「ボビー」
1968年6月5日。合衆国大統領選挙に立候補していたロバート・F・ケネディが遊説先のアンバサダー・ホテルで暗殺された。兄に次いで弟までも…。このニュースをリアルタイムで聞いた時、私は「アメリカはなんて国なんだ」と暗澹たる思いにかられた事を今でも覚えている。
この映画はその事件をテーマとしてはいるが、しかし出色なのは、兄のジョン・F・ケネディの暗殺の真相に迫った「ダラスの熱い日」や「JFK」とは異なり、その事件当日、現場となったホテルに集う、多種多様な人生模様を抱えた22人の普通の人々の行動を淡々と描き、ボビーことR・F・Kが登場するのはラストのほんの数分である(それも、当時のテレビ映像でのみ)。
にもかかわらず、この映画の主役はまぎれもなきボビーその人なのである。―その理由は後述する。
登場する人々は、元ホテルのドアマン(アンソニー・ホプキンス)を中心に、ホテル支配人、マネージャー、社交界の名士夫妻、徴兵のがれでホテルで結婚式を挙げる若いカップル、厨房で働くヒスパニック系従業員、アル中の歌手…など人種も階級も多士済々。
それぞれの人たちの人生に、当時のアメリカが抱えた、泥沼化したベトナム戦争や人種差別問題等が反映されており、そんな時代にリベラルな主張を持って登場したロバートは、まさにアメリカの希望の星でもあったのだ。
9.11にイラク戦争と、時代はまた不安と殺戮といがみ合いの混沌にある。あの時代と同じように、反戦運動も沸き起りつつある。
こんな時代だからこそ、当時ロバートが訴えかけた問題提起は今も必要とされるのである。
彼が凶弾に倒れた後、当時の彼の演説がそのまま流れるラスト、ここは感動的であり、私は不覚にも涙をこぼした。
「暴力が暴力を生み、弾圧は報復をもたらし、そしてこの病を我々の魂から取り除く事が出来るのはただ一つ、われわれの社会全体を浄化することなのです。
ここ3年以上も、アメリカでは不和、暴力、幻滅が社会にはびこって来ました。黒人と白人の間であろうと、貧しい者と富のある者の間であろうと、あるいは同世代人の間であろうと、ベトナム戦争を経験した者であろうと…。我々は再び共に取り組む事が出来るはずです。我々の国は偉大な国であり、寛大な国であり、憐れみ深い国です。そして私はそれを自分の行動基盤にして行くつもりです」
今の政治家で、これほど素晴らしい演説が出来る人がいるだろうか。
予備選挙でも圧勝し、そのままだったら間違いなくアメリカ大統領になれたであろうロバート…。彼を失った事は、とてつもないアメリカの、いや人類の損失であると言えよう。
だから、この映画の主人公はまぎれもなく、ロバート・F・ケネディなのである。カリスマ性を持ち、多くの人々の心を捕える様子が、記録映像からでもよく分かる。どんな俳優が演じても、彼の存在感には及ばないだろう。
その為に、ロバート登場シーンは当時のテレビ映像やフィルムをあえて使っているのである。いくら画質が荒くても、その存在感は圧倒的で揺るぎない。
我々は、いま一度、ロバートが残した言葉を噛みしめる必要があるのではないか。この映画は、その事を訴えているのである。
そう言えば、暗殺で倒れた人たちは、みんな人類にとって素晴らしい言葉を残している。
非暴力と寛容のガンジー、ロバートの2ヶ月前に倒れたマーチン・ルーサー・キング牧師、兄のJ・F・K…。
ジョン・レノンも、「国境のない、争いのない世界を想像してごらん…」という歌詞の「イマジン」を残している。
どうして、こういう素晴らしい人たちが暴力によって命を絶たれなければならないのか。悲しいことである。
ただ、映画としては、登場人物の整理がもう一つで、この手の映画が得意なロバート・アルトマンが撮ったらもっと凄い映画になったかも知れない。そこがやや難点。しかし監督・脚本のエミリオ・エステベスの意欲は大いに買いたい。
ちなみに、そのロバート・アルトマンの傑作「ナッシュビル」には、大統領選挙キャンペーンや、ラストに舞台上の人物への狙撃シーンなどが登場し、本作とよく似た構造を持っている。エステベスはかなり参考にしたのではないか。
(以下はおマケ)
三谷幸喜作品「THE有頂天ホテル」と似てると言う人がいるが、どちらも元ネタは1932年のアメリカ映画「グランド・ホテル」(特定の主人公がおらず、多くの登場人物の人生模様を並列して描く手法はこの作品が最初と言われ、以後この手法は映画題名を採って“グランド・ホテル形式”と呼ばれる)。従ってどちらの映画にも、この映画の題名がチラッと出て来る。
元ホテルマンのアンソニー・ホプキンスが、ホテルに泊まった人の名前を挙げるシーンも楽しい。各国の政府要人が続々出てくるし、映画関係者ではグロリア・スワンソン、ビング・グロスビー、リタ・ヘイワース、フランク・シナトラ(ちょっと記憶があやふや。間違ってたら御免なさい)等々壮観。どれだけ名前を知ってるでしょうか。なお、その話し相手になってるのがなんと懐かしい「バナナ・ボート」のハリー・ベラフォンテ!。まだ存命だったんですね。
も一つちなみに、この映画のエグゼクティブ・プロデューサーでもあるそのアンソニー・ホプキンスは、ロバートと大統領選挙を戦ったリチャード・ニクソン役を「ニクソン」で演じているのも興味深い。全然ニクソンには似てないんですけどね(笑)。
(採点=★★★★☆)
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