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2008年8月19日 (火)

「歩いても 歩いても」

Aruitemo (2008年・シネカノン/監督:是枝 裕和)

「幻の光」「ワンダフル・ライフ」「誰も知らない」「花よりもなほ」と、1作ごとに違うジャンルに挑戦しつつも、着実に実力を高めて来た是枝裕和監督の、“家族”をテーマとした新作。

海の見える街で開業医を営んでいたが、今は引退している横山恭平(原田芳雄)の家に、長男の15回忌の為、次男良多(阿部寛)、長女ちなみ(YOU)の家族がそれぞれ訪れる。

妻・とし子(樹木希林)は楽しそうにもてなしの料理を作り、久しぶりに集まった家族は団欒のひと時を過ごす。…一見平和そうな家庭だが、物語が進むにつれ、この家族の間に見えない溝とすきま風が横たわっている事が分かって来る。

長男は、15年前、海で溺れた少年を助けた為に死んでいる。秀才で、自分の跡取りとして期待していた最愛の息子を失った父は、生きる意欲を失っているかのようである。次男良多は父の職業を継がず、絵画修復士という不安定な職を選んだが、どうやら今は失職中である。長男へのコンプレックスと父の冷たい視線で、良多はいたたまれない思いでいる。長男に命を救われた少年は、毎年命日に横山家に招かれ、感謝の気持ちを述べるが、不恰好なデブで大した仕事にもついておらず、父は「あんなヤツと息子の命が引替えになったのか」と愚痴をこぼす。長女は呑気に、「診療室を潰して私たちの部屋にしようかしら」と夫と相談している。

誰もが、自分中心にしか考えていない。翌日になったら、子供たちは自宅に帰り、老いた両親はまた2人きりになる。一見朗らかそうに見えるとし子ですら、ちょっとした言葉の端に、この家であまり幸福でなかった過去が見え隠れする。

良多の“絵画修復”という職業も象徴的である。老朽化した名画は、修復により、昔のままの瑞々しい絵に戻す事が出来るが、人生に修復は効かない。亀裂の入った親子の関係は二度と元には戻らないし、老いた人間は若さを取り戻す事も出来ないのである。

[以下ネタバレです] とし子が、長男に救われた少年を毎年命日に招くのは、長男の死をずっと忘れさせない為である事を良多にポロっと洩らす。「簡単に忘れてもらってたまるもんですか」と、とし子がボソリと呟くこのシーン、ごく普通の人間の心の奥に潜む、底知れぬ悪意、残酷さにゾッとさせられる。樹木希林の演技が見事である。

夜、家に舞い込んだ紋黄蝶を見つけて、「長男が帰って来た!」と叫ぶ母には、痴呆の兆候が見える(長男と良多の思い出を取り違えるシーンなども、その伏線となっている)。この老夫婦だけの家が数年後どうなるのか、暗澹とした気分にさせられる。
<ネタバレここまで>

大きな事件も起こらない、普通の家庭のありふれた日常を淡々と描く本作には、小津安二郎や成瀬巳喜男などの作品に共通する空気がある。“地方で、2人だけで暮らす老夫婦と、都会で暮らす子供たちとの、つかの間の再会を通して描かれる、日本の家族の姿”というテーマ自体、小津の「東京物語」と非常に似通った構造を持つ。

「東京物語」も、登場人物はどこにでもいる、ごく普通の善良な人たちなのに、無意識で親に薄情な行動を取ってしまう、人間そのものの悲しさに慄然となってしまう傑作であった。
本作にも、そうした要素が巧妙に散りばめられている(長女はさっさと帰ってしまうし、良多は「次に来るのは1年後だな」とこともなげにつぶやく)。

そしてラスト、バスを見送った両親は、子供たちがいなくなった家へと向かう石段を、トボトボと登って行く。その後姿に、我々観客自身もまた、自分たちの家族、両親の姿を重ね、涙することとなるだろう。

緻密に構成された脚本、俳優たちの抑えた演技、淡々と描きながらも、日常生活の中にふっと滲み出る不安感、サスペンスを巧みに醸成する是枝演出、いずれも見事である。今年のベストに入れたい秀作である。

…惜しいのは、ラストの、良多のモノローグで語られる後日譚。これは不要ではなかったか。老夫婦のその後は、観客の想像に委ねても良かったのでは。バス停からの石段を登る老夫婦の姿で終わった方が、より感銘度が強まった気がする。そこだけ減点。   (採点=★★★★☆

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(蛇足)
原田芳雄はお気に入りの俳優で、本作でも素晴らしい存在感を示すが、年齢を聞いてビックリ。今年68歳!になるという。つまり役柄と同年齢であり、適役なのだが、私の心の中では、原田芳雄はいつまでも「反逆のメロディ」(澤田幸弘監督)の、「赤い鳥逃げた?」(藤田敏八監督)の、時代に逆らう青春のシンボルだったのに…(ぶっきらぼうな喋り方は昔のままだが)。もう70近いジイさんなのか…愕然…。

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コメント

この作品、好き過ぎてポスター買いました(パンフレットが高かったので)。寺島進含め出演者のバランスが絶妙でしたが、個人的に本年最優秀助演女優賞国内部門は樹木希林で決定的です。

(阿部寛が高身長を活かした場面とか)クスっと笑わせてくれておきながら、ちょっとした残酷な感情を混ぜてくるところが本当に秀逸でした。

あと、冒頭映る普通の料理がとっても美味しそうでした。

>良多の“絵画修復”という職業も象徴的である。

あ、それは恥ずかしながら考えが至りませんでした。成る程、更に好きになりました。ありがとうございます。

投稿: タニプロ | 2008年8月22日 (金) 23:30

>タニプロさま
コメントありがとうございます。

樹木希林、助演賞最有力候補ですね。対抗馬は「山桜」「死神の精度」の富司純子さんでしょうか。

>あと、冒頭映る普通の料理がとっても美味しそうでした。
私は、“トウモロコシのかき揚げ”がツボでした。どんな味でしょうかね。食べてみたいな。

投稿: Kei(管理人) | 2008年8月25日 (月) 15:00

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----これって是枝裕和監督の『誰も知らない』以来となる現代劇。 けっこう話題を読んでいるよね。 「うん。彼はドキュメンタリー現場が長く、 その後に作られた最初の劇映画が『幻の光』。 それ以降も『ワンダフルライフ』とか『ディスタンス』とか…。 正直言って、 どちらもぼくにはあまりピンとこなかったんだけど、この映画は別。 もう彼独自の世界を確立していると思ったね」 ----どういうところが? 「この映画、最初のうちは何が起こっているのか皆目分からない。 で、見ているうちに、次第に、 『ほほ〜っ、今日は... [続きを読む]

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