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2007年12月26日 (水)

「善き人のためのソナタ」

Sonata (2006年・ドイツ/監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク)

今年の始め頃に公開された作品だが、単身赴任先の映画館では上映しておらず見逃したままになっていて、やっと先日観ることが出来た。大分時間が経ってしまったが、私の本年ベストワンになるだろう秀作なので、遅ればせながら紹介させていただく。

第二次大戦の敗戦によって、ドイツは東西に分割され、ドイツ国民は東西分断という過酷な運命に見舞われる事となった。1989年、冷戦が終結し、ベルリンの壁が壊され、東西ドイツは統合される事になったが、それまでの間には多くの悲劇や逸話がある。

東ドイツは、ソ連に統治された共産主義国家であり、自由を求め、反国家的な言動をする文化人や活動家を厳しく弾圧した。
・・・こうした思想統制は、共産主義国家に留まらず、戦前の日本も反戦的な言動に目を光らせ、特高警察が共産党員やプロレタリア作家などを拘束、投獄し、死に至らしめた事もあった。韓国でも軍事政権下で似たような事があった。左右陣営に関係なく、これは全体主義国家の本質だと言えよう。

本作は、そうした時代を背景に、監視する国家側の軍人と、監視される反体制側の劇作家との、数奇な出会いと触れ合いを、大きな歴史の流れの中でスリリングに、しかし格調高く描いた傑作である。

 
国家保安省(シュタージ)に所属するヴィースラー大尉(ウルリッヒ・ミューエ)は、ある日、反政府活動の疑いのある劇作家、ドライマン(セバスチャン・コッホ)を監視する事になる。ドライマンの部屋に盗聴装置を仕掛け、屋根裏部屋で24時間監視を行うのである。

冒頭、ヴィースラー大尉の尋問風景、その様子を録音したテープを大学の講義で聞かせるシーンを描き、ヴィースラーが尋問のプロで、国家に忠実な役人である事を手短に紹介する出だしがうまい。

これを見ていると、我々観客は、ヴィースラーがものすごく冷徹でいけ好かなく、リベラルな劇作家の敵である悪役のように感じてしまう。とてもこの人物には感情移入など出来ないと思ってしまう。

ところが、四六時中監視を行ううちに、ヴィースラーは次第にドライマンの人間性豊かな生活ぶりに感化され、また彼の恋人で舞台女優であるクリスタ(マルティナ・ゲデック)に好意を抱いて行く。

そのきっかけが、ドライマンが、恩師であるイェルスカからプレゼントされたピアノ曲の譜面「善き人のためのソナタ」をピアノで弾き、それをヴィースラーが盗聴器を通じて聴いた事から始まる…という展開が出色。

コチコチのカタブツ役人で、独身であり、家に帰ればわびしく食事をする生活だったヴィースラーが、彼らの恋の語らいを聞き、創作中の舞台劇の内容を聞き、音楽を聴く事によって、“人間は孤独ではいられない、人間が生きて行くには、心の糧となる音楽や芸術、人との触れ合いが必要なのだ”という事を学んで行くのである。

留守中、ドライマンの部屋に忍び込んだヴィースラーは、ブレヒトの詩集を持ち帰り、読みふける。

全体主義国家の非人間的環境にどっぷり浸かり、機械のように冷徹だった男が、氷が溶けるように人間的な心を取り戻して行く。それは、やがて訪れる共産主義全体国家の崩壊、自由主義国家への生まれ変わりをも暗示しているかのようである。

他人との係わりを拒絶していたヴィースラーが、その後娼婦を買い、彼女が仕事を終え、出て行こうとすると、「もう少し傍にいて欲しい」と懇願するシーンも印象的。人との触れ合いに飢えるようになった事を示しているのである。
そして、クリスタが政府の要人に会いに行こうとするのを見つけて、彼は遂にクリスタに接触する。「あなたはみんなから愛されている、素晴らしい女優なのですよ」と言い、彼女を励ますが、これは報われないと知りつつも密かに彼女を恋してしまったヴィースラーの、愛の告白でもあるのだ。
そしてこの辺りから、それまでは憎たらしい悪人側の人間と思い込んでいたヴィースラーに、観客はうって変わって感情移入して行く事になる。この演出呼吸が素晴らしい。

(以下ネタバレにつき隠します)
この後の、ドライマンが西側に情報を流した証拠のタイプライターをめぐるサスペンスも緊迫感に満ち、ハラハラさせてくれる。
政府側の執拗な追求に、愛しているはずのドライマンを裏切ってしまうクリスタの心の揺らぎ、その二人を、上司の目をかいくぐり、陰で助けようとするヴィースラー、それぞれの心理の変化と行動を的確に描くドナースマルクの演出はスリリングで息もつかせない。見事。

ドライマンに肩入れした事を感づかれ、ヴィースラーは、地下の郵便室に左遷されるが、誰に恨みも言わず、黙々と仕事をこなす。ヴィースラーはあるいはその処遇を、(密かに愛した)クリスタを救い切れなかった、自身に対する罰…と考えているのかも知れない。
↑ネタバレここまで。

そして、素晴らしいラスト、ここでは書かないが、ヴィースラーのポツリと吐く一言が、我々観客の胸を熱くする。その時のヴィースラーの、何とも言えない笑顔がとても素敵である。まさに画竜点睛とでも言うべき、素晴らしい幕切れである。うまい。

 
それにしても着想が素晴らしい。共産主義国家(大体はソ連)を舞台に、自由を求める人間を描いたドラマは、これまでにも多くあったが、国家側の人間は大抵ステレオタイプの悪人である。本作のように、監視する、体制側の人間を主人公にして感動のドラマに仕立て上げたのは、初めてではないか。それだけでもユニークである。
なお、ヴィースラーを演じたウルリッヒ・ミューエは、本年亡くなったそうである。冥福を祈りたい。

監督のドナースマルクは、若干33歳で、これがデビュー作の新人。4年と言う歳月をかけて当時の実態を徹底調査したという。新人と思えない、端整で緻密な映画作りに感嘆した。本年を代表する見事な傑作である。必見。

 (採点=★★★★★

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