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2008年6月 6日 (金)

「ミスト」

Mist (2007年・米:ディメンション・フィルムズ/監督:フランク・ダラボン)

「ショーシャンクの空に」「グリーンマイル」という2本のスティーヴン・キング原作による感動の傑作を監督したフランク・ダラボンの、長編としては3本目になるキング原作小説の映画化。

当然ながら、前2作のような感動作を期待したファンも多いだろうが、今回はキングの本領たるホラー映画。それも結構B級テイストであるので、期待した人は面食らうかも知れない(ていうか、グロいシーンも多いから、感動作と思って彼女を連れて入ったら張り手食らうかも知れない(笑))。

(ちなみに、「ショーシャンク-」でブレイクするまでのダラボンは、「エルム街の悪夢3/惨劇の館」「ブロブ/宇宙からの不明物体」「ザ・フライ2/二世誕生」などのB級ホラー映画の脚本家であったりする)

しかしさすがダラボン、並みのホラー映画にはしていない。極限状況下に置かれた人間が、どのように考え、行動し、どのように誤った道を辿るかを丁寧に、しかしかなりシニカルに描いて、観終わって不思議な余韻を残す異色作に仕上げている。

 
凄まじい嵐が吹き荒れた翌日、イラストレーターのデヴィッド(トーマス・ジェーン)は幼い息子を連れてスーパーへ買い出しに出掛ける。軍人たちが慌ただしく街を往来する不穏な雰囲気の中、スーパーの外が突然濃い霧に覆われ、その霧の中から得体の知れない生き物が現れ、人々を恐怖のどん底に陥れる…。

平和に暮らす町の人々を、得体の知れない生き物が襲いパニックになる…というパターンは、特に60~70年代を中心に沢山作られて来た。古典的な名作としては、ヒッチコック監督の「鳥」があり、この作品の恐怖のエッセンスを巧妙に取り入れたS・スピルバーグ監督の「ジョーズ」が大ヒットしてからは、熊だ、蜂だ、ミミズだ、ワニだと動物パニックものが大流行。この辺までは普通の動物だったが、やがては科学実験や廃棄汚染物質によりミュータント化した怪物が襲ってくる「モンスター・パニック」「殺人魚フライング・キラー」(今をときめくジェームズ・キャメロン監督!)、宇宙からやって来た生命体が成長したり、遺伝的変化を起こして人類を襲う「スピーシーズ」「遊星からの物体X」「ブロブ/宇宙からの不明物体」などの作品まで登場するようになる。
ちなみに最後の2本は'50年代に作られた低予算B級SF映画のリメイクであるが、「ブロブ」は前述のようにダラボンが脚本を書き、「遊星から-」は本作冒頭にポスターが登場し、住民の一人がその題名を口にする…といった事からも分かるように、ダラボン監督はこれらB級SF・パニック映画に密かなオマージュを捧げている気配がある。タコのような触手が店員を襲うシーンは、巨大タコがサンフランシスコを襲うハリーハウゼン特撮の名作「水爆と深海の怪物」を思い起こし、ニンマリさせられた。
このシーンがえらくチャチだと文句を言う人がいるようだが、ここはワザと'50年代SF風タッチを狙ってやっているのである。

つまりは、テイストとしては、昔のB級SF・ホラー・パニック映画の現代的復活を試みたと解釈出来、古いSF・ホラー映画ファンほど楽しめる作品なのである。それだけでも充分面白い。

しかしさすが過去にS・キング作品を秀作に仕上げたダラボン、只のホラー映画にはなっていない。

スーパーに閉じ込められた人々が、疑心暗鬼となり、狂信的な宗教信者、ミセス・カモーディ(マーシャ・ゲイ・ハーデン。怪演!)が人々を煽動し、狂気に駆り立てて行ったり、恐怖に耐えかねて自殺する者が出たりする。脱出をめぐっては、意見の対立がとうとう殺し合いにまで発展してしまう。…絶望が、人々を狂気に追いやってしまうのである。

怪物よりも、実は人間そのものが怖い存在なのである。…それは、宗教的な対立や、領土争い、エゴイズムが戦争を生み出し、罪のない人たちが殺されて行く、この歪んだ現代社会の縮図なのかも知れない。

デヴィッドは、人々を誘い、ここから脱出を図ろうとする。名作「ポセイドン・アドベンチャー」のジーン・ハックマン扮する牧師(宗教家!)のように。

(以下ネタバレに付隠します。映画を観た方のみドラッグ反転してください)
昔なら、その行動が正しかった事がラストに証明されてハッピー・エンドとなったはずだが、本作ではなんと、デヴィッドの良かれと思って行った行動が、ことごとく裏目に出てしまう。
ライトを付けた為に、虫や怪物を呼び入れてしまったり、瀕死の被害者の為に薬局に薬品を取りに行こうとして、却って犠牲者を増やしてしまったり、車で脱出を誘った時も、多くの犠牲者を出してしまう。

そして、宣伝で謳われた、衝撃のラスト15分。これぞ最悪の選択である。

伏線として、主人公の息子が父親に「約束して、僕を怪物に食べさせないで」と言うシーンがある。デヴィッドはその約束を守ったわけだが、それが悲劇を生んでしまう。なんともシニカルな結末である。

おまけに、霧が晴れて、軍隊に助けられた人々の中には、最初の方で子供が心配だからと、スーパーを出て行った婦人がいる。

…通常のパニック・ドラマでは犠牲になるはずの行動の方が、すべて正しかったという、なんとも皮肉なオチである。

↑ネタバレここまで

あのラストについては賛否両論のようである。映画にハッピーエンドを求める人にとっては、気分が悪くなるエンディングには違いない。

だが、私は原作を変えてまで、あえてあのラストを選んだダラボン監督の勇気を支持したい。

これがハッピーエンドだったなら、観客はスッキリした気分で映画館を後に出来るだろう。…しかしその場合は、時間が経てば忘れ去られてしまう只のパニック映画の1本になってしまうだろう。

賛否両論が起きるのを承知で、衝撃的な結末を用意する事によって、この映画は忘れられない問題作となったのである。

人間とは、常に間違いを犯す動物なのである。何が正しい判断なのか…それは誰にも分からない。

かの第二次大戦のミッドウェイ海戦において、司令官のちょっとした決断ミスによって、夥しい数の戦死者を出し、日本が敗戦への道を転がりだした歴史的事実。

あるいは、日常生活においても、例えば子供を遊園地に連れて行こうとしてガレージから車を出した時、誤って後輪で子供を轢き殺してしまったケース、または子供に海を見せてあげようとして、波に子供をさらわれて溺死させてしまったケース…等々。子供のためを思ってした行動が悲劇を生んだケースはいくらでもあるだろう。そうした事件で、最愛の子供を死なせてしまった父親は、残された人生をどう生きて行くのだろうか。それは地獄よりも過酷な人生なのかも知れない。

そういった悲劇が、我々の身にふりかからないとは、誰も言えない。そう考えたらゾッとする。これは映画よりもコワい

いったい人生とは、人間の運命とは、生きるとは何なのだろうか…。そういう事をふと思い起こさせ、みんなで考えるきっかけを作ったとしたなら、あの結末を用意した意義は十分にあったと言えるだろう。

そう思えば、ダラボン監督の秀作「グリーンマイル」で、奇跡を起こす大男、ジョン・コーフィが、裁判官という人間が下した誤った判決を運命として受け入れる、あの物語もまた、本作とはテーマとして繋がっているのではないだろうか。

フランク・ダラボン、まったくあなどれない監督である。いや、コワい人である。観ておいて損はない、さまざまな寓意が込められた、異色の問題作としてお奨めしたい。    (採点=★★★★☆

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コメント

読み応えのあるレビューを拝見しました。
近々、「ショーシャンク」を観てみたいと思います。
また、お邪魔します。

投稿: jamsession123go | 2008年6月 7日 (土) 08:35

監督が「グリーンマイル」とか「ショーシャンク」を撮った人だというのは知ってましたが、まさかホラー映画の脚本を書いていたとは…。ものすごく納得できました(笑)。それさえ知っていれば、ドン底な精神状態で映画館を出ることも無かっただろうに…(泣)
それにしても、今回のレビューも深いですね。いつも更新されるのが楽しみです。「丘を超えて」のレビューもあるようなので、読む前に観に行こうと思います。
自分もまた、お邪魔します。

投稿: あけぼの | 2008年6月11日 (水) 20:11

メッセージを詰め込み過ぎると頓珍漢になりがちですが、いやはや凄い見応えある作品でした。これは本当に感想が分かれる作品ですよね。

私的にはやはりこの手の映画はジョージ・A・ロメロあたりを思い出し観ましたが、でもラストは違う印象を受けました。どちらかというと、あの観終わった後の感じはフィンチャーのセブン的な感じでしょうか?

安直ですが、虫大暴れ→スターシップトゥルーパーズを彷彿とさせました(笑)。

あと、あのモンスターの作り方、この監督ギレルモ・デルトロのファンかも(笑)。

投稿: タニプロ | 2008年6月14日 (土) 16:25

>jamsession123goさん
お褒めいただき、ありがとうございます。
冨田さんの所でよく拝見いたしますね。
こちらもどうぞご贔屓に。

>あけぼのさん
ダラボン監督は、デビュー作自体がキング原作による短編ホラー「ナイトシフト・コレクション」(83)ですから、もともとホラー大好き人間のようですよ。
ドン底精神状態、お察しいたします。
まあ、こういう映画に慣れていただければ、精神はもっとタフになれるかと(笑)。

>タニプロ さん
フィンチャーの「セブン」ね。分かる気がします。
私はあの虫で、「風の谷のナウシカ」を連想しました。あの作品の虫も凄くグロいんですがね(笑)。
ともあれ、いろんな映画的記憶を振り返りながら観るのも又一興ではないかと。

投稿: Kei(管理人) | 2008年6月15日 (日) 01:29

Keiさんこんにちは、
遅ればせながらミストを拝見しました。
ラストで椅子からズリ落ちましたが・・ (笑)
途中の凶暴化した群集心理だけでも十分楽しめましたけどね。
TBさせてもらいます。

投稿: コンドウ | 2008年11月10日 (月) 15:56

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