目でボンドが注文する「ドライウォッカ・マティーニをステアせずにシェイクで」というカクテルは流行になったものだが、本作でも(より詳しいレシピ付で)登場している。
舞台も、バハマ、ジャマイカと、1作目、4作目(サンダーボール作戦)の舞台と同じ。ベニスは2作目「ロシアより愛をこめて」のラストシーンに登場する。そして、3作目「ゴールドフィンガー」で颯爽と登場した名車、64年型アストン・マーティンもしっかり登場するのだから、それだけでも初期のファンはニンマリしっぱなしだろう。
「ドクター・ノオ」で、初めてボンドが登場するシーンも忘れ難い。カジノのシーンで、ずっと手元のみをカメラが写し、美女の「お名前は?」との問いかけに、やっとカメラがアップしてショーン・コネリーの顔、そこにあのセリフ "My Name Is Bond, James Bond" …もうこれだけでシビレましたね。
だから、本作は、逆に最後の最後で、その決めセリフが登場し、ジ・エンド。
そして、あの、モンティー・ノーマン作曲の名曲「ジェームズ・ボンドのテーマ」がエンド・クレジットで高らかに鳴り響くのである。
これはまさに、ショーン・コネリーが活躍する初期の、とりわけ1作目「ドクター・ノオ」に対する素敵なリスペクトであり、オマージュでもあるのである。もうこれだけで私の目はウルウル、初期ファンは何はともあれ必見だろう。
ただ、どうしても初期作品にあって本作にないもの…それは、ショーン・コネリーがかもし出す、“粋(いき)”-である。表現が難しいが、エレガントさとダンディズム、男の色っぽさ…等が絶妙にミックスされた雰囲気…とでも言おうか。まあ、現代の俳優にそれを求めるのは無いものねだりかも知れないが。
ともあれ、この作品の空気は是非次作以降にも引き継いで行って欲しいものである。間違っても、初期の5作目以降ほとんど荒唐無稽なマンガと化した、その轍だけは踏んで欲しくないと切に願う。 (採点=★★★★☆)
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