「サラエボの花」
ボスニア・ヘルツェゴビナの民族紛争は、ニュース等では知っているが、どれほど過酷なものであったかは、遠い日本にいる我々には分からない部分が多い。ましてや12~3年も前の話であるから、若い人なら余計ピンと来ないかも知れない。
この映画は、その民族紛争がもたらした爪跡の悲惨さを、淡々と静かに、しかし力強く語りかける問題作である。
映画は、一人の母親・エスマ(ミリャナ・カラノヴィッチ)が集団セラピーを受けている姿、その母親が自宅で、12歳の娘・サラ(ルナ・ミヨヴィッチ)と戯れる姿を交互に描く所から始まる。
紛争も終結し、平和が訪れた後の、外見上は平穏な生活を営む庶民の日常を淡々と描いており、多少退屈に感じるかも知れない。
しかし、見逃しそうだが、街の建物の壁には銃弾の跡が残っており、平穏な風景の中にも忌まわしい記憶が消せずに沈殿している事を示している。
娘には父がおらず、母からは紛争で犠牲になったシャヒード(殉教者)と聞かされている。シャヒードは国家の英雄として尊敬されており、父親がシャヒードであれば、学校の修学旅行費用を免除して貰える事になっている。
その為サラは母エスマに、シャヒードの証明書を貰ってくれるように頼むが、何故かエスマはあいまいに返事し、証明書を取り寄せる様子もない。むしろ給料を前借りしてでも旅行費用を集めようと奔走する。
その謎は後半に明らかになるのだが、その伏線は至る所に張られており、カンのいい観客にはある程度は予測出来るだろう(例えば、胸毛を露出している男が側に立つとふいにバスを降りてしまうエスマの行動等)。
以下ネタバレにつき隠します。読みたい方はドラッグ反転してください。
シャヒードの証明書を取り寄せず、修学旅行費用を実費で払った事を知ったサラは母を難詰する。
エスマはとうとう、娘の出生の秘密を暴露する。紛争末期、女性達は集団でレイプされ、父親の分からない子供を産んだのだという。おぞましい話である。
感動的なのは、集団セラピーの席で、エスマがそのいきさつを語るシーンである。最初は産むつもりもなく、育てるつもりもなかったが、赤ん坊を抱くと自然に母乳が溢れ、赤ん坊の姿に、「これほど美しいものが、この世の中にあるだろうか」と思ったことを語るくだり。
彼女にとっては辛い試練であろうが、神から授かった命は尊いものである。
命を大切に思い、生活苦の中で、父親の分からない子供を精一杯の愛情で育ててきた母の人間愛に心打たれる。
↑ネタバレここまで
ラストは母と子は和解し、理解し合えたように見える。出発する修学旅行のバスの後部で、サラはいつまでもエスマに手を振り続ける。
観終わった時、そのラストに観客は一時的にホッとし、爽やかな気分で映画館を後に出来るだろう。
だがこの後も、悲しい運命を一生背負って、この母子は生きてゆかねばならない。それを思うとこのラストはハッピーエンドではあり得ず、爽やかな気分にはなれないのである。
監督は、サラエボ出身の32歳の女性で、これがデビュー作のヤスミラ・ジュバニッチ。真実が明らかになってからラストまでがやや駆け足で、安易な結末にした点がドラマとしては弱い気もする。
しかし、やはり観ておくべき作品である。人間が、このような愚行を行って来た事を確認する為にも、そして愚かな歴史をこれ以上繰り返さない為にも…。多くの人に観て欲しい作品である。2006年ベルリン国際映画祭・グランプリ受賞作品。 (採点=★★★★☆)
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コメント
トラックバック、ありがとうございます。撮影でフランス北部に行ったとき、あの国は石造りの建物が多く残っていて、まだ住んでいて、大砲の痕や機関銃の痕がそのまま残っているのを見て、戦争は遙かになっても、街にはその足跡がそのままありました。大砲の痕などは、北側だけ。ノルマンディ上陸作戦をそのまま保存しています。日本は散歩しても、ほとんど見られませんね。こういう戦争の傷跡をそのまま残し、人が住み続けることで、子供たちにとっては原風景で、自然にそれを知ることになる。今でも戦争の傷跡の中に住んでいますから。
日本の中学生、高校生の中には、日本が戦争したことを知らない人も少なくなく、本作のような秀逸な作品を観てほしいと思いました。そして、このような後の悲劇を知ることは、生きていく上で、知っておくべきです。地味だけど、全国をまわってくれることを願っています。岩波ホールは、まだまだ健在でした。 冨田弘嗣
投稿: 冨田弘嗣 | 2008年1月22日 (火) 01:25
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
投稿: 株の初心者 | 2014年6月14日 (土) 10:58