「点と線」
11月24日~25日の2夜にわたってTV朝日系で放映された、松本清張原作「点と線」を観た。
TV朝日のドラマと言えば、9月に放映された、黒澤明監督作品のリメイク「天国と地獄」、「生きる」が記憶に新しいが、どちらもガッカリする出来であっただけに、少々不安ではあったのだが…(とりわけ「生きる」は酷かった。松本幸四郎が超ミスキャスト。65才とは思えない、元気で若々しい姿に、「君はどうしてそんなに若くいられるのだ」という劇中のセリフをそのまま本人に返したくなったよ(笑))。
観終わっての感想― 予想以上に面白かった。最近のテレビドラマでは(と言ってもそんなに観てはいないが)水準以上の出来であった。推理ミステリー・ファン、特に原作ファンの方にはお奨めである。
面白かった原因を挙げるなら、まず原作が非常に良く出来ていて、巧妙に仕組まれたアリバイを刑事たちが地道な努力で一つ一つ解明して行くプロセスがスリリングで、舞台が昭和32年という古い時代であるにもかかわらず、まったく古臭さを感じさせない点である。CGも駆使した、昭和32年当時の風景や小道具等も、「三丁目の夕日」とまでは行かないがよく頑張っている。また現存するSLが何種類か登場するのも楽しい。
特に、出入りの業者と政治家・官僚が結託した省庁の汚職事件、という背景が、現在の防衛省を舞台とした事務次官と山田洋行元専務との接待・癒着事件とドンピシャリ符合するというタイムリーさもあって、50年前も今も、汚職の構造はまったく変わっていない事を再認識させられた。笑うのは、額賀財務大臣が宴席にいたというアリバイと、野党側がそれをどう崩すかという、まさにドラマを地で行く展開で、テレビ局側もまさかこんな事になるとは、ドラマを企画した時点では夢にも思わなかっただろう(笑)。
もう一つは、ビートたけし扮する、博多署の刑事、鳥飼重太郎のキャラクターを、原作よりもかなり膨らませた点である。原作では鳥飼は、最初の方に少し出て来るだけで、東京にも行っておらず、捜査は若い三原刑事が1人飛び回り奮闘する。またドラマでは鳥飼は妻を亡くしているが、原作では健在である。鳥飼が戦争でグラマンの機銃掃射を受け、弾がまだ体内に残っているという設定も原作にはなく、ドラマの創作である(脚本は竹山洋)。
この鳥飼が、よれよれの背広に帽子と、見かけは冴えないが、些細な疑問(特急の食堂車の領収書など)から、事件は心中ではなく殺人だと見抜き、鋭いカンと地道な捜査でアリバイを突き崩して行く…という展開に、これはまるで「刑事コロンボ」だ、と思ったのだが、原作でも「よれよれのオーバーを着た、痩せた風采の上がらぬ男」「洋服もくたびれていた」と書かれてあり、また犯人が会社社長というステータスの高さを持ち、巧妙なアリバイ・トリックを考案したり、鳥飼らの捜査や尋問で犯人側が少しづつ馬脚を現わして行く展開といい、もうほとんどこれは「コロンボ」の原型と言っていいかも知れない。ドラマでも鳥飼が「私は最初から怪しいと思ってました」と、コロンボとそっくりのセリフを言ってるし…(しかし原作を知らない視聴者は逆に「これはコロンボのパクリだ」と思うかも知れない(笑))。
まさか、リチャード・レヴィンソンとウィリアム・リンクの二人、この小説をヒントに「刑事コロンボ」の原案を作り上げたのでは…と余計な事まで考えてしまった(多分海外でも翻訳されているはず)。
ただドラマではこの鳥飼が、カッとなると無茶苦茶暴れて三原をぶん殴り、刑事たちと大乱闘するという具合に、ほとんど「その男、凶暴につき」状態となる(笑)のはちょっとやり過ぎ。すごく頭が冴えてる名探偵なのだから、暴力を振るってはキャラクターぶち壊しである。
また冒頭とラスト、中間に、現在(50年後)の三原(宇津井健)と鳥飼の娘(池内淳子)が登場するのも不要。大して登場させる意味もないし、流れが寸断され逆効果である。
真相は究明したものの、結局政界の巨悪はヌクヌクと生き延び、「悪い奴ほどよく眠る」決着に鳥飼が三原に怒りをぶつけるエンディングも、どうも座りがよろしくない。三原にあたっても仕方ないのだから。
どうせならラストは、三原が、国会議事堂をキッと睨みつける…という風に「誇り高き挑戦」(政財界の黒い霧を描いた深作欣二監督の秀作)のラストそのまんまにすれば、今の政界への皮肉にもなって面白かったのですがね(笑)。
まあそういった不満はあるが、脇役に至るまで贅沢な出演者の顔ぶれに、警視庁の刑事たちが次第に鳥飼の人間性に尊敬の念を抱いて行くプロセス(博多に帰る鳥飼に、刑事たちが深々と頭を下げるシーンが感動的)…がなかなか見応えがあり、1・2部合わせて4時間半という長時間にもかかわらず、ダレることなく面白く観れた。
脇役では、博多署の捜査課長・平泉成、田中係長・小林稔侍、警視庁の笠井係長・橋爪功、お時の母・市原悦子―がそれぞれベテランらしい味のある巧演。ただ安田辰郎役の柳葉敏郎はちょっと貫禄不足。もっとうまい役者を持って来るべきだった。
(参考)
原作は昭和32年から33年にかけて、雑誌「旅」に連載された。旅行雑誌なので、主人公たちは日本中を旅する訳である。なお、トリックに使われる時刻表は、昭和32年当時の本物の時刻表通りである。なお昭和33年には東映で映画化もされている(監督・小林恒夫)。
後に、西村京太郎や島田荘司が発表しベストセラーとなった“トラベル・ミステリー”は、すべて本作が原典だと言えよう。
アリバイ・トリックの秀逸さといい、コロンボへの影響(?)といい、本作はいろんな点で推理サスペンス・ミステリーの古典と言える傑作である。
細かい事だけど、ドラマの中で、香椎駅前の踏切で電動式遮断機が出て来るが、当時はまだそんなものはなく、踏切の近くに必ず小屋が設置され、踏切番の職員が手動で遮断機を上げ下げしていたはずである。
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