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2008年6月10日 (火)

「丘を越えて」

Okawokoete (2008年・ゼアリズ/監督:高橋 伴明)

猪瀬直樹原作による、文豪・菊池寛を主人公にした小説「こころの王国」の映画化。

昭和初期、文壇の中心人物、菊池寛(西田敏行)が社長を勤める文藝春秋社に、小説家志望の細川葉子(池脇千鶴)が入社面接に訪れ、菊池に気に入られた葉子は、菊池の施設秘書として雇われる。やがて葉子は菊池に、そして同社の編集社員である朝鮮人・馬海松(西島秀俊)からも愛されるようになる。

菊池寛は、「父帰る」、「恩讐の彼方に」、「真珠夫人」等の作品で知られる文豪であるが、文藝春秋社の社長をやったり、設立間もない大映映画の初代社長を勤めたりと、経営者としての顔もある多彩な人物である。

西田敏行は、眼鏡をかけ、髪をモジャモジャにすると写真で見る菊池にそっくりである。業績が芳しくないのに仕事中でも将棋に夢中になってたり、オッチョコチョイな所もあったり、温情家で、部下が嘘をついてても、生活が苦しい事を知ると首にしなかったり…その魅力的かつ不思議な人物像を西田が好演。
そんな菊池に惹かれつつも、毅然とした生き方を貫く馬をも愛してしまう葉子を演じる池脇もなかなかの熱演。彼女が次々に着替える、昭和モダン・ガール・ファッションも見どころである(もっとも、そんな高級ファッションをどっさり買えるほど給料貰ってないはず…と突っ込みたくなるが(笑))。

特に楽しいのが、葉子がしょっちゅう口にする、囃子言葉風のセリフ。

「電信柱が高いのも、角のポストが赤いのも、みんな私が悪いのよ」、「有難(ありがた)山の不如帰(ほととぎす)」、「恐れ入谷の鬼子母神」、「びっくり下谷の広徳寺」等々…

フーテンの寅さんが口にしそうな、江戸下町情緒感あふれる名調子で、これは彼女が下町芸者の娘であるゆえ、周囲から自然に聞かされたセリフなのだろう。昭和初期を再現したセットや小道具も含めて、こうした細部にも気を配った丁寧かつ粋な演出が、作品に脹らみをもたらせ、観客を一時(いっとき)、心地良いノスタルジー世界に浸らせてくれるのである。

葉子の母親・はつ役の余貴美子も、下町芸者を小粋に演じていい味を見せる。ラジオ体操を三味線で伴奏するシーンも楽しい。編集長役の嶋田久作も含め、総じて役者がみんないい。西田は無論のこと、こうしたベテラン役者のアンサンブルを見るだけでも映画は充分楽しいのである。二村定一歌う「君恋し」等の昭和歌謡も中高年世代には懐かしいだろう。欲を言えば、もう少し当時の流行歌をふんだんに聴かせて欲しかった。

後半、雨の中を、葉子を待ち続ける菊池の姿が描かれるが、ここは菊池の豪放磊落なキャラクターとは少しミスマッチな気がする。また葉子を愛しながらも、朝鮮に帰って行く馬海松の心理的変化も判りにくい。せっかくのユニークな題材なのに、安っぽいメロドラマに堕した感があり、もったいない。

映画は、昭和6年の満州事変勃発のニュースがラジオから流れる所で終わる。この事変をきっかけに、日本は暗い戦争の時代に突入するのだが、そんな時代にあって、「丘を越えて」のような底抜けに明るい流行歌が作られていたのが面白い。この歌を主題歌とし、映画タイトルにしたのも、その明るさに庶民のエネルギーを象徴させたかったのかも知れない。

エンディングの「丘を越えて」を全員で歌い踊るシーンは、死んだ人も消えた人もみんな登場する、芝居で言うカーテンコールであり、これはこれで楽しいのだが、しっとりとした作品のムードに対し、そこだけが浮いてる気がするのがやや残念(私は題名を聞いて、てっきりこの歌を大ヒットさせた藤山一郎か、作曲の古賀政男の伝記映画かと思ったよ(笑))。

いっその事、全編を歌い踊るミュージカルにした方が、もっと楽しい映画になったのではないか。まあ真面目な高橋伴明監督では、そこまでのブッ飛びを期待するのは無理だったか。惜しい出来である。    (採点=★★★☆

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(付記)
藤山一郎の歌う「丘を越えて」は、1931年(昭和6年)12月にレコードが発売されている。またこの歌は、同じ12月に公開された映画「姉」の主題歌でもある。

ところが、この映画のラスト、満州事変が勃発したのは同じ年の9月18日。ニュースは遅くともその翌日までに放送されたはずである。

だとすると、この時点では、まだ「丘を越えて」のレコードは発売されていないはずである。従って、葉子とはつがニュースを聞いた後で、「丘を越えて」の歌を三味線の伴奏で歌うシーンは時代考証的にありえないと思えるのだが…。

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