「告発のとき」
「ミリオンダラー・ベイビー」で脚本賞、「クラッシュ」で作品賞と、2度アカデミー賞に輝くポール・ハギス監督の、イラク戦争を題材とした社会派ミステリーの秀作。
ベトナム戦争に従軍し、今は自動車修理業を営むハンク・ディアフィールド(トミー・リー・ジョーンズ)の元に、イラクに派兵されていた息子のマイクが行方不明との連絡が入る。捜索の為ニューメキシコのフォート・ラッドに赴いたハンクは、そこでバラバラに切り刻まれ、無残な姿となったマイクの死体と対面する事となる。いったい、息子を殺した犯人は誰なのか…
2003年に、実際に起きた事件をモデルにしているそうだが、ポール・ハギス自身による脚本は、元軍警察にいた、捜査のプロでもあるハンクによる、警察でも見逃していた、わずかの手がかりや聞き込みによる独自の探索で真犯人を追及して行く、探偵ミステリーの味わいもある。
捜査の過程で、容疑者にはアリバイがあった、とか、新たな容疑者が浮かび上がり、捕まえるが、実は犯人ではなかった…とかの、二転三転する謎解きミステリーのお約束も抜かりなく用意されている。
また、現地警察の刑事で子持ちのエミリー・サンダース刑事(シャーリーズ・セロン)が事件の解明に乗り出し、最初はハンクの強引なやり方に反撥しながらも、彼の父親としての怒りと、軍警察の経験を生かした鮮やかな推理に次第に共鳴し、協力して行くようになるプロセスも面白い。
これは、言ってみれば、全く対照的な2人の捜査官がコンビを組んで事件を解決する、バディ・ポリスもののパターンをも踏襲しているのである。
そういう、犯罪捜査ミステリーとしても十分面白いが、背景にあるのは、泥沼のイラク戦争の只中で、次第に人間性を失い、PTSD(精神的外傷)にさいなまれて行く、帰還兵士たちの心の闇である。
かつては、ベトナム戦争時でも、泥沼化し、敗退して行ったアメリカ軍兵士たちの、帰還後の心のトラウマを描いた「帰郷」、「ディア・ハンター」(スタローン主演の「ランボー」もその変型バリエーション)や、戦争の空しさを正攻法で描いた「プラトーン」等の秀作が作られたが、ここ数年、イラク戦争に関する同様の作品が次々と作られており(「勇者たちの戦場」、「さよなら。いつかわかること」 etc...)、アメリカ映画界の懐の深さに感嘆するが、同時にアメリカという国は、本当にかつての教訓を生かせない、懲りない国だな…とつくづく思う。
さすが、優れた脚本家であるハギス、シナリオにもいろいろな工夫が凝らされている。
うまいと思ったのは、マイクが残した携帯に保存されていた動画が、さまざまな真実を解くカギになっている辺り。
戦場に兵士がビデオカメラを持って行く事などはありえないだろうが、携帯くらいなら持って行けるだろうし、それで映像を興味本位で撮りまくるのも今では当たり前。それを巧妙に物語に生かしているのがいかにも今様である。時代も変わったものである。
ハンクが、旧約聖書の、巨人ゴリアテに立ち向かった勇者ダビデの話をエミリーの息子に聞かせるエピソード(原題「エラの谷にて」はそこから取られている)も、さまざまな寓意が読み取れる。ただ、ラストでハンクが、息子が送って来た国旗をわざと逆さに掲揚(SOSのサインだそうだ)するエピソードは、病んだアメリカの現状がSOSを求めるほど深刻である事の寓意なのだろうが、ちょっとわざとらしい感じがしないでもない。
ともあれ、スリリングでサスペンスフルな犯罪捜査ドラマの形を借りて、現代アメリカが抱える問題点を鋭く切り取った、これは見事な秀作である。アカデミー演技賞受賞者であるトミー・リー・ジョーンズ、シャーリーズ・セロン、それに短い出番ながら存在感を示すスーザン・サランドン、いずれも素晴らしい名演。観ておいて損はない。お奨め。 (採点=★★★★☆)
(で、お楽しみはココからである)
この映画、よく観ると、黒澤明映画のいくつかの名シーンを巧妙に採り入れているのに気が付く。
ハンクに、次第に心を許すようになったエミリーが、ハンクを自宅に招くシーンがあるが、これは黒澤作品「野良犬」において、同じように、コンビを組んで捜査をしているうちに心が打ち解け、ベテラン刑事(志村喬)が相棒の若い刑事(三船敏郎)を自宅に招くシーンの焼き直しである。
ハンクの、執拗で暴走気味の捜査ぶりもまさに“野良犬”さながらである。
また、荒っぽいだけでなく、タバコや酒を勧めて、やんわりと参考人の証言をうながすやり方も、「野良犬」の志村喬が取調室で、参考人にアイスキャンデーをおごってやって証言を促すシーンのバリエーションだろう。
ハンクが、寝る前に自分のズボンに、丁寧に折り目をつけるシーンは、黒澤作品「生きる」で、志村喬扮する主人公が、毎日必ず寝る際に、ズボンを丁寧に寝押しするシーンからの頂きであろう。いずれも、主人公の性格を端的に示す印象的なシーンである。
「生きる」の主人公もまた、信じていたはずの最愛の息子に裏切られる父親であった。
ついでながら、「野良犬」の殺人犯人も三船刑事も、戦争から帰って来た復員兵という設定だが、復員兵=即ち帰還兵である。…この点においても、「野良犬」と本作とはテーマ的にも繋がりがあると言えるだろう。
サスペンスフルでダイナミックなエンタティンメント作品の中に、現代社会や国家に対する怒りといった骨太テーマを盛り込む手法も、黒澤映画ではお馴染みである。
そう言えば、ポール・ハギスが「ミリオンダラー・ベイビー」、「父親たちの星条旗」と立て続けにコンビを組んでいるクリント・イーストウッドも、黒澤「用心棒」の盗作「荒野の用心棒」や、やはり「野良犬」を部分的に取り込んでいる「ダーティ・ハリー」などで、黒澤映画と縁が深い映画人である。
まあ、アメリカの著名な映画作家の多くは、みんな何らかの形でクロサワの影響を受けているとも言えるのだが(笑)。
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