「Sweet Rain 死神の精度」
一風変わった味わいのミステリー(とも言えないが)で評判の、伊坂幸太郎の同名ベストセラーの映画化。
原作は6編からなる連作短編で、死神が人間界に降り、1人の人物に対し、7日間の間にその人物を死なせる(「実行」と呼ぶ)か、あるいは生かしておく(「見送り」)かを判定するという仕事をこなして行く物語。
映画は、原作から3編を選び、しかも原作とは設定を変え、それぞれのエピソードに登場する人物が別のエピソードとも密接に絡む…という改変を加えている。
これによって、映画は、原作とは少しテイストが異なり、ある人物と、千葉という名の死神(金城武)とが全編を通じて深く関わり、1人の人間の数奇な人生を振り返ると共に、“死神自身もまた、人生観(が死神にあるかは別問題(笑))を変え、自己変革を遂げて行く”、ちょっとユニークなお話になっている。
製作は、ユニークなヒット作を連打し、最近では「ガチ☆ボーイ」という快作を発表した、あのROBOT。山崎貴、小泉徳宏…と、新人監督の育成には定評があるが、今回も自主映画からスタートし、TV「ロス:タイム:ライフ」等で注目された新人、筧昌也を劇場映画デビューさせた。
お話の方は、第1話が、家電メーカーの苦情処理係をしているOL藤木一恵(小西真奈美)に対する実行か見送りかの判定。近しい人間がみな死に、本人も自殺を企てた事があるらしい。従って千葉も当初は「実行」のつもりだったが、彼女に新しい転機が訪れた事を機会に、その判定は変わって行く。
第2話は仲間の復讐を計画しているヤクザ(光石研)。これも死が近いと思われたが、死神たちの協力で、彼の望みを果たした後、別な死に方をする。
1、2話を通じて共通するのは、千葉は単なる傍観者でなく、その人物に深く関わり、心の交流を通して、互いの間に友情のようなものすら生まれて来る。…感情がなかったはずの死神に、次第に不思議な心の揺れ―人間へのいとおしさらしきもの―が徐々に生まれて来たようにも見えるのである。
これが、残る第3話への伏線にもなっているのである。
伏線と言えば、1話で歌手になった藤木一恵のCDが2話にも登場し(しかもナツメロ扱いである)、i-Podを聴いているチンピラ(石田卓也)が、一恵の曲には不快感を示す…という、何やら訳ありの様子が窺える辺りが絶妙の伏線になっている。
そして第3話は、どうやら遥か未来(4半世紀ぶりに日本でワールドカップ開催…とニュースで言っているので2028年と分かる)、理髪店を営む老婦人(富司純子)がターゲット。70歳を超えたと思われるこの老婦人から、千葉は奇妙な願い事を頼まれ、それを実行するうち、彼女の波乱に満ちた人生に、千葉も深く関わっていた事が明らかになって行く。
原作にない、この設定を追加した事によって、映画はまるでO・ヘンリーの短編小説にも似た、人間の運命と人生の機微についての心温まるファンタジー・ドラマとなり、爽やかなエンディングを迎えるのである。
常に雨がつきまとい、晴れた空を見た事がなかった死神・千葉に、ある奇跡が訪れるラスト・シーンは、それ故とても感動的である。
人間の運命を左右して来た死神・千葉が、ここに至って逆に人間から、生きている事の大切さ、命というもののかけがえのなさ…を教わる結果となり、彼自身も人間らしい心を取り戻した事を、このラストは象徴しているのである。
人間という存在は素晴らしい、そして悔いのない人生を送る事はとても素晴らしい…これは、そんな素敵なファンタジーなのである。
伊坂原作とはかなり変わった結末である故、原作ファンには不満の残る出来かも知れないが、映画としては原作を上回った佳作になった…と言えるのではないか。私はとても気に入った。
富司純子の存在感が素晴らしい。彼女自身が、女神のようにすら見える。小西真奈美もいい。役者がみんないい。筧昌也監督、今後も注目である。
ただ、第3話に登場するアンドロイド、これはまったく不要である。近未来である事を示したつもりのようであるが、単にそれだけ。ドラマにまったく絡まないどころか、アンドロイドである事すらすっかり忘れられてる展開では、物語をかえって安っぽくするお邪魔虫でしかない。後で資料を読んだら、このアイデアを思いついたのは、筧監督ではなく、脚本の小林弘利だという。小林と言えば、あのワースト駄作「L change the WorLd」を書いた奴ではないか。どうりでヘタで無粋な事を思いつくはずである。総じて、もう少し脚本が練れておればもっと傑作になったかも知れない(例えば、せっかく1話でカセット・ウォークマン、2話でi-Podと、音楽プレイヤーの変遷で時代感を出したのだから、3話では、耳にスッポリ入る超小型音楽プレイヤーあたりの小粋な未来アイテムを出せばニンマリできただろうに)。そこが残念である。死神のトレカにしても、近未来らしく超薄型ディスプレィ方式で、死神の絵をCGで動かす等の細部へのこだわりも見せて欲しかった。
なお、1話の時代は1985年、2話は2007年だそうだが、あえて時代を明示しないのは演出プランかも知れないが、やはり不親切である。3話でワールドカップのニュースを出してるのだから、その時代ごとの代表ニュース(例えば1985年なら日航ジャンボ事故等)を流すべきではないか。あるいはこの物語なら、字幕で年代を表示しても良かったのではないかと思う。
とまあ、いろいろ欠点はあるものの、ROBOT作品らしい心温まるファンタジーの佳作に仕上がっている点は評価したい。筧監督の将来性も加味して採点はやや甘めに…。 (採点=★★★★)
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コメント
あ、なるほど、O・ヘンリーか~
言われて納得です!
ヤクザたちの抗争なんて生臭いシーンから一変して温かい第3話に繋げるなんてのも効果がありましたよね。
投稿: kossy | 2008年4月 7日 (月) 18:17