「Mr.ビーン カンヌで大迷惑?!」
(2007年・英=ユニバーサル/監督:スティーヴ・ベンデラック)
正月から「パンズ・ラビリンス」に始まり、戦争や紛争の悲惨さがテーマの重苦しい作品批評ばかり続きましたので、この辺でちょっと息抜きに本作を…。
「Mr.ビーン」の魅力は、なんと言ってもほとんどセリフを喋らず、顔の表情とパントマイム動作だけで笑いをもたらすおかしさであると言えましょう。
だから、劇場版第1作で、ビーンがよく喋るのには、違和感を感じてあまり楽しめませんでした。
本作は、その反省か、ビーンをフランスに送り込み、相変わらずのお騒がせギャグに留まらず、言葉の通じない事から生じる笑いを中心に据えた事で、本来のパントマイム劇としての面白さを取り戻しています。
そして前作やテレビ作品のような、断片的なギャグの繰り返しでなく、カンヌという目的地に到着するまでの、少年と二人連れのロードムービーという流れを本筋にした事で、起承転結が整った、長編映画としてもちゃんとした出来になっています。
(以下ネタバレに付き隠します)
さらには、目的地カンヌで開催される“カンヌ映画祭”で上映されている、アメリカの映画監督・カーソン・クレイ(ウィレム・デフォー)の作品が、延々とモノローグが続く退屈きわまりない作品で、これにビーンの撮ったビデオが紛れ込んだ途端に、それまで退屈で居眠りしていた観客が絶賛するというオチが、こういう分かったような分からない作品を有難がる映画祭に対する痛烈な皮肉になっていて、映画ファンであるほど大笑いできます。さすがはイギリスらしいシニカル・ジョークです。
↑ネタバレここまで
まあ、そんなわけで、これは息抜きには持って来いの、気楽なコメディとして楽しめば十分の作品であります。前作が不満だったファンにも満足できる出来だといえましょう。 (採点=★★★☆)
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(で、お楽しみはココからです)
この、Mr.ビーン作品を観ていると思い出されるのが、フランスのコメディ監督兼俳優の、ジャック・タチ作品です。
代表作「ぼくの伯父さん」(58)は、トボけた飄々とした雰囲気の、タチ扮するユロ伯父さんが巻き起こす大迷惑と、その甥に当る少年との交流を描くコメディです。偶然にも、この作品はカンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞しています(笑)。
この伯父さんは、映画の中で一言もセリフを喋らず、いろんなモノに触っては壊してしまう、失敗を隠そうとして、更に大きな失敗をやらかす、近代的な工場で勤めるものの、ヘマばかりする…と、ビーンの行動とそっくりです。
少年が、ドジだけど憎めないこの伯父さんに親近感を抱いて行く…という展開も、本作(Mr.ビーン)とよく似ています。
おそらく、本作の作者は、この名コメディ俳優兼名監督、ジャック・タチに大いなるリスペクトを捧げているのではないかと推測します。
それが決定的に感じられるのが、映画監督カーソン・クレイが、カンヌ映画祭に出品した作品の題名が「プレイバック・タイム」である事です。
実は、ジャック・タチが1967年に発表した大作映画の題名が「プレイタイム」なのです。
やはり、例によってタチ扮するユロ氏が主人公の、トボけた笑いと風刺に満ちたコメディです。
「プレイバック・タイム」が、モノトーンに近い陰鬱な画面、主人公が延々と1人で喋り、笑えない…という具合に、明るくカラフルで、主人公は喋らない、タチ作品とはまったくの正反対の作品である点も考えれば、題名の類似性も含め、私の推測もあながち的外れではないと思えるのです。
ちなみに、ジャック・タチ作品と「Mr.ビーン」、どちらにも“無声映画時代の古きよきコメディにオマージュを捧げた作品”との賛辞があった事も付け加えておきましょう。
なお、「プレイタイム」は70mmで製作され、フランス映画史上最大の製作費をかけたにもかかわらず、退屈で眠気を誘う…と酷評され、興行的にも大惨敗となりましたが、後年には評価の兆しが見えます。
コメディ好きであり、ジャック・タチ作品を知らない方には、是非「ぼくの伯父さん」をご覧になることをお奨めします。「ビーン」ほど毒ッ気はなく、テンポものんびりしていますが、ほのぼのとした味わいが、せわしない現代における清涼剤となる、癒し系コメディの秀作だと言っておきましょう。
(付記) もう一つ、本作の原題、“Mr.Bean's Holiday”は、どうやらジャック・タチの監督2作目「ぼくの伯父さんの休暇」(英語題名:Mr. Hulot's Holiday )からいただいてるようです。この作品も、カンヌ映画祭で“国際映画批評家連盟賞”を受賞しています。
本作が、ジャック・タチ監督に対するオマージュである事は、これからも明らかでしょうね。
(2/4 追加) いろいろと、ビーンに関する記事を検索していたら、昨年、ローワン・アトキンソンが来日した時のインタビュー記事を見つけたのですが、
その中で、インタビュアーが、「ぼくの伯父さんの休暇」との題名の類似性を指摘し、アトキンソンがそれに答えて
「そうなんだ! 彼(ジャック・タチ)は僕にとってヒーローであり、僕は彼の大ファンなので、意識はしていたよ。僕が成長をする大切な瞬間にタチの作品に出会ったんだ。彼の作品が撮影されて50年以上経った今、全てを分かった上で『Mr. Bean's Holiday』と名づけて世に出すのは、不思議な気持ちだね」
と言っていたのです。
なんとまあ、やっぱり本作は、ジャック・タチへのオマージュだったわけですね。推測がドンピシャ当りました。
それと、以前録画したまま見ていなかった、ジャック・タチの長編監督デビュー作「のんき大将」があった事を思い出したので、遅ればせながら観たのですが、
なんと、主人公(タチ本人)が、自転車で、自動車の後ろにくっついて走ったり、サイクル・ロードレースの一団を自転車で追い抜くシーンがありました。
「カンヌで大迷惑?!」の中に出て来る、同様のシーンは、これで「のんき大将」へのオマージュである事も分かりました。うーん、もっと早く見ておくんだった(笑)。
劇場版1作目 ジャック・タチ作品
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コメント
なるほど!
チャップリンを引き合いに出す人が多いですけど、ジャック・タチのほうが近いかもしれませんね~
投稿: kossy | 2008年2月 2日 (土) 21:31