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2007年1月28日 (日)

「それでもボクはやってない」

Soredemo (2007年・アルタミラ・ピクチャーズ/監督;周防正行)

「Shall We ダンス?」以来11年ぶりの周防監督作品。大ヒットして映画賞も独占したのだからもっと次々映画を撮ってくれると思っていたのだが。…撮りたい企画に巡り会うまでは粘る作家のようである。

その周防監督が採り上げたのが、“痴漢冤罪裁判”。これまでのコメディ路線とはガラッと傾向が違うようにも見えるが、実はこれも従来の周防作品のパターンを踏襲しているのである。

周防作品と言えば、毎回、主人公が、成り行きで突然違う環境に置かれてしまい、そこで悪戦苦闘しながらも人との触れあいの中で人間的にも成長する…というパターンが多い(但し前作は自分で飛び込むわけだが)。コメディの形をとってはいるが、基本的には人間がどう変わって行くかを観察する作家なのである。従って、本作もタッチは違えどやはり周防ワールド作品なのである。

社会派ドラマ作りではあるが、立派なサスペンス・タッチのエンタティンメントとしても楽しめる作品になっている。脚本作りに3年もかけただけあって、緻密な調査に基づき、ディテールまで手抜きがない。数多く登場する人物の描き分け、キャラクター設定もうまい。

冤罪裁判ものと言うと、どうしても重苦しく、息が詰まりそうな堅苦しさが先入観としてあるが、とことどころにユーモアも交え、2時間23分という長さにもかかわらず、少しもダレる所なく、一気に最後の判決シーンまで緊迫感が持続する。脚本、演出とも申し分ない。

日本の裁判制度の欠陥を痛烈に批判し、その先に、三権分立とは建前だけで、実は検察も裁判所も国家権力の馴れ合いであるという現実にまで切り込み、なおかつエンタティンメントとしても成立させるという離れ業をやってのけている。お見事である。

早くも、本年度のベストワン候補が登場した(まだ早過ぎるか?)。必見である。

 

さて、そういう所までは他の方も書くだろうから、私はちょっと視点を変えてみたい。

映画は最初から、主人公徹平(加瀬亮)の視点で進んでおり、彼の側から見れば、明らかに徹平は無罪であり、裁判は間違っていると言える。

しかし、物事を一面からだけ見ては真実は見えない。なぜ冤罪が生まれるのか。・・・・・・それは、神様でもない限り、人間は自分を中心に置いてしか見ない(見えない)存在だからである。そして、人間は決して完璧でもなく、根っからの善人でもない。…ここが周防監督のシニカルな視点なのである。

例えば、徹平を、フリーターに近く正社員として働いてもいず、やっと面接を受けようとしている、やや落ちこぼれ人間に近い存在というキャラクターを与えている。また彼の部屋からは、アダルトビデオやエロ雑誌が見つかっている。うっかりもあるだろうが、多少はこっそりエロビデオを鑑賞しているのではないかと匂わせている。

そして加瀬のキャスティングである。今の若手でもっとも期待される実力派ではあるが、妻夫木でもなく玉山鉄二でもなく、そういう根アカタイプでなく、やや三白眼で、なんとなくネクラでオタクっぽい若者を連想させる加瀬を主役に持って来たのも周防監督の狙いではないかと私は思う。

そういう見かけの若者が痴漢の疑いで捕まったのなら、刑事も、検事も、裁判官も、「こいつなら痴漢をやりかねない」という先入観を持っても当然ではないだろうか。そこにエロビデオ、雑誌である。あるいは、突然キレたりする態度である。もう彼らにとっては、後から証人が出ようと、先入観は絶対に覆らないのである。

実際に痴漢をやった者でも、最初は必ずしらばっくれる。否認してればしまいに無罪釈放されると思っている・・・現実はそんなに甘くないぞ…というのが彼らのスタンスなのである。だから一旦疑われたら無罪を勝ち取るのは至難の業なのである。

そういう国家、司法を、悪いと決めつけるのは簡単である。だが、毎日毎日何百人という犯罪者を扱う彼らにすれば、いちいち、こいつは無実ではないか…と考えだしたらとても数をこなせないのである(大森南朋扮する刑事が「無実かなと思ったら落ちねえぞ」と言うシーンがある)。

別に彼らの肩を持つ気はない。だが、仕事に熱心な刑事や検事でも、この映画で描かれるように無実の人間を刑務所に送って来た事は一度ならずあったかも知れない。――そこが、人間が人間を裁く裁判の難しい問題でもあるのである。

このドラマを、編集し直して、大森刑事の視点から描いたらどうなるか、あるいは小日向文世扮する裁判官の視点から描いたらどうなるか…。あの徹平の態度や不利な証拠物件を見たら、恐らく観客の多くは徹平を憎むべき痴漢の犯人として有罪を支持するのではないか…。

周防監督は、そうした人間というものの不思議さ、傲慢さ、哀しさまでも描いたのではないか。徹平のキャラクターをあえて前述のように設定したのは、そういう狙いもあったのではないだろうか。
―そこまで考えたら、この映画はとても奥が深い作品なのである。いかがだろうか。

(採点=★★★★★

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コメント

トラックバック、ありがとうございます。刑事側から描けば有罪ですね。刑事は無罪とわかっても絶対に自らの非を認めないですから。裁判官から描いても有罪です。観客は電車の実験ビデオに目を瞑らねばなりません。有罪の証拠を集めていくわけですから、観客も有罪だと思ってしまうでしょう。何となく見えてきます。
 もう今年のベスト1は決まったかもしれません。一年を通してもっとも観客の少ない正月第二弾にかける映画が受賞する・・・私は長い間、そういう意識で映画を観ていた時期があります。伊丹十三は敢えて正月第二弾でかけていました。本当に決まったかもしれない。もう一度、観に行ってみようと思っています。  冨田弘嗣

投稿: 冨田弘嗣 | 2007年1月28日 (日) 20:07

こんばんは、TBありがとうございました。
おっしゃるとおり、人が人を裁く難しさ、限界を観た映画でした。
そこまで言及してる感想記事は多くないので、強く共感しました。

東野圭吾に、裁判ネタで1本小説を描いて欲しい気分です。笑

投稿: april_foop | 2007年2月10日 (土) 21:33

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