「アイ・アム・レジェンド」
リチャード・マシスン原作「吸血鬼(地球最後の男)」の3度目の映画化。
発想そのものは、非常にシュール、かつ哲学的である。“もし、地球上の全人類が死滅して、1人だけ生き残ったら、その男はどう生きて行くのか”・・・
というのがテーマである。
映画の前半は、そうなってしまった男の日常生活を淡々と描いている。
ニューヨークの街中を車で猛スピードでぶっ飛ばし、何故かウイルスに汚染されずにいる鹿の群れを追いかけ、狩りをする。食べ物も、いくらでもあるし、DVDは借り放題。航空母艦の上でゴルフをし、ビルディングに向かってボールをショットする・・・。
うーん、楽しそうである。愛犬はいつも傍にいるし。ロビンソン・クルーソーみたいな所もあるが、あちらと違って、モノは何でも豊富にあるから楽である。サバイバルの必要もない。飽食による太りすぎ防止に、運動しなければいけない点だけが問題である(笑)。
CGとオープン・セットによる、雑草が伸び放題の荒れ果てたニューヨークの街の描写が圧巻。こういう所がさすがアメリカ映画である。
この映画の見どころは、まさにこの“人類が誰もいなくなった大都会”の圧倒的なビジュアルの迫力にある。
・・・しかし、それだけでは、お話として間が持たないので、生き残ったものの、ゾンビのようになってしまった新人類(ダーク・シーカー)との対決…という見せ場を用意してある。
問題なのは、これによって、せっかくのシュールな風景をバックに、哲学的命題を内包したユニークな映画が、「バイオハザード」のような、ありきたりのゾンビ・ホラー・アクションになってしまった点にある。おまけに、こうなってしまった原因がウイルスで、ワクチンの開発によって人類は救われる…という展開は、これも古典的SFの何度目かのリメイク、「インベージョン」とそっくりである。
ウイルス抗体血清を守り抜く為に、新人類をバッタバッタと殺しまくる所までそっくりなのには頭を抱えてしまう。これではありきたりのB級SFアクションである。
原作は、ダーク・シーカーズこそ新しい人類で、1人だけ残ったロバート・ネビル(ウイル・スミス)の方がこの世界では逆に異端児である…という、実に皮肉なお話なのだが、そういうテーマすらどっかに行ってしまって、ラストでは、ワクチンによって救うべきはずの新人類を殺しまくる…という自己矛盾に陥ってしまっている(それは「インベージョン」も同じだったが…)。
(以下ネタバレに付き隠します)
ラストでも、ネビルはワクチンを守るために手榴弾で自爆するのだが、その地下の研究室には、実験で正常な人間に戻れた女のシーカーがいるのだから、自爆などせずとも、女を見せて、「あんたたちもワクチンでこの女のように正常に戻れるんだぞ」と言えばいい話ではないか。そもそもシーカーズのリーダーは、奪われた女を取り戻すのが目的でもあったと思うのだが。
凶暴でそんな事言っても分からない…という事かも知れないが、ネビルに、逆にトラップを仕掛けたり、結構頭はいいはずである。だいたい、アナに渡した血清だけではだめで、それを生成してワクチンを作るには、ネビルのような科学者に生きていてもらわないと困るのでは?
まあ、題名のようにネビルが“レジェンド”になる為には、ネビルに死んでもらわないと、オチにならないのかも知れないが…。
↑ネタバレここまで
困るのは、せっかく廃墟となった大都会のビジュアルに凝りまくっている一方で、電気・水道等のライフラインが当たり前のように繋がっている…という手抜きを見せられる点。お話はホラでも、ディテールは丁寧に…というのは私がいつも指摘している事。
例えば、地下の自家発電装置を点検しているショットとか、ガスはカセットボンベを使っているとか、水はミネラルウォーターのペットボトルがキッチンに山のように積まれているショット…等をほんの数秒見せるだけで解決する問題である。
…それでも、シーカーズを防ぐ為の大量のサーチライトを点灯するだけの電力量などとてもまかない切れないだろうが。
そういう、ディテールや、ダーク・シーカーズ側にもう少しキャラクター性を持たせたり、人類の愚かさに対するアイロニー…等を丁寧に描いておれば、考えさせる作品になったと思うのだが…。
まあそんなわけで、良くも悪くも本作は、ありきたりの荒っぽいハリウッド製アクション映画になっており、正月映画として気楽に楽しめる出来ではあるが、見終わって、ただただどこかで見たような映画だな…という事くらい印象に残らない散漫な作品である。愛犬との別れは泣けたが…。
点数をつけるなら、廃墟のビジュアル・イメージだけ★★★★、全体では(★★☆)…というところだろう(あのCGビジュアルがなかったら★☆になってる所だ(笑))。
ちなみに、“地球最後の男”というコピーは看板に偽りあり。ちっとも最後じゃないじゃん。いくら今年の漢字が“偽”であってもねぇ(笑)。
原作本
最初の映画化作品
二度目の映画化作品
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コメント
トラックバック、ありがとうございます☆CGは見事ですね。先日、リメイクを深夜で見たのですが、ニューヨークに写るたくさんの人は、後から消したとか・・・。ウィル・スミスは、一人ぼっちなんて、映画を観るまではまったく感じなかったそうです。なんだってできてしまうことに、ハリウッドは羨ましいと、やはり思います。だけど、なぜ、ラストで死んでしまって、無理にでもレジェンドというタイトルに結びつけなきゃならなかったのか、私は尻すぼみだなぁと、後味の悪い気持で映画館を出ました。自爆して解決はいいけど、この場合、やるべきじゃないです。生きていけるもの。
お正月映画の超目玉が、ここ数年なくなりました。ようやくきたか!というワクワク感で観に行く作品がなくなったようです。10年前までは、これぞお正月!という映画が2本くらいあったのですが・・・。
今年もいろいろお世話になりました。来年も宜しくお願い致します。よいお年を。
冨田弘嗣
投稿: 冨田弘嗣 | 2007年12月31日 (月) 01:15
コメントありがとうございます。
お正月らしい作品、なくなりましたね。
渥美清が存命の時は、毎年「男はつらいよ」を観るのが楽しみでした。ラストにいつも正月風景が出て来るし…。これを観ないと正月越せない…というくらいの風物詩でした。
別のスター使ってああいう映画が作れないものでしょうか。一時は文太の「トラック野郎」も競い合ってましたし。
なんか少しづつ、情緒が薄れている気がしますね。
今年もいろいろありがとうございました。来年もよろしく、よいお年を・・・。
投稿: Kei(管理人) | 2007年12月31日 (月) 15:22
〉原作は、実に皮肉なお話なのだが、
〉そういうテーマすらどっかに行ってしまって、
〉ラストでは、
〉ワクチンによって救うべきはずの新人類を殺しまくる…
〉という自己矛盾に陥ってしまっている
これは本来のエンディングが変えられてしまったからです。
DVD収録の別エンディング版がディレクターズ・カットです。
このエンディングを見てもらえば、
本作の製作者が本当は皮肉な物語やテーマを、
映画に受け継がせたことが分かると思います。
私は海外情報から公開前に知っていたので、
公開版に呆れてDVDの完全版を待ちました。
最近のハリウッドの公開版は不完全版が多いので、
DVDの完全版で評価が大幅に上がる作品も多いです。
投稿: ダブルイレブン | 2010年10月 9日 (土) 13:19
◆ダブルイレブンさん
コメントありがとうございます。
そう言えば「インベージョン」も監督の意向を無視してプロデューサーが派手なカーチェイス・シーンを追加し、怒った監督が降板するアクシデントがありました。
まあ、そういう作り方がハリウッド方式なので、今さら文句を言う気にもなりませんが。
しかし、「インベーション」は、アイロニカルな作品テーマはちゃんと貫かれていて、きちんとした作品になってましたが、本作の方はテーマをまるっきりぶち壊してしまってますから問題ありですね。
完全版DVDがあるのですか。ちょっと気になりますが、全然話題になってないのはどういう事でしょうかね。面白ければ「ブレードランナー」ファイナル・カット版のようにマスコミやファンの間で話題が広がると思うのですが…。
投稿: Kei(管理人) | 2010年10月10日 (日) 01:23
〉完全版DVDがあるのですか。
〉ちょっと気になりますが、
〉全然話題になってないのはどういう事でしょうかね。
〉面白ければ
〉「ブレードランナー」ファイナル・カット版のように
〉マスコミやファンの間で話題が広がると思うのですが…。
公開版とDC版のそれぞれに徐々に熱狂的ファンが付き、
このファンの対立によって、SF映画の金字塔になった
「ブレードランナー」のFC版が話題になるのは当然です。
「アイ・アム・レジェンド」の場合
公開版には名作になる可能性が全くない作品なので、
リスクを冒してDVDなどを買ってDC版を見た人々が、
AMAZONのレビューなどでDC版を評価するぐらいで、
大きな話題になるのはこれからも難しいと思います。
せめて、
リスクの少ないDVDレンタルやテレビ放送がされれば、
DC版が徐々に評価される可能性があると思うのですが。
AV REVIEWとHiViのDVDレビューでは
「作品の重心を、SFホラーからヒューマン・ドラマへと
大幅にシフトさせるくらい意味合いの違う別エンディング版」
「その別エンディング版こそ、本当にピッタリの出来であり、
私はそのエンディングを見て初めて涙が出そうになった。
文字通り「アイ・アム・レジェンド」になったエンディングだからだ。
是非そっちを見ていただいて正当な評価を下していただきたい」
「なぜか公開版は‘ヒー・イズ・レジェンド’になっちまった。
「俺が伝説」という本当の姿は別エンディングにこそある。」
と一応絶賛されたんですよ。
投稿: ダブルイレブン | 2010年10月12日 (火) 10:13