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2007年9月18日 (火)

「夕凪の街 桜の国」

Yuunagi (2007年/監督:佐々部 清)

広島出身の漫画家・こうの史代の同名コミック原作を、誠実で丁寧な演出では定評のある佐々部清監督が映画化。

佐々部清監督と言えば、「チルソクの夏」「カーテン・コール」で、韓国と我が国の間に根強く潜在する差別意識を、声高ではなく静かに訴えて共感を呼んだ実力派監督である。

本作でも、原爆がもたらした悲しい現実を、やはり静かに、優しく描いて、見終わった後に深い余韻を残す秀作に仕上げている。

映画は、二部構成で、一部「夕凪の街」では、昭和33年の広島・川沿いの、いわゆる原爆スラムで暮らす被爆女性、皆実(麻生久美子)が、会社の同僚・打越(吉沢悠)に思いを寄せられながらも、やがて原爆症で短い一生を終えるまでを描く。

原爆の怖さは、落ちた直後のみならず、その後何年にも亙って人々を苦しめ、何十年経っても命を絶たれる恐怖が去らない所にある。

皆実の、打越に愛される幸せな日々を、昭和33年の、(もはや戦後ではないと言われた)平和な風景の中で淡々と描いているからこそ、その幸せを無残に奪ってしまう原爆の恐ろしさがヒシヒシと伝わって来るのである。

さらに悲しいのは、健康な人間の側に、身内が被爆者と交際する事を拒絶する心理がある事を窺わせるくだりである。いわゆる被爆者差別である。

これは、皆実の母(藤村志保)が、(疎開で被爆を逃れた)皆実の弟、旭が被爆女性と恋に落ちた際に、その交際に反対し、「何の為に疎開させたのか」と嘆くシーンでより強調されることとなる。

被爆者の身内ですら、その心理がある事に余計我々は愕然とするのである。

皆実役を熱演した麻生久美子が素晴らしい。自分の背中で息絶えた妹、翠を思い、「自分だけが幸せになっていいのだろうか」と悩む姿に心打たれる(同じように悩む娘を描いた、黒木和雄監督の秀作「父と暮らせば」が思い浮かぶ)。今年の主演女優賞の最有力候補になるであろう。

昭和33年が舞台という事で、「ALWAYS 三丁目の夕日」を連想するが、多分監督も意識したのだろう、ミゼットとフラフープがさりげなく登場する。画面の色調まで似ている気がする。

戦争の影など感じさせない、あのホンワカとしたドラマと同じ時代に、原爆で命を落としてゆく人々がいた事もまた忘れてはならない…という事まで考えさせられた。

 

第二部「桜の国」は現代が舞台であり、皆実の弟、旭(堺正章)とその子供たちが主人公となる。

旭が突然家を出て、広島に向かい(目的は50年前の、姉・皆実ゆかりの人々を訪ね歩く旅である事が後に分かる)、それを旭の娘、七波(田中麗奈)が追う…という展開なのだが、このお話は、第一部の誠実な物語と比べ、やや唐突過ぎ、かつ無理がある気がする。

無論、言わんとする事はよく分かるのだが、そもそも広島へ行きたければ家族にちゃんと説明すれば済む事だし、黙って裏口から逃げるように出て行った理由が分からない。

それを、七波がサンダル履きで追いかけ、たまたま出会った友人に促され、そのまま広島まで追って行くのも無茶である。交通費とホテル代とで相当な費用が必要だが、通りがかりの友人がよくその金を持っていたものだと余計な心配までしたくなる。

原作がどうなのか知らないが、例えば平成2年の、七波が小学生の頃から順に、“桜の国”の物語を中心に描いた方が自然だったのではないかと思う。

無論、ラストはそれなりに感動的ではあるのだが、やや違和感が残ったのも事実である。

旭役に堺正章を起用したのも疑問あり。少年の旭とはイメージが違いすぎるし、年齢から言っても現代では60歳台後半のはずであるが、そんな年齢には見えない。
もっと疑問なのは、子供たちが若過ぎる。逆算すれば旭が40歳以上の時に生まれた事になる。結婚したのは20歳台と思うが、それまで何をしてたのだろうか。

……とまあ、難点もなくはないが、全体としてはやはり感動で胸が熱くなる秀作に仕上がっている。髪飾りや、金魚といった小道具をうまく利用した演出も見事。

二部の無理な展開も、何も知らなかった七波が、父の後を追う事で、母と父の思いを知り、そして伯母の皆実の儚い人生を知り、自分が生かされている事に思いを新たにする…というテーマを訴えるには必要であったのかも知れない。しかしもう少し工夫が欲しかった。

第一部に限ってなら満点を与えたいが、第二部の構成がやや減点なので、総合採点は (★★★★☆

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PS.原爆の悲劇を描いた映画は沢山作られている。愛した相手が原爆症で死んで行くラブストーリーの秀作としては、蔵原惟繕監督「愛と死の記録」(66)がある。主演は吉永小百合と渡哲也。

河沿いの原爆スラムをドキュメンタリー風に捕え、被爆者の悲しみを描いた「河 あの裏切りが重く」(67・森弘太監督)という作品もある。残念ながら自主制作作品なのでビデオはないようだ。

被爆者に対する差別を糾弾した問題作としては、熊井啓監督「地の群れ」も秀作である。あと、原爆投下直前までの庶民の姿を描いた黒木和雄監督「TOMORROW 明日」(88)は必見の傑作である。

本作は、これらの作品に対するリスペクトも含んでいるように私には思えた。

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» 『夕凪の街 桜の国』 [ラムの大通り]
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