「ホリデイ」
(2006年・コロムビア・ユニバーサル/監督:ナンシー・メイヤーズ)
「ハート・オブ・ウーマン」、「恋愛適齢期」などで知られるナンシ-・メイヤーズ監督による、典型的ハリウッド・ロマンチック・コメディ。あまり期待はしていなかったのだが、予想外に面白かった。
インターネット上に掲載されたサイトを通じて、条件の合う者同士が休暇中に家も車もそっくり交換するという、「ホーム・エクスチェンジ」を題材にしている所が目新しい。
脚本が良く出来ていて、互いに片思いの男に裏切られたり、男の浮気に愛想をつかしたりの女性2人(キャメロン・ディアスとケイト・ウィンスレット)が、その傷心を癒す為に、ロスとロンドンの自宅を交換する事になる。その行動ぶりや、新しい恋に一喜一憂する微妙な心理描写がなかなかきめ細かく描かれていて飽きさせない。
それぞれに違う環境で、いろんな人と出会い、新しい恋人を得、元気を取り戻して行くプロセスが、各俳優の的確な演技、メイヤース監督のスマートな演出によってうまく描かれ、物語は単純だけども楽しめる作品になっている。
そしてジンと来たのが、ロンドンから来たアイリス(ケイト)がビバリー・ヒルズで出会う、今は引退した老脚本家アーサーとの交遊シークェンス。本筋とは関係ないけれど、90歳を超え、足腰も衰えかけたこの老人が、若いアイリスと触れ合う事によって心を癒され、アイリス自身もまた生きる勇気を取り戻して行く。この老人を演じたのが懐かしやイーライ・ウォラック。「荒野の七人」の盗賊の首領や、「続・夕陽のガンマン・地獄の決闘」のティコ役でお馴染みの名優。御歳92歳になるが、元気な姿を見せてくれる。ラストの脚本家協会の表彰式における、現在の映画界をチクリと皮肉るスピーチではホロリとした。
お話としては遥か昔から、ハリウッドでずっと作られてきた王道パターンである。メイヤーズ監督はかなり古いハリウッド・コメディを研究しているフシが覗える。相手役のジュード・ロウには、ケーリー・グラント主演の古い作品を観て研究するようにと言ったのだそうだ。ロウの演じた役柄は、そう思えばケーリー・グラントを彷彿とさせる(アマンダ(キャメロン)の家のホーム・シアターではそのグラント主演の(多分)「ヒズ・ガール・フライデー」が上映されていた)。
(で、お楽しみはココからだ)
アマンダの職業が映画予告編製作会社社長、アイリスの相手役となるジャック・ブラックの職業が映画音楽の作曲家…という設定もあって、随所に映画にまつわる小ネタが散りばめられていて、ここもいろいろ楽しめる。
アーサーが、60年も映画界で働いて来た…と言うだけあって、ハリウッド映画界にやたら詳しいのが面白い。アイリスの住所を聞いて「そこはケーリー・グラントの故郷じゃな」と言い、なんで知ってるのと聞かれて「本人から聞いた」とさりげなく言う辺りも楽しい。
「ルイス・メイヤーの下で働いてた」というセリフもあるが、これは映画会社・MGMの創設者の一人であるルイス・B・メイヤーのことである(MGMの正式名称はメトロ・ゴールドウィン・メイヤー)。うーむ、そんな古くから働いてたのか…。
アーサーが脚本家ということで、ウイリアム・ホールデンが脚本家役を演じた「サンセット大通り」を思い起こす事も出来るが、アイリスがタクシーでアマンダの邸宅に向かう途中で、その"SUNSET BOULEVARD" の看板がチラリと写るシーンもお見逃しなく。
そして楽しいのが、DVDショップでジャック・ブラックがDVDのパッケージを見せながら映画音楽のメロディをハミングするシーン。「風と共に去りぬ」やら「ジョーズ」やら「炎のランナー」やら、いっぱい登場する。傑作なのは「卒業」の“ミセス・ロビンソン”の一節を口ずさんだ時に、後ろでギョッと振り向くのがなんとダスティン・ホフマン。いやあ、遊んでくれますね(クレジットにも登場しないカメオ出演です)。
アーサーが、「カサブランカ」の脚本を手伝い、“君の瞳に乾杯”という有名なセリフを考えたのは私だ、と言う辺りもニンマリしてしまう。どこまで本当か判らないが…。もっとも「カサブランカ」を観ていなければ面白さは伝わらない。
この映画はそういう意味でも、古い映画を多く観ている人ほど楽しめるのである。
昨年紹介した「迷い婚~すべての迷える女性たちへ」も、古い映画ファンには楽しい映画だったが、奇しくもこの作品でも「卒業」と「カサブランカ」がネタとして使われていたのは、偶然にしても面白い。やはりこの2本、根強い人気があるんでしょうね。
イーライ・ウォラックについても言及しておこう。大抵は「続・夕陽のガンマン・地獄の決闘」の出演者としてしか語られない場合が多いが、実は映画史において大変な貢献を果たしている。'47年エリア・カザン、リー・ストラスバーグらと共に、多くの映画人を輩出した、アクターズ・スタジオの創設に彼も参加しており、講師として多くの俳優を育てている。このスタジオからは、マーロン・ブランド、ジェームス・ディーン、ポール・ニューマン、ロバート・デ・ニーロ、シドニー・ポワチエ、アル・パチーノなど、実に多彩な俳優が巣立っており、スティーブ・マックィーンは彼の教え子である。そして、前述のダスティン・ホフマンもここの出身なのである。そう考えると、ラストのスタンディング・オベーションは、ウォラックに対する映画人の本心であるのかも知れない。
こういう事を知ったうえでこの映画を観ると、また新たな感動を受けるかも知れない。映画を数多く観ている人ほど、何倍もこの映画を楽しめるだろう。 (採点=★★★★)
(追記)上記の「迷い婚~」の批評を見直してみたら、なんとウォラック出演の「続・夕陽のガンマン・地獄の決闘」のモリコーネ作曲のテーマ曲が効果的に使われてたのを思い出した。まったくの偶然なんでしょうけど、類は友を呼ぶ…と言うか、考えたら楽しいですね(笑)。DVDが出たら、この2本見比べるのも面白いかも。
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コメント
こんにちはTBお邪魔します
多少出来すぎではありますが、良く出来た映画でした。さすがハリウッドのラブコメは楽しいですね。ことにケイト・ウィンスレットのオーラは凄まじいです。
また元脚本家だった老人との絡みは、この映画をより一層良い映画に仕立てていたような気がします。
投稿: ケント | 2007年4月15日 (日) 10:26
>ケントさま
コメントありがとうございます。
ケイト・ウィンスレットは確かに活き活きと輝いてましたね。いい女優になって来ました。
ハリウッド・ラブコメはまさに独特の世界です。これは日本映画では真似できないですね。向こうでは30歳台の円熟俳優によるゴージャスなスター映画ですが、わが国では20歳前後のアイドル映画ですものね(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2007年4月16日 (月) 07:45
keiさん、こんにちはァ。
ケーリー・グラントを検索していて、たまたまこちらにたどり着きました。
>ケーリー・グラント主演の古い作品を観て研究するように
これを聞いて、すごい納得しました!!
ジュード・ロウって、myダメツボ(小声)なんですが、この作品ではとっても魅力的だったのはそういうことね。
>「ヒズ・ガール・フライデー」が上映されていた
そうそう!そうでした。
ナンシー・メイヤーズ=ケーリー・・・実に当然の流れかもしれない。
うーん・・・勉強になりました。
TBさせていただいていいでしょうか。
投稿: ナンシー☆チロ | 2007年5月11日 (金) 13:00
ナンシー☆チロさん、こんにちは。
ケーリー・グラントやビリー・ワイルダーがお好きなんですね。私もワイルダー大好きです。
古いハリウッドコメディは、やはり何度見ても楽しいですね。もっと見直されてもいいと思いますよ。
ちなみに、ケーリー・グラント作品で大好きなのは、フランク・キャプラ監督「毒薬と老嬢」(44)です。アタフタ、オタオタするグラントのコメディ演技が最高に笑えます。
TBどうぞご遠慮なく。こちらからもさせていただきます。
投稿: Kei(管理人) | 2007年5月13日 (日) 13:04