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2007年6月24日 (日)

「大日本人」

(2007Dainihonjin 年・松竹/監督:松本 人志)

お笑い芸人が映画を作るのは、私は悪くないと思う。北野武が最も成功した例(ただし、お笑いと全く違う世界にアプローチした稀有な例ではあるが)であろうが、かつては島田紳介も、青春映画「風、スローダウン」を監督し、好評だった(今の所これ1本。もっと監督して欲しいと思っている)。

欽ちゃんこと荻本欽一も、いくつか映画を撮っている。(?!)が孤独な主人公と仲良くなる(まあ、フランス映画「赤い風船」の風船が手になったと思えばよろしい)という、「手」と言う題名の風変わりな短編があるし(私は観ている。なかなか捨てがたい味わいの佳作だった)、長編では「俺は眠たかった」という作品を監督し、堂々松竹系でメジャー公開された(覚えている人、少ないでしょうね)。落語家で大の映画ファンである立川志らくも、マイナーではあるが映画監督でもある。

クリエイターであり、表現者であるという点では、映画作家もコメディアンも同じだと思うし、遠慮なくチャレンジして欲しいと思う。面白ければ結構な事だと私は思う。

さて、松本人志監督の「大日本人」である。どんな作品かほとんど情報がなく、まったく白紙の状態で鑑賞した。

アイデアは奇抜である。よくこんな事が思いついたと思えるほど、型破りな怪(?)作である。普通の映画監督が企画しても、多分どこも出資してくれないだろう(CGにかなり金がかかっている)し、新人監督が会社に脚本を提出したら、間違いなくプロデューサーにホンを叩き返されるだろう。売れっ子芸人、松本だからこそ通った企画であると言えるだろう。

ヘンテコな怪獣(怪しいと言えないので、獣(じゅう)と呼ぶのだそうな)が出没する度、防衛省からの出動依頼で巨大化して戦うヒーロー…ただし、出動する度に街を壊すので住民から非難ゴウゴウ…という設定は、「ウルトラマン」などの巨大ヒーローものへの、シニカルなコメディアン・松本らしい皮肉と諧謔であり、悪くない。

この発想は、ピクサー・アニメ「Mr.インクレディブル」にもあったし、金子修介監督「ガメラ3 邪神(イリス)覚醒 」でも、地球を守る正義の味方であるガメラが、怪獣と対決した結果、街を壊滅させ、多くの死傷者を出し、両親が巻き添えで死んだ少女から恨まれるという筋になっていた。

ただ、そりゃそうだけど、それを言っちゃ巨大ヒーローものは話にならなくなるわけで、ピクサー作品はコメディだし、結局金子ガメラも子供たちからは不評だった。

本作では、そこを突っ込んでいるわけで、本来ヒーローであるはずの大日本人が住民からはうとまれ、妻からは三行半を突きつけられ、孤独な一人ずまいでわびしい生活を送っている辺りをテレビ局のインタビューにボソボソ答えながら進行する展開は、有名になったものの、心の中は充たされない孤独を抱えた売れっ子タレントの(恐らくはやっかみや中傷も受けて来たであろう松本本人の心情でもあろう)内面をも的確に表現しているようで、それなりに楽しく観れた。

トボけた怪獣の造形もユニークで楽しい。よくあんなイメージを思いつくものである。胸にスポンサーの広告を入れている辺りも笑える(しかも、「加ト吉」には大笑いした)。ツッ込めば、あれだけ住民から非難されてたら宣伝にはならないと思うが(笑)。出動も、女性マネージャー(UA)との会話も、いやいやながらやってる様子がアリアリで、「こんな仕事早く止めたい…」という感じがよく出ている。

 
そんな訳で、始まってから30分くらいまでは楽しめた。

しかし、次第につまらなくなって来る。まあ、一種のお笑いコントのような発想なので、テレビのバラエティ番組なら面白いだろうが、起承転結をはっきりさせなくてはいけない映画では、余程ストーリーをきっちり練っておかないと持たない。思いつきだけでは、映画としては成立しないのである。

しかも、中盤、匂い獣(板尾創路)が登場してから、突然それまでのシュールな展開から一転、しょうもない漫才風の掛け合いが始まり、ここから後は、単なる吉本新喜劇に堕落(?)してしまう。

さらに、字幕で「ここから実写になる」と出てからは、CG予算がなくなったのか、ハリボテに安っぽい着ぐるみで、まるで花月の舞台で新喜劇を中継しているかのようなドタバタのどつき合いが延々と続く。

ここから後は、正直言って観るのがつらい。それまでのなかなか良く出来たCG特撮が、マカ不思議な異世界を現出させていてシュールな味わいがあったのに、これで全部台無しである。

エンド・クレジットの掛け合いに至ってはもう最悪である。ほとんど拷問に近い。私はどんな映画でも(余程時間がない時を除いて)場内が明るくなるまで座席に座っているが、今回は一刻も早く席を立ちたくなった。私は最近のお笑い番組の質の悪さに呆れ、ほとんどこれらを見ないが(従ってダウンタウンの芸も昔見たきりだが)、今の人はこんなものを見て笑っているのだろうか。植木等の死で、日本のお笑い芸の歴史は終止符を打ったのだろうか。

くだんの、北野武の「監督・ばんざい!」も後半腰砕けだが、この作品に比べたらずっとマシである。なのに、北野作品には客が入らず、こちらは満員盛況だそうな。情けない話である。

突っ込みどころも一杯だが、例えば、せっかく巨大なパンツを用意して、ヒーローが巨大化した場合、着ている物はどうなるのだ…という疑問(?)に答えているのに、認知症になった祖父が巨大化した時はフンドシがそのままである。自分で締められないだろうし誰も着せてあげられない巨大フンドシを祖父がどうやって身につけたのか教えて欲しい。

老人介護とか、住民エゴとか、いろいろな社会風刺も盛り込まれ、持って行き方次第では奇妙な味わいの佳作になったかも知れないのに、後半のネタ切れ失速が残念である。駄作と言わざるを得ない。   (採点=

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コメント

大佐藤は国策、獣は日本が抱えている問題で特に赤鬼が北朝鮮問題を表していることは言うまでもありませんが、ラストで実写のちゃちい特撮になったのは予算がなくなったからではなく、アメリカから見た大佐藤や赤鬼を表現するためだと思いました。赤鬼にとどめを刺す場に参加させられたものの役に立っていない大佐藤や、エンドクレジット中にアメリカからの一方的な叱責や要求を受けてしどろもどろになっている大佐藤も両者の関係を上手く表現していますね。

投稿: 殻 | 2011年1月 7日 (金) 18:51

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