« 「ゼア・ウイル・ビー・ブラッド」 | トップページ | 「ランボー 最後の戦場」 »

2008年5月25日 (日)

「山のあなた 徳市の恋」

Yamanoanata (2008年・フジ=東宝/監督:石井 克人)

1938年の松竹映画「按摩と女」(清水宏・監督)のリメイク。

清水宏監督は、一般的には黒澤、小津、溝口ほどには知られていないが、実は伝説的な巨匠である。
なにしろ、小津安二郎、溝口健二監督をして“天才”と言わしめ、笠智衆も、彼の評価が不当に低い事を憤った。

近年ようやく再評価の兆しが見える事は喜ばしい。DVDボックスも出ているようだが、若手のポップな作風で知られる石井克人監督が清水作品に惚れ込み、興行的に当たり難いのを承知で、わざわざ本作をリメイクした…というのも近年にない快挙である。

ただ、本作は、リメイクと言うよりは石井監督が“完全カヴァー”と称しているように、元の作品の脚本はおろか、アングル、カット割までも完全にコピーした作品である。

そう聞くと、例のガス・ヴァン・サント監督のヒッチ作品のコピー作「サイコ」とか、森田芳光監督の「椿三十郎」などの(個人的には)失敗作を思い出し、嫌な予感を抱く人もいるだろう。…特に私など、そのオリジナルたる「按摩と女」が大好きときている(ビデオも持っている)。

ところが本作は、意外にも、良く出来ているのである。清水作品が大好きな私ですら、ジワっと感動したのである。「椿三十郎」はコキ下ろした、この私が…である(笑)。

その理由は何かと言うと、一にも二にも、清水作品の作風…あるいは、いわゆる“大船調”と呼ばれる、松竹伝統の人情ホームコメディのタッチを現代において完璧に、かつクリアに再現しているからである。

私は、オリジナルの「按摩と女」が好きで、ほとんど頭の中に映像が刻み込まれているのだが、この作品を見ている間中、記憶にある清水作品と、映像も、演技もまったくそのままで、まるでオリジナル作品に、着色して、デジタル・リマスタリングしたのかと錯覚したほどであった。

帰宅して、「按摩と女」のビデオを引っ張り出して再見したら、もうまったく、今観た映画そのまんまであった。―温泉旅館や町並みもまったく同じ(旧作を基にミニチュアを作りデジタル合成したそうだ)、なんとまあ、後ろを通るエキストラの通行人の歩き方や扮装、道端の犬の動きまでまったく同じである。いやはや、そこまでやりますか(笑)。

違う所は、当時は予算の関係なんかで描けなかったであろう、峠の道を行く馬車のロングショット映像や、若干の補足的シーン(旅館の位置関係など)程度である。

ただ旧作は、古い作品である為、また、当時はフィルム感度も音質も悪かった為、映像はややボヤけていて、音は聞き取りにくい所もあった。…それでも感動出来たのだからやはりいい作品なのである。

本作は、むしろそうしたオリジナル作品の映像・音質の劣悪な部分を、最新の技術でカヴァーし、グレードアップした作品なのである。―ほんわかと醸し出される、清水作品の空気や温かみはそのままに、グレードだけはぐんと向上している。
…これは言うなれば、クラシック音楽で編曲やオーケストラ編成はオリジナルそのままに、最新の機材を使ってステレオ・ドルビーサラウンド録音を行ったようなものである。これでは感動するのも当然である。

例えば、徳市(草彅剛)が、東京の女美千穂(マイコ)が道に立っているのに気付かずすれ違うシーン、オリジナルでは全然聞こえなかったのだが、新作では、美千穂がそっと後ずさる時に、かすかに砂利を踏む音が聞こえる。
目の見えない徳市が、その音を聞き分け、美千穂がいる事に気付く重要なシーンなのだから、この音は大事である。…こういう所に、石井監督が最新技術でカヴァーした意味があるのである。

石井克人監督は、清水宏作品の素晴らしさをこよなく愛し、最大のリスペクトをもってそれを現代に甦らせたのである。…それはまた、清水宏という伝説の埋もれた名監督の発掘でもある。
…私はその事に胸が熱くなった。よくぞ作ってくれたと、石井監督に礼を言いたい。

お話は、実に淡々として、のどかで、大した事件も起きない。まあ泥棒騒ぎもあるが、それすらものどかでユーモラスである。

小さな温泉町を舞台に、見知らぬ人同士が出会い、ちょっとした心の触れ合いと、ほのかな恋心の芽生えがあり、そして別れが描かれる。

さりげない仕草や、会話の中に、人の切ない思いが巧みに表現され、温泉の湯に浸かるように、心が癒される。

淡々と進むゆえ、若い人にはとっつき難いかも知れない。しかし、もし小津安二郎作品や成瀬巳喜男作品のように、やはり庶民の生活を淡々と綴った監督の作品にハマった方ならきっと感動出来るだろう。噛めば噛むほど味が出る、スルメのような味わい深い作品である。

けれどもそれは石井監督の力ではなく、オリジナルの清水監督の脚本・演出のうまさのせいである。この映画は、そういう意味では、クレジットこそ石井克人監督だが、まぎれもなく“監督=清水宏リマスタリング修復=石井克人”とクレジットしたい作品なのである。

徳市を演じた草彅剛、相棒の福市を演じた加瀬亮―いずれもオリジナル役を演じた徳大寺伸、日守新一と外見も雰囲気もソックリである。また東京の女役のマイコ(オリジナルでは高峰三枝子)も、いかにも戦前の古風な女の雰囲気をよく醸し出している。

 
清水監督作品では「按摩と女」以外に、あと「有りがたうさん」(1936)、「簪(かんざし)」(1941)が傑作であり、小林信彦さんは20世紀ベスト100本の中にこの3本を入れている。本作に感動した人は、機会があれば、是非これらの作品も探して観て欲しい。   (採点=★★★★☆

  ランキングに投票ください → ブログランキング     にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

清水宏DVD-BOX

「按摩と女」
「有りがたうさん」
「簪(かんざし)」
「港の日本娘」収録
 

「按摩と女」
単品

|

« 「ゼア・ウイル・ビー・ブラッド」 | トップページ | 「ランボー 最後の戦場」 »

コメント

映画の良さを、的確にに表現されてる素晴らしいレビューですね。
読んでて嬉しくなりました。ありがとうございます。
清水作品、レンタルとかで全然無いので諦めてましたが、このレビューを見て、なんとか探そうと決意しました。
これからも時々覗いて勉強させてください。

投稿: あけぼの | 2008年5月30日 (金) 15:32

こんばんは
監督が草なぎ君以外には、この役を出来ないと言い切ったとか、確かにハマリ役だったと思いました。彼以外の役者だと、嫌味が残りそうですね。それと謎の女を演じたマイコもなかなかでしたね。今後が期待される女優さんですね。
久し振りに心癒される映画を見せていただきましたよ。

投稿: ケント | 2008年6月 1日 (日) 20:19

>あけぼのさん、ようこそ。
お褒めの言葉ありがとうございます。励みになります。

清水宏監督作品は、TSUTAYAにVHSで「按摩と女」「有りがたうさん」「港の日本娘」を置いてある所がありますが、それでも少ないです。不当に扱われてますね。
ようやく、「山のあなた」の公開がきっかけでしょうか、今年になって前記作品をまとめたDVDボックスが発売になりました。ただ、レンタルショップにはまだ出ていないようです。
でもDVDが出るだけでも有難いことです。黒澤の「隠し砦-」のレンタルも高稼働のようですし、旧作がこうして見直されるだけでも、リメイクの価値はあったと言えるでしょうね。

投稿: Kei(管理人) | 2008年6月 6日 (金) 11:12

>ケントさん
草彅君はいい味出してますね。
彼は舞台でも「瞼の母」や「父帰る」などで高く評価されている実力派ですからね。単なるアイドルじゃないです。
マイコさんは、昭和13年の映画の中に登場したとしても違和感ないですね。よく見つけたものです。今年の新人賞は当確でしょうね。
これからの活躍を期待いたしましょう。

投稿: Kei(管理人) | 2008年6月 6日 (金) 11:30

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/174742/41319615

この記事へのトラックバック一覧です: 「山のあなた 徳市の恋」:

» 『山のあなた 徳市の恋』 [Sweet*Days**]
監督:石井克人  CAST:草なぎ剛、マイコ、加瀬亮、堤真一 他 目の不自由な按摩の徳市(草なぎ剛)と福市(加瀬亮)は、山の温泉街... [続きを読む]

受信: 2008年5月26日 (月) 08:48

» 『山のあなた 徳市の恋』 [ラムの大通り]
----これって清水宏監督の1938年作 『按摩と女』のリメイクでしょ? しかも主演が草?剛。 「うん。ただ監督の石井克人によれば『カヴァー』ということらしいけどね」 -----ええっ。ニャにそれ? 「オリジナルを観た感覚を 究極的に再現。 でも脚本は見つからないので、 ビデオを見ながら書き起こしたということのようだ。 で、その名作を現代のカラーの技術と高音質で再現」 -----ティム・バートンはリ・イマジネーションって言葉を使っているよね。 「あれは、オリジナルを解体し、再構築。 これとはまったく... [続きを読む]

受信: 2008年5月26日 (月) 10:44

» 山のあなた 徳市の恋 [playt* cinema* art* ]
山のあなた 徳市の恋 公式HP監督 石井克人出演 草なぎ剛、加瀬亮、マイコ、三浦友和、堤真一制作 2008年/日本時間 94分story山間の温泉街で東京の女・美千穂に出会った按摩士の徳市は、彼女にほのかな恋心を抱く。感想本日、「山のあなた」をみてきましたー☆なん...... [続きを読む]

受信: 2008年5月26日 (月) 12:15

» 石井克人 ブログ [今 流行ってるコト♪★]
おやおやおや~~まぁ、ほんとですかぁ~~これは すごいですね!!石井克人監督寝坊^^「SMAP」草なぎ剛(33)の主演映画「山のあなた 徳市の恋」の初日舞台あいさつが24日、東京・TOHOシネマズ六本木ヒルズで行われ、出席予定だった石井克人監督(41)が寝坊して..... [続きを読む]

受信: 2008年5月26日 (月) 15:52

» 【石井克人】についてサーチエンジンで検索してみると [気になるキーワードでブログ検索!]
石井克人 に関するブログのリンクを集めています!最新の検索結果をまとめて、口コミ情報をマッシュアップし… [続きを読む]

受信: 2008年5月26日 (月) 17:02

» 石井克人 [W杯バレー2007ハイライト ニコニコ動画 YouTube 画像 無料画像 動画]
石井克人監督寝坊^^ 「山のあなた 徳市の恋」 石井克人監督はある意味すごい石井克人監督の寝坊欠席に草なぎ剛絶句!「山のあなた 徳市の恋」初日 : 映画ニュース草なぎ剛、目の不自由な按摩役「自分らしさ出せた」... [続きを読む]

受信: 2008年5月26日 (月) 18:13

» 映画「山のあなた~徳市の恋」 [Serendipity !]
 映画「山のあなた~徳市の恋」の試写会に行った。この映画は1938年の映画「按摩 [続きを読む]

受信: 2008年5月26日 (月) 19:56

» 山のあなた 徳市の恋 [UkiUkiれいんぼーデイ]
JUGEMテーマ:映画 2008年5月24日 公開 闇夜のカラスだって見えますよ こっれ すっごく良い!!! なんか とっても良いの!!! 癒し度満点!!! あの小津安二郎に「清水は天才」と言わしめたという日本映画史上に残る名匠・清水宏監督が1938年に発表した『按摩と女』のカヴァーだそうだ! ここ大事なんですって 石井克人監督は「これはリメイクじゃなくカヴァーです」と。 オリジナルの台本を使用して、現代の演者と最新技術を駆使して再現した... [続きを読む]

受信: 2008年5月27日 (火) 09:11

» 「山のあなた 徳市の恋」 健闘?不発?? [映画コンサルタント日記]
上映スクリーン数: 158オープニング土日興収: 5290万円ジャニーズつながり [続きを読む]

受信: 2008年5月27日 (火) 20:55

» 山のあなた 徳市の恋 [夫婦でシネマ]
草なぎ剛主演のコミカルなラブ・ストーリー。”心の入浴料”ということで、どなたでも1000円で鑑賞できるので、ちょっと得したような気持ちになりました。 [続きを読む]

受信: 2008年5月28日 (水) 10:27

» 【映画】山のあなた 徳一の恋 [新!やさぐれ日記]
■動機 草彅剛と加瀬亮 ■感想 ほんのりほんわか ■満足度 ★★★★★★☆ いいかも ■あらすじ 目の不自由な按摩(あんま)、徳市(草なぎ剛)と福市(加瀬亮)が温泉場へと徒歩で向かっていると、2人の横を東京から来た三沢美千穂(マイコ)を乗せた馬車が通り過ぎていく。宿屋に呼ばれた徳市は、客が馬車の女と直感。美千穂の様子にほのかな恋心を覚えた。しかしその翌日、宿屋で宿泊客の財布が盗まれ、犯行時刻付近に宿にいた美千穂が疑われる。 ■コメント 感動があるわけじゃない。 何かが起こるわ... [続きを読む]

受信: 2008年5月30日 (金) 21:16

» 山のあなた 徳市の恋 [ケントのたそがれ劇場]
★★★★  清水宏監督が昭和13年に発表した『按摩と女』のリメイク版だという。オリジナル版はまだ観ていないが、本作を観ながらもなんとなく眼に浮かぶようであった。 多分、カラーであることと、俳優の違いを除けば、脚本と演出やカメラワークは、オリジナルそのままな... [続きを読む]

受信: 2008年6月 1日 (日) 20:19

» 山のあなた 徳市の恋 [ネタバレ映画館]
おませな坊や。 [続きを読む]

受信: 2008年6月 4日 (水) 18:59

« 「ゼア・ウイル・ビー・ブラッド」 | トップページ | 「ランボー 最後の戦場」 »