「あるいは裏切りという名の犬」
その昔、フランス映画に“フィルム・ノワール”というジャンルが一時代を築いた事があり、コアな映画ファンから高名な評論家まで、その魅力にとりつかれた人は多い。監督ごとに挙げると、ジャック・ベッケル「現金に手を出すな」、「穴」、アンリ・ヴェルヌイユ「地下室のメロディ」、「シシリアン」、ジャン・ピエール・メルヴィル「いぬ」、「サムライ」、「仁義」、「リスボン特急」、「穴」「冒険者たち」の原作者であり、牢獄経験もあるというジョゼ・ジョバンニ「ラ・スクムーン」、「暗黒街のふたり」、「ル・ジタン」、ジャン・エルマン「さらば友よ」…等々、そのどれもが、フランス映画らしいシャレてシックな味わい、男たちの友情、裏切り、哀感、女たちの献身…等々、荒っぽいだけのアメリカ・ギャング映画には決してない独特のムードに酔いしれたものだった。
その味わいは、むしろわが日本の任侠映画に近いと言ってもいいだろう。無言で分かる男たちの友情、義理と人情の相克、陰で泣く女たち…と、似た要素は一杯ある。なんと「仁義」と言う邦題(原題は「赤い輪」)までつけてしまうくらいだから、配給会社も分かっているのだろう。昔の話だが、この映画の試写会に行った時、ゲスト解説者としてなんと東映任侠映画の旗手、加藤泰監督が登壇したのにも驚いた。朴訥に映画の魅力を語る加藤監督のシャイな話し振りは今も覚えている。…任侠映画全盛時のおおらかなエピソードである。
やがてそれらの名匠監督たちも次々引退して行くと、いつの間にかフィルム・ノワールも下火になり、ほとんど作られなくなってしまった。'90年代になってリュック・ベッソンが「ニキータ」、「レオン」などを引っさげて登場したが、そのスタイリシュなムードは好きなのだが、女性(少女)中心なのが残念だった。やはりフィルム・ノワールは男くささが大事なのである。
むしろそうした“男の友情”は、明らかに日本の日活無国籍アクションや東映任侠映画に影響を受けた、“香港ノワール”に受け継がれた…と言っていいのではないか。ジョン・ウー監督「男たちの挽歌」シリーズ、ジョニー・トー監督「ザ・ミッション/非情の掟」などにフランス・フィルム・ノワールの香りを感じ、胸ときめかせたものである。
そんな今の時代に、まったく久しぶりにフィルム・ノワールが帰って来た。監督は元警察官だったという変わり種のオリヴィエ・マルシャル。インタビューを読むと、やはりと言うか、かつてのフィルム・ノワールの名作に深い愛着を抱いており、そうした映画を復活させる事が夢だったと語っている。
物語は、凶悪犯を追うフランス警視庁の二人のベテラン警視、レオ(ダニエル・オートゥイユ)とドニ(ジェラール・ドパルデュー)がライバル意識から、やがて対立し、密告、裏切りへと展開し、罠を仕掛けたドニは出世するが、最後に悲劇的な結末を迎える。
最初の凶悪犯を捕える話がどこかへ行ってしまった感もあるが、この映画は単純なアクション映画ではなく、かつては友情に結ばれていたであろう二人の男たちが、いつしか憎悪をぶつけ合い、欲望とエゴイズムをさらけ出し、悲劇への道をたどる事となる、ギリシア悲劇にも似た人間ドラマなのである。―そういう意味では、わが東映任侠映画の頂点とも言われる傑作「博奕打ち/総長賭博」(山下耕作監督。三島由紀夫がギリシア悲劇のようだと絶賛した事で知られる)とも、人間関係や展開が似ている。やはりフィルム・ノワールと任侠映画とはどこかで繋がっているのだろう。
香港ノワール「インファナル・アフェア」と似ているという声もあるが、前述のように、香港ノワールこそフランス・フィルム・ノワールに影響を受けているのだから、似てくるのも当然と言えようか。
レオを演じたダニエル・オートゥイユが渋くてとてもいい。以下出て来る男たちがみんないい味を出している。名優ドパルデューが珍しく悪役(と言っても単純な悪でもない)を存在感たっぷりに巧演。
そして女たちがまたいい。レオの妻を演じたヴァレリア・コリノ、ドニの部下の刑事を演じたカトリーヌ・マルシャル(監督の奥さん)、それぞれに胸に思いを秘めて男たちを助ける。そしてレオの昔馴染みの、バーの女将役としてなんと懐かしや、ミレーヌ・ドモンジョ!。'60年代、グラマー(死語か(笑))として、また悩殺美女(これも死語)として観客を魅了したものだった。すっかりオデブちゃんになりましたね。
そんなわけで、これはかつてのフランス・フィルム・ノワールが好きだった人は必見の秀作である。これをきっかけに、フィルム・ノワールが本当に復活してくれる事を期待したい。マルシャル監督の次作も楽しみである。
(採点=★★★★☆)
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コメント
Keiさん、おはようございます。
コメント&TBありがとうございました。
普段はフランス映画はほとんど観ないのです(あまり公開されませんし、ちょっとニガテかもという先入観があって)。
けれどもこの映画はなにか嗅覚が働いて、観に行ったら正解でした。
カッコ良かったです。
ノワールな感じ、いいですね。
自分の年齢がこういう映画を観るのにふさわしい年齢になったからかもしれません。
書いていらっしゃるような昔のフィルム・ノワールを観てみようかな。
投稿: はらやん | 2007年2月12日 (月) 06:22