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2008年4月21日 (月)

「ノーカントリー」

Nocountry (2007年・パラマウント=ショウゲート/監督:ジョエル&イーサン・コーエン)

本年度アカデミー賞の作品・監督・脚色・助演男優の4賞を獲得した、コーエン兄弟によるクライム・サスペンスの秀作。原作は、コーマック・マッカーシーの「血と暴力の国」(扶桑社刊)

1980年代のテキサス、麻薬取引のトラブルで銃撃戦となり、生存者が1人しかいない現場に遭遇したベトナム帰還兵のルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)は、現場に残された200万ドルの大金を持ち逃げするが、その為に組織の差し向けた冷血非情な殺人者シガー(ハビエル・バルデム)に追われる身となってしまう。

お話そのものは、“普通の人間が、大金を手にしたばかりに人生が狂い、破滅の道を歩む…”という、昔からよくあるパターンである。詳しくは後記“お楽しみはココからだ”を参照して欲しいが、昔は単純なB級映画が多かった。最近では、コーエン兄弟とも縁が深いサム・ライミ監督「シンプル・プラン」のように、語り口や演出で、奥の深い人間ドラマにもなっている問題作が増えて来たように思う。

本作においては、不気味な殺し屋、シガーの存在が出色である。ほとんど無表情で、淡々と仕事をこなす。ただ、コーエン兄弟らしいのは、殺しの道具が銃でなく、肺気腫を患っている病人が持つような酸素ボンベ。このホースを相手に向け、圧搾空気を発射して殺す…という、なんとも人を食った方法。ヤラれる方も何だか分からないうちに絶命するし、警察が調べても、貫通していないのに銃弾が残っていないから、凶器が分からず面食らう。これによって、シガーという男の、トボけているのか凶暴なのか、その不思議な存在感、得体の知れなさが余計に際立つこととなるのである。

物語は終局において、モスのあっけない最後(ほとんど死に際の姿が見えない)、さらにシガーの予想を裏切る衝撃の事故に至るのだが、ここでもシガーの行動は人間離れしている。…なにしろシガーは、骨が露出するほどの重傷でありながら、表情一つ変えず、少年から譲ってもらったシャツを三角巾代りにして悠然と去って行くのである。

暴力性と日常性の境い目すら曖昧になってしまったかのような、このラストは、アメリカという国が、暴力性を体質として内在させ、どんどん荒廃して行く、その姿をシンボライズしているかのようである。

事件を追って来た老保安官、エド(トミー・リー・ジョーンズ)がつぶやく、諦めにも似たモノローグが、時代の変化によって、もはや老人には住めない国になってしまったアメリカの闇(原題"NO COUNTRY FOR OLD MEN"はその事を示す)を更に強調させ、深い余韻を残す。

そこまで深読みせずとも、この映画は、追う者と追われる者との緊迫した対決をスリリングに描いたサスペンスとしても十分楽しめる。

一昔前なら、よく出来た犯罪映画…で、賞なんかとは無縁だったろうが、これがアカデミー賞を取ってしまうとは…。良いことなのかどうか、考え込まざるを得ないのである。     (採点=★★★★☆

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(さて、お楽しみはココからだ)
本作と同パターンの作品は、昔のB級映画の中にいくつか見る事が出来る。

ドン・シーゲル監督の傑作アクション、「突破口!」(73)のストーリーは、“たまたま手に入れた大金(銀行強盗で得たものだが)が組織のものだった為に、組織の差し向けた殺し屋に追われる”…というものであり、お分かりの通り、本作とよく似ている。

ジョー・ドン・ベーカー扮する殺し屋が、実に冷酷、かつ凶暴でコワかった。この辺りも似ている。映画としては、典型的なB級ムービーであった。

で、わが国にも似た作品がいくつかある。ほとんどは低予算のB級プログラム・ピクチャー。

「悪魔の札束」(1960年・東映・監督:関川秀雄)。
実直なトラックの運転手が、昔の同僚と偶然出会い、男は運転手の車に便乗するが、検問にぶつかってバッグを置いたまま逃げ出す。そのバッグには男が強盗で奪った現金400万円が入っていた。金に困った主人公はつい金に手をつけてしまい、故郷に逃げようとするが犯人に執拗に追い詰められ、銃で撃たれてしまう…というお話。

子供の頃に観たが、ハラハラドキドキで凄くコワかった。“善人なのだが、金の誘惑に負け、悪者の金をつい持ち逃げした為に悪者に追われ、最後は破滅する”という展開が本作と似ている。ちなみに主人公の運転手を演じたのが黒澤映画で有名な木村功。

もう1本。これも東映作品、「恐喝」(63年・監督:渡辺祐介)。
暴力団の幹部、矢吹(高倉健)は、パクられた融通手形千六百万円の取り戻しをボスに頼まれるが、手形を強奪して姿を消す。ボスは敵対する組と手を結んで失吹を追いつめ、凄じい銃撃戦の末、矢吹はボロ屑のように殺される。

こちらも、大金の誘惑に魅入られ、持ち逃げするが、組織に追われて惨めな末路を迎える…という点で共通する。まだ仁侠映画でブレイクする前の高倉健が好演。

どちらも東映東京撮影所作品で、当事の東映東撮はフィルム・ノワール・タッチの佳作がいくつかあったが、興行的にはさっぱりで、しかも1960年代の映画全盛期、毎週替りで無数に量産されていたB級プログラム・ピクチャーであるが故に、これらはテレビで放映される事もめったになく、ビデオですら多分出ていないと思うので、知ってる人はほとんどいないのではないかと思う。が、捨て難い味わいの佳作である。

もしどこかの名画座(これもほとんど無くなったが)で上映されるか、あるいはスカパー等で放映された時には、観ておいて損はないと思う。お奨めしておきたい。

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