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2008年5月23日 (金)

「ゼア・ウイル・ビー・ブラッド」

Therewillbeblood (2007年・ミラマックス=パラマウント・ヴァンテージ/監督:ポール・トーマス・アンダーソン)

「マグノリア」で一躍注目された俊英、ポール・トーマス・アンダーソン監督の、「パンチドランク・ラブ」以来5年ぶりの問題作にして傑作。本年度のアカデミー賞で主演男優賞、撮影賞を受賞。

原作は、社会派の作家、アプトン・シンクレアの「石油!」(1927年)。アンダーソン監督は、これを元に大幅に改定した脚本を自ら手掛け、実に骨太の人間ドラマに仕立てている。

20世紀初頭のカリフォルニアを舞台に、しがない鉱山労働者の男、ダニエル・プレインビュー(ダニエル・デイ=ルイス)が、石油採掘に野心を燃やし、やがて石油層を掘り当て、名声と富と権力を手にするまでを描く。

 
こういうタイプの映画は、ジェームズ・ディーン主演の名作「ジャイアンツ」(56・ジョージ・スティーヴンス監督)とか、「オクラホマ巨人」(73・スタンリー・クレイマー監督)などのように、ハリウッドでいくつか作られてきた。

しかし、「ジャイアンツ」では、“アメリカン・ドリーム”の象徴であった、ジェームズ・ディーン扮するジェット・リンクの成功話が、ここでは徹底的にエゴイズムと醜い欲望にひた走り、破滅に向かう、ダニエルという男の破天荒な生きざまに置き換わっている。

土地を安く手に入れる為、巧みに嘘をついたり、養子にした子供を交渉の場に付き添わせて同情を買わせたり、ある時には暴力を振るったりする。

子供の耳が聞こえなくなり、足手まといになると汽車に乗せて遠方に追いやったり、事業の為になるなら、忌み嫌うインチキ牧師・イーライ(ポール・ダノ)の教会に入信し洗礼を受ける事も辞さない。

人間的には、とんでもない男なのだが、しかしアンダーソン監督は、こんな男を否定するでもなく、肯定するでもなく、冷徹に観察している。

これらを、石油利権や、宗教的対立から、不毛の国家間紛争を続けている現代社会への痛烈な皮肉と取れない事もないが、アンダーソン監督の目はそんな目先のあてこすりには留まらず、更にもっと先―人間という存在そのものの不可思議さ、愚かしさ―をも見据えている。

エゴと野望にひた走る一方で、事故で死んだ労働者には手厚い配慮を見せたり、子供が油井火災に巻き込まれた時は、必死になって走り、助けようとする。

一見矛盾するようだが、彼の心の奥底には、どこかで人間を信頼したい…という思いがあるのかも知れない。
彼に従う仲間たちとは心が通い合っているし、子供といる時の父親としての表情は本物のようである。

従って、途中から彼の前に現れた、“弟”を自称する男の正体が分かった時は、強烈な憎悪を示す。…それは、裏切られた無念さの裏返しなのかも知れない。

そうした矛盾も含めて、彼は怪物であると同時に、常に過ちの歴史を繰り返して来た“人間という存在そのもの”の象徴なのだろう。

養子である息子が大きくなって現れた時も、心が通うことは遂にない(ここで息子との会話が、聾唖である故、手話通訳を介して行わなければならず、コミュニケーション不全のメタファーともなっている所もうまい)。

 
彼は、人生においては大きな成功を収め、富も権力も手に入れた。
しかし、心が満たされる事はなく、心の隅のどこかにポッカリと空洞になった闇を抱えた、ある意味では悲しい人生である。

それで想起するのは、オーソン・ウェルズ製作・監督・主演の映画史に残る傑作「市民ケーン」である。

新聞王・ケーン(O・ウエルズ)もまた、巨万の富と名声と権力を得る事には成功したが、死の床において、遂に心の空洞を満たす事もなく、寂しい人生を終える事となる。―その空洞を埋めるピースが“バラのつぼみ”であった。この映画は、私の大好きな作品の一つである。

 

ラストの、イーライの体から滲み出る真っ黒な血は、冒頭シーンの、地面から滲み出る黒い石油を思い起こさせる。

「それは血になるだろう」という原題の意味もここで明らかになる。

ちなみに、このタイトルの由来は、旧約聖書の「出エジプト記」第7章からの引用で、映画「十戒」の中でも描かれている、モーゼが杖をガンジズ川に立てると、川の水が血のように、真っ赤に変わって行く、あの有名なシーンを示す言葉である。

清らかな水をも、濁った血に変えてしまうように、ダニエルの意識の底に沈殿していた底知れぬ怒りが、血を呼び起こし噴出させたかのようである。

ダニエル・デイ=ルイスの鬼気迫る演技には圧倒される。主演男優賞を総ナメしたのも納得である。が、2時間38分という長尺にもかかわらず、ほとんどダレる事なく、渾身の力を込めたアンダーソン監督の演出も完璧の一語。これは、本年を代表する傑作である。必見。

 
エンド・クレジットに、“故・ロバート・アルトマンに捧ぐ”と献辞が出るが、アルトマン作品へのオマージュ作「マグノリア」からわずか8年。先人をリスペクトするだけに留まらず、遂に敬愛する名匠を乗り越えるまでに至ったアンダーソン監督の並々ならぬ努力と成果には素直に拍手を送りたい。

 

…それに引きかえ、である。わが国の期待される監督たちは何をやっておるのか

森田芳光、本広克行、樋口真嗣…いずれも、先人・黒澤明をリスペクトし、オマージュを捧げる気持ちはあるようである(本広は「踊る大捜査線 -THE MOVIE-」「天国と地獄」のオマージュをやっている)。

が、彼らの黒澤明に寄せるオマージュは、あまりにも子供っぽすぎる。本当に黒澤を敬愛するなら、黒澤作品の足元にも及ばない出来の作品を作ったり、有名シーンをいただく程度で満足せず、アンダーソン監督のように、尊敬すべき先人の作品がなぜ多くの人に愛されるかをとことん解析し、作品と格闘し、それらを乗り越える傑作を作る努力をすべきではないのか。森田監督、特にあなたにはそれだけの力があると信じているからこそ叱咤するのですよ。

 
派手派手なCG大作を作る一方で、このような人間ドラマの秀作を生み出したり、「勇者たちの戦場」「大いなる陰謀」といった、現在も進行する、アメリカが抱えてしまった闇の部分を鋭く追求した秀作を連打するアメリカ映画界は、まだ奥が深く、健全だと言えるだろう(また、大物スターが進んでそれらに協力しているのも素敵な事である)。

日本ではテレビ局に牛耳られっぱなしで影が薄い大手映画会社だが、あちらでは「ONCE ダブリンの街角で」フォックス・サーチライト・ピクチャーズとか、本作のパラマウント・ヴァンテージとか、大手会社がインディーズ部門の子会社を作り、頑張っている。「大いなる陰謀」は20世紀フォックス本体の製作である。こういう姿勢を、わが国のメジャー会社も見習って欲しいものである。    (採点=★★★★★

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コメント

最後の主人公のセリフが凄かったです。女性を誘って観に行ったのは大失敗でしたが、私は満足して帰宅しました!

投稿: タニプロ | 2008年5月26日 (月) 00:56

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