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2008年8月16日 (土)

「ダークナイト」

Darkknight (2008年・ワーナー/監督:クリストファー・ノーラン)

アメコミ映画なのにやたら評判がいい。前作「バットマン・ビギンズ」もまずまず面白かったが傑作という程じゃなかった。ふん、どうせ急逝したヒース・レジャーが鬼気迫る演技とかで点数高いだけじゃないの…と思って半信半疑で観に行ったら、なんとまあ、本当に大傑作だった。これはアメコミを超えて、活劇エンタティンメントを超えて、人間なる存在の意義を問う、本格的な秀作ドラマであった。今年のベスト5には入れたい出来である。
こういう例(アクション映画でありながら各種映画賞も狙える出来映え)は、'89年の「ダイ・ハード」以来ではないだろうか。アレは同年のキネ旬ベストワンになったが、本作もキネ旬ベストテン入りは有望だろう。うーむ、アメコミだとてあなどれない。

「バットマン」を最初に見たのは、テレビドラマだった。「スーパーマン」「スパイダーマン」も、アメコミの多くはテレビで人気が出た。そのほとんどは、日本で例えるなら「仮面ライダー」「七色仮面」(ちょっと古いか(笑))レベルの明るくて、悪役も他愛ない子供向けドラマ。特に「バットマン」の悪役は、ジョーカーもペンギンもリドラー(日本版吹替えでは“ナゾラー”に変えられていた(笑))もコミカルで、「仮面ライダー」のショッカー怪人並みのトホホな存在であった。'66年にはテレビと同じ配役で映画にもなったが、テレビの長時間バージョン程度のどうってことない出来であった。ボディスーツの色も、黒でなくグレーだったと記憶している。

その後、アメコミの大作傾向が強まり、ティム・バートン監督が手掛けた2本は、バートンらしいゴシック・ホラー的なムードを漂わせてはいたが、まあ、いわゆる勧善懲悪ヒーロー・ドラマに留まっていた。ジョエル・シュマッカー監督版は、可もなく不可もない出来。

そういった具合に、リメイクされる度に、対象年齢層が上がって来た「バットマン」だが、本作では完全に大人向けの奥行きの深い、完成度の高い作品に仕上がっている。…しかしド派手なアクションも随所に網羅されているので、誰もが楽しめるエンタティンメントとしても一級品である。これは凄い事なのである。クリストファー・ノーラン、偉い!

 
この映画の主役は、バットマンではない。究極の“悪”を体現する、ジョーカー(ヒース・レジャー)である。頭が良く、警察やバットマンを翻弄し、しかも人間心理の弱点を巧みに突き、大衆の意識まで操る。とことん悪い奴なのだが、その行動原理は、人間という存在そのものの危うさ、矛盾をも容赦なく、痛烈に暴き出している。「バットマンが正体を明かすまで、街を支配する」と脅しをかければ、大衆は簡単にバットマンを非難する。普通の(善良そうな)人間の心の奥底にも、悪意は潜在している事をジョーカーは喝破しているのである。
そうした、ブレないジョーカーに対し、肝心のバットマンは、正義のヒーローとしての存在意義に悩み、心が揺らぎ続ける。とてもカッコいいヒーローには見えないのである。タイトルから“バットマン”が消えているのも、そう考えれば当然なのかも知れない。

そうした2人の正邪の間に、もう一人の主役、地方検事ハービー・デント(アーロン・エッカート)が登場する。彼は自らを“光の騎士”と呼び、正義を遂行しようとする。

字幕では“光の騎士”となっているが、英語では"WHITE KNIGHT" であり、原題の"DARK KNIGHT" の対称語である(この訳語では、その意味が判りにくい)。

“白”は正義の象徴だが、反面、何にでも染まり易い色でもある。その事をも、ジョーカーは見透かしているかのように、巧みに彼を悪へと誘導する。恋人、レイチェルと共に拉致されたデントは、レイチェルを失った失意から憎悪をたぎらせ、顔の左半分を無残に焼かれた“トゥー・フェイス”となり、善悪の二面性を併せ持った怪人に変貌してしまう。

元々は、単に顔半分を別の色でペイントしただけの悪玉だったトゥー・フェイスを、文字通り、反面が正義、反面が邪悪の2重人格のメタファーとした本作の設定は実に秀逸である。

そしてドラマはクライマックス、ジョーカーは、街から脱出するため、群衆が乗った2隻のフェリーに爆弾を仕掛け、それぞれに相手の船を爆破する起爆スイッチを用意して、人々に、どちらか先にスイッチを押した船を助けると告知する。

これは、人間のエゴイズムを試す為のジョーカーの実験である。“人間は、自分が助かる為には平然と他人を犠牲にするはずだ”というのが彼の理念である。スイッチが押されれば、その事を証明する事となる。

結果がどうなったかは映画を見て欲しいが、“人間の心は、本質的には悪ではなく、善である”事を証明するこの顛末は感動的である。この時、ジョーカーの悪の論理は破綻し、彼はこの人間の本質の前に敗北する事となるのである。

そして“光の騎士”の正義を守る為、バットマンはデントの悪を引き受け、自ら“闇の騎士”として生きる事を決意するのである。このラストには泣けた。

まさか、アメコミで感動の涙を流す事になろうとは思ってもみなかった。

本作は、“この世に悪はなぜ存在するのか、正義とは何なのか”を問い、そして“簡単に付和雷同してしまう人間の愚かさ、悲しさと、その向こうに見える未来への希望”をも見据えた、感動のドラマである。

ジョーカーの存在に、さまざまな現代悪の寓意を見る事も出来るが、それは観客の随意である。

だが、怖いのは、ラストのフェリー乗客たちの決断に感動を覚えつつも、“でも甘いな、現代の人間なら、助かりたい為に爆破スイッチを押してしまうのが普通だろうな”と、ふと思ってしまう時がある我々自身の心である。観客もまた、ジョーカーに試されているのかも知れない

バットマンことブルース・ウェインが大企業の社長である…という設定も、今の時代では現代悪の象徴に見えてしまう(米ネオコンや村上ファンド等)のも、実に皮肉である。原作が出た当時では考えもつかなかったであろうが。

2時間32分、ほとんどダレる事もない、テンションの高いノーラン演出も見事だが、それを根底から支えたヒース・レジャーの神がかり的快演が何よりも素晴らしい。急逝したのが惜しまれる。見事な傑作である。必見。     (採点=★★★★☆

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コメント

こんにちは、ブログにTBありがとうございました。

読み応えのあるレビューをありがとうございます。

>“白”は正義の象徴だが、反面、何にでも染まり易い色でもある。

ここのところがよいですね。
とても気に入りました。

投稿: jamsession123go | 2008年8月16日 (土) 19:17

いつも楽しく拝読させていただいております。

僕も今日観てきました。エンドロール終了後、気付けば手が汗まみれになっていて、目頭が熱くなっていました。振り返る度に、セリフ・シーン・人間描写の中に散りばめられた意味に強く唸らされ、ラストにこの作品の真意に至って胸が熱くなりました。

僕を含め、故ヒース・レジャーにはほとんど誰も否定を入れられないような凄まじいものがありました。

そこで僕は敢えて他のキャストも賞賛したいです。クリスチャン・ベールは前作を素直に踏襲した演技で、彼でこそ故ヒース・レジャーを前にして存在感を保つことができていて、声もいいです。デント役のアーロン・エッカートも抜群でした。マイケル・ケインも意味深い役が見事で、ヒロインも演技派のマギー・ギレンホールにしたのも良かったです。ふと気付くと「ブロークバック・マウンテン」のジェイク・ギレンホールの姉というところに、変に運命めいたものも感じました。

長くなりましたが、今後強い影響力を与え続けそうな傑作でした!


投稿: タニプロ | 2008年8月17日 (日) 03:57

いつも通り、読み応えあるレビュー、勉強になりました。
アーロン・エッカート、いつも暑苦しいくらいなのに(笑)、今回のハービー・デントはなんて爽やかだったのでしょう!
後半のトゥーフェイスとのコントラストを考えてのことなんだろうなあ、なんて深読みしながら見ました。
TB送らせていただきました。

投稿: ナンシー☆チロ | 2008年8月23日 (土) 23:05

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