「パンズ・ラビリンス」
(2006年・スペイン・メキシコ/監督:ギレルモ・デル・トロ)
メキシコ出身で、「ミミック」でハリウッドに進出し、「ブレイド2」、「ヘルボーイ」など、スタイリッシュかつダークなファンタジー・アクションを撮って来たデル・トロ監督が、故国メキシコに帰って作った、ダーク・ファンタジーの秀作(スペインとの合作)。
ファンタジーと言えば、一般的には現実から離れた、ファンタスティックかつ夢のような、どちらかと言えばおとぎ話のような物語がほとんどである。「ハリー・ポッター」しかり、「チャーリーとチョコレート工場」しかり、「ロード・オブ・ザ・リング」とか「ナルニア国物語」、日本では「ブレイブ・ストーリー」のように、異世界を舞台とした少年・少女の冒険譚が多い。まあ全体的に、勇気と冒険の物語の末には概ねハッピー・エンドが待っている。観客も、ひと時現実の憂さを忘れて夢の世界に浸り、いい気分で映画館を後に出来るのである。
ところが本作は、暗く、残酷で陰鬱で、ラストも救いようがないほどアンハッピーである。夢は夢でも、これは悪夢の世界である。少女の迷宮(ラビリンス)巡り…という話から、ジョージ・ルーカス製作、ジム・ヘンソン監督、ジェニファー・コネリー主演の「ラビリンス/魔王の迷宮」(86)を思い出したりもするが、やはりちょっと違う。そういうファンタジーを期待すれば、あまりのグロさと暗さに途中で劇場を飛び出したくなるかも知れないので注意が必要。
しかし、映画ファンなら是非観るべき、これは2007年公開の映画中の傑作である。
舞台は1944年、内戦の余波覚めやらぬスペイン。この時代、スペインではフランコ政権による独裁と圧政が続き、それに反対し、政権を倒そうとするレジスタンスと政府軍との熾烈な戦いが行われていた頃である(ちなみに、スペイン内戦を舞台とした映画では、イングリッド・バーグマン、ゲーリー・クーパー主演の「誰が為に鐘は鳴る」(43)が有名)。
主人公の少女オフェリア(イバナ・バケロ)は、内戦で父を亡くし、母カルメンの再婚相手であるフランコ軍の冷酷な軍人、ビダル大尉(セルジ・ロペス)の元に母子でやって来る。到着した目的地の森の中で、オフェリアは不思議な妖精や、パンと呼ばれる牧神と出会い、何時しか迷宮に足を踏み入れて行く…。
ビダル大尉の残酷な性格描写が凄い。ちょっとでもレジスタンスの疑いのある人間を捕まえると、すぐに射殺する。オフェリアの母にも冷たく当る。フランコ政権の独裁ぶりをシンボライズしているかのようである。
こうした、周囲を取り巻く過酷な環境の中で、オフェリアが幻想の迷宮に迷い込んで行くのは、過酷過ぎる現実からの逃避願望が潜在的にあるからだろう。
パンや、地下の不気味な生き物たちと一緒にいる時が、嫌な現実を忘れることが出来る癒しの時なのである。
しかし、その逃避世界でも、オフェリアは魔物に追われた末に地上に逃げ戻ったりする。…現実世界もファンタジー世界も、どちらも過酷な環境であり、安息できる空間は、この世には存在しないかのようである。
(ここからネタバレあり。読みたい方のみドラッグ反転してください)
物語は終局で意外な展開を見せる。
ビダル大尉がオフェリアを追って森に入ると、オフェリアが誰もいない場所で1人、見えないパンに話しかけている所を目撃する。
これは、もしかしたらパンや魔物や妖精は、現実から逃避したいオフェリアの空想ではないか…という事を示している。現に、パンは結局なんら現実世界に影響を与えていないし。
オフェリアが最後に見るのは、天国のような王国の光景である。あるいはこれは、霊界の入口なのかも知れない。
その伏線は前の方に出て来ている。オフェリアは、沢山の本をいつも持っており、本を読んでは空想に浸るクセがあるような描き方をしている。虫がメタフォルモーゼする妖精も、彼女が読んでいた絵本の中の登場人物であった。
そう考えると、この物語はとても悲しい。過酷で、誰もが殺し殺される悪夢のような現実世界に振り回され続けた少女は、自分で空想のファンタジー空間を創造し、そこに逃げ込む事でしか、心が安らぐ時はなかったのであろう。
↑ ネタバレここまで
大人たちの、残虐な行為と不毛の対立が、無垢な少女の心を苛み、地獄に追いやる。…それは実は現在もなお続いている人類の愚行そのものである。
フランコ独裁政権やファシズム自体が、悪夢であり、恐ろしい怪物であるのかも知れない。レジスタンス仲間のメルセデスによって斬られた、ビダル大尉の耳元まで裂けた口も、そう考えればまさに彼が怪物そのものである事を象徴しているのだろう。
これは、一見ファンタジーである事を装いつつ、少女の悲しい運命と天使への昇華を描く事によって、大人が作り出す現実世界の惨さを容赦なく批判し、少女の夢見る世界をこそ、大人は守るべきである事を伝えて深い感動を呼ぶ、死と幻想の叙事詩なのである。
1人でも多くの人に観て欲しい、これは問題作である。必見。 (採点=★★★★★)
(付記)本作のプロデューサーの1人が、「トゥモロー・ワールド」という、これまた戦争世界と、そこで希望の光となる子供を描いた秀作を監督した、アルフォンソ・キュアロンである…というのも興味深い。彼もまたメキシコ出身である。
ついでに、ギレルモ・デル・トロの'01年作品「デビルズ・バックボーン」のプロデューサーを勤めたのが、「ボルベール<帰郷>」などのスペインの巨匠、ペドロ・アルモドバルである。
メキシコ・スペイン系の俊才たちが、こうして人脈的に繋がっている(恐らくは相互に刺激し合い、吸収し合っている)のが興味深い。ここに、「バベル」のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトウや、「オープン・ユア・アイズ」、「アザーズ」などのアレハンドロ・アメナーバル、さらにはそのアメナーバル2作のプロデューサーを勤めた、「蝶の舌」(これもスペイン内戦が舞台)の監督、ホセ・ルイス・クエルダを加えれば、メキシコ・スペイン連合軍はまさに世界を席巻していると言えるだろう。これからも注目して行きたい。
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コメント
こんばんは!TBどうもでした。
スペインとメキシコ・・・なるほどそうですね。
サッカーW杯の試合のときに何かで聞いたのですが、植民地と宗主国というのは密接なつながりが出てくるのだそうです。必ずしも反発ではなくて、連帯のような気持ちも生まれてくると・・・
同じ言語、宗教を持つものというのもその関係を強めるのかもしれませんね。
投稿: カオリ | 2008年1月11日 (金) 00:54