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2008年10月13日 (月)

「アキレスと亀」

Akiresutokame (2008年・オフィス北野/監督:北野 武)

絵に生涯を賭けた画家の半生と、その彼を献身的に支えた妻との愛の物語。……と、こう梗概を書くと、まるで「ビューティフル・マインド」のような感動作かと思ってしまう。晩年には神経を病む所も似ているし…。

が、これが北野武監督作品なのだからそんな単純なものには仕上がる訳がない。映画を観れば、やっぱりこれは紛れもないキタノ映画であった。

 
聞く所によると、北野武は本作を、「TAKESHIS’」「監督・ばんざい!」と並ぶ3部作に位置付けている…のだそうだ。

そう考えると、本作のスタンスも見えて来る。本作もまた、“北野武による北野武論映画”なのである。

 
北野武=ビートたけし…は、不思議な芸人+アーチストである。現役の売れっ子お笑いタレントで、かつ「戦場のメリークリスマス」「その男、凶暴につき」「血と骨」等で強烈な個性を放つ性格俳優でもある。
そして映画監督としても、ヴェネチアでグランプリを受賞し、“世界のキタノ”として賞賛を集めている。

お笑いタレントヴァイオレンス派の性格俳優とのギャップも凄い(そんな役者、世界広しと言えど稀である。早い話、マイク・マイヤーズやジョン・ベルーシがロバート・デ・ニーロの役柄を演じられるか)が、それらのイメージと世界的映画監督というイメージもまた繋がらない。
さらには、の方でも才能を発揮し、「HANA-BI」や本作に登場する絵もすべて北野武が描いたという。

まさにあらゆるジャンルを縦横に駆け抜ける、稀有な天才である。

しかも、かなりアマノジャクで皮肉屋である。褒められると、逆の方向にワザと迷走して見せる。「ソナチネ」が評論家から高く評価されると、くだらないギャグ・コメディ「みんな~やってるか」を作って顰蹙を買い、「座頭市」が作品的にも興行的にも成功すると、次にはエンタティンメントからほど遠い「TAKESHIS’」を撮って見事にコケさせてしまう。

つまりは、役者としての、映画監督としての自分自身を、かなり覚めた目で、皮肉っぽく見ているのだろう。―そう考えると、前2作で北野武がやろうとした事も見えて来る。

「TAKESHIS’」は、売れっ子芸人ビートたけしと、売れない役者北野武(これは名前からして、当たらない映画を撮り続ける映画監督・北野武をも指し示しているのだろう)が、次第に交錯し融合し、“本当の自分は誰なのだろう?”と自問自答する作品であった。

「監督・ばんざい!」では、“次に何を撮るべきか、分からなくなった”映画監督としての北野武を、まさしく覚めた、皮肉っぽい目で見つめている。ラストのセリフ、「壊れてますね」は、自身を自虐的にまで凝視する、武自身の自己批評なのだろう。

そういう流れで見ると、本作には、“売れる芸(術)、売れない芸(術)との境界線はどこにあるのだろう”という、「TAKESHIS’」のテーマと、“アーティストとして、自分はいったい何を作ればいいのだろう”という、「監督・ばんざい!」のテーマが、実は巧みに織り込まれている事に気付くだろう。

本作の“絵”を“映画”に置き換えてみれば、本作もまた、一人のアーティスト(=北野武の分身)を、皮肉っぽく、自虐的にみつめた、芸術と芸術家についての北野武的論考作品であると言えるだろう。

 

金持ちの家に生まれた真知寿(まちす)は、少年時代は親の庇護の元に、何不自由なく、奔放に絵を描いていた。芸術的な教育も受けずに。…その奔放さによって、かえってユニークな作品に仕上がっており、後に無名作家の秀作として売られている点を見ても、決して悪い出来ではない。
なお、この少年時代の演出は、田舎の風景を丁寧に捉え、真知寿少年を演じた子役(吉岡澪皇)の好演もあって見ごたえ十分である。

青年時代になると、真知寿(柳憂怜)は画商(大森南朋)に勧められるままに、美術学校に通い、高名な画家の作品を模写するようになって、奔放さを失い、自分の方向性を見失って行く。

真知寿は、いろんな絵を描いて画商に持ち込んでは、その都度貶され、ますます袋小路に迷い込んで行くのだが、皮肉な事に、「預かっておく」と画商に取り上げられた作品が、後に喫茶店の壁に架かっているシーンがある。少年時代に真知寿が描いた絵も、画商(伊武雅刀)が言葉巧みに売りつけるシーンがあり、画商なんていいかげんなもんだというたけし流の痛烈な皮肉が効いている。

熟年時代になると、今度はたけし自身が真知寿を演じている事もあり、ますます皮肉と自虐趣味はブラック・ユーモアも交えエスカレートして行く。抽象絵画の作り方…など、ブラック・ジョークの最たるものである。
その作品創造過程に、献身的に協力する妻(樋口可南子)の扱いも、まさにコント並みの描き方である。

極めつけは、酸欠状態になればインスピレーションが沸く…として、妻の協力で真知寿が自身を浴槽に沈めるシーンで、溺れて手をバタつかせているのも気付かず必死で真知寿を押さえ込む妻の姿は爆笑ものである。樋口可南子の股ぐら越しに溺れるたけしを捕らえたカメラアングルも秀逸。

遂には、燃え盛る火の中で絵を描き続け、全身火傷で包帯だらけの姿になるが、このくだりもコント風の演出である(現実にはミイラのような包帯姿で病院が退院させるわけがない)。

こうした物語を通じて、北野武監督は、“芸術とは、芸術の価値とは何なのか”というテーマについて、痛烈なアイロニーをぶちかましているのである。

お話としては、前2作に比べたらずっと判りやすいし、楽しめる作品ではある。…しかし、前述のようなテーマを内包している事によって、本作は、やはりまぎれもなく、北野武による北野武映画そのものになっているのである。

タイトルの「アキレスと亀」は、冒頭にアニメで解説されているが、“追いつこうとして永遠に追いつけない”芸術というものの到達点に対する暗喩でもある。青年時代の真知寿は、追いつこうとしてさまざまな試行錯誤を繰り返し、かえって遠回りしてしまう。
しかし、何も考えなかった、瑞々しい感性に溢れた少年時代にこそ、追いつくべき亀はいたのではないか。

すべてを失い、無になって妻と手と手を取り合うラストシーンに、「そしてアキレスは亀に追いついた」と示される字幕には、そういう意味も込められているのだろう。

北野武作品としては、久しぶりにあれこれといろんな事を考えさせてくれた。観た人それぞれが芸術というものに自分なりの考えを巡らせれば、この映画はもっと楽しめるだろう。

3部作を終えて、北野武監督がこれで吹っ切れて、次回には何を作るのだろうか。ますます目が離せない。      (採点=★★★★☆

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