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2008年11月26日 (水)

「ハッピーフライト」

Happyflight (2008年・アルタミラ・ピクチャーズ/監督:矢口 史靖)

「ウォーターボーイズ」「スウィングガールズ」で、我が国ウェルメイド・コメディ映画の第一人者となった矢口史靖監督の新作。

今回は、航空会社に勤務する、裏方も含めたプロフェッショナルたちの群像劇。

前2作が、高校が舞台の、しかも“男子がシンクロ?”、“女の子がジャズバンド?”というミスマッチの意外性と、目標に向かって突き進む、青春まっしぐら・コメディだったのに比べて、今回は、仕事にプライドを持つエキスパートたちが、次々起こるアクシデントやトラブルにどう対処し、困難を乗り切ったか…というお話で、これまでとは少々趣が異なっている。

登場人物も多彩で、誰が主人公という訳でもない。どちらかと言うと、上に挙げたのと同じ構図を持つ、「ラヂオの時間」「THE 有頂天ホテル」といった、三谷幸喜作品に近い雰囲気がある。普段は目につかない裏方の仕事にスポットを当ててる所も、「THE 有頂天ホテル」に似ている。

空港業務を徹底リサーチしたようで、パイロットやCA(キャビン・アテンダント)、整備士、管制官くらいまでは分かるが、ディスパッチャー、グランドスタッフ、バードパトロールなどは初耳で、面白い所に目をつけたものだと思う。さすがは、周防正行映画を手掛けるアルタミラ・ピクチャーズ作品だけのことはある。

ANAが全面協力している事もあって、本物の飛行機を使ったロケはかなりリアル感があり、コミカルな描写も多少はあるが、全体としては、仕事に賭けるプロフェッショナルたちの心意気を活写した、ごく真面目な作品になっている。

まだ新米のCAである斉藤悦子(綾瀬はるか)が、失敗しながらも成長して行く姿を中心に、機長昇格訓練に緊張する副操縦士・鈴木(田辺誠一)、凛としたプロの仕事ぶりを見せるチーフパーサーの山崎麗子(寺島しのぶ)、トボけた雰囲気ながら、危機において適切な判断力を発揮するオペレーション・ディレクター高橋(岸部一徳)、親身に対応した乗客から名刺をもらい、ときめきを覚えるグランドスタッフ木村菜採(田畑智子)などの人物配置もうまい。脚本がかなりよく書き込まれている。

その点においては、矢口監督の映画作家としての成長ぶりが覗える、力作であると言える。

 
…が、観終わって、何となく物足りない。ある1日における、それぞれのプロの仕事ぶりを描いただけに留まり、矢口監督の前2作にあった、“ある目標に向かって全員が努力を重ね、クライマックスにおいて大成功を収める”といった、エンタティンメントとしての高揚感と感動が希薄なせいである。

ホノルルへ向かう途中にアクシデントが発生し、羽田へ引き返す…という展開も、着陸が成功するかどうか、という緊迫したサスペンスはあるものの、目的地に到達できなかった点で、題名から連想される、“ハッピーエンディング”感はいささか弱い。

そもそも、あと少しでホノルルだというのに、何故距離が遠い羽田まで引き返すのかがよく分からない(専門的には理由はあるのだろうが)。
どうせ着陸するのだから、機器の故障で、ホノルルに無事着陸出来るかどうか…という展開にしたなら、成功すれば感動のハッピーエンドになった事だろう。
…もっとも、そうなれば羽田におけるディスパッチャーやグランドスタッフたちの奮闘ぶりは描けない事になる。難しいものである。

ともあれ、外国では、「予期せぬ出来事」「大空港」(及びそこから派生した「エアポート」シリーズ)、「ダイ・ハード2」「狂っちゃいないぜ」「フライトプラン」「スネーク・フライト」など、いろんなバリエーションがある“空港もの”を、我が国ではおそらくは初めて本格的に開拓した…という点では、本作は大いに評価できると言えるだろう。

しかし、「ひみつの花園」以来、我が国では数少ない、ハチャメチャ・ドタバタ・コメディが撮れる監督として私が評価している矢口史靖には、三谷幸喜の二番煎じ的題材よりも、彼にしか撮れないノンストップ・コメディ路線(例えば、同じ空港ものなら、「スネーク・フライト」のような作品)をこそ目指して欲しい…と願うのは、無理な相談なのだろうか。―もっとも、そうなればANAの全面協力は望めそうもないだろうが…。     (採点=★★★☆

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2008年11月21日 (金)

「ワイルド・バレット」

Runnningscared (2006年・ニュー・ライン/監督:ウェイン・クラマー)

ほとんど話題になっておらず、出演者も地味な為か、ロードショー館でなく、2番館かマイナー・チェーンにてひっそりと公開された(大阪では天六ユウラク座のみ)。

だが、期待せずに観に行ったら、これが意外な拾い物。アクションは満載、お話は二転三転、まったく先が読めない展開に、映画の小ネタも散りばめられ、あっという間の2時間2分であった。

今では数少ない、B級プログラム・ピクチャーの匂い紛々。ある意味では、ユウラク座のような場末の汚れた2番館(ごめん!)でバッタリ出会うにふさわしい映画なのかも知れない(笑)。

Q・タランティーノも絶賛したそうだが、そう言えば“グラインドハウス”ものに近い、いかがわしいテイストも感じられる。

 
主人公はマフィアに所属し、殺しに使用された銃の後始末を仕事にするジョーイ(ポール・ウォーカー)。アジトを襲って来た警官を殺害した銀のリボルバーを自宅に持ち帰り、地下室に隠したが、それを見た息子の友人のオレグ(キャメロン・ブライト)がこっそり銃を持ち出したのが騒動の始まり。オレグは虐待を受け続けていたロシアン・マフィアの養父アンゾ・ユゴルスキー(カレル・ローデン)をはずみで撃ち、逃走した為、銃から足が付くのを恐れたジョーイはオレグを探して夜の街を探索する…。

Runnningscared2 くだんの銃が、次々と人手に渡り、汚職警官や娼婦とそのヒモ、凶暴なホームレスなども絡んで事態は混沌を極め、オレグは小児愛好癖のおかしな夫婦に捕われ、ジョーイの妻が救出に向かったりと話はめまぐるしく展開する。

だが、オレグと二人で銃の行方を追ううちに、ジョーイはオレグに次第に我が子のような情愛を抱いて行く。この辺り、殺伐とした物語の中でちょっとした息抜きになっていて心が和む。単なるドンパチ・アクションではないのである。オレグに扮したキャメロン・ブライトが好演(撮影当時13歳)。

オレグの養父のアンゾが、ジョン・ウェインの大ファンで、ウェインの「11人のカウボーイ」を飽きずに何度もビデオで見ていたり、背中にもウェインの刺青があったりする。このアンゾが最初はイヤな奴だったのが、ラストではオレグの為に壮絶な死に様を見せる。ちなみに「11人のカウボーイ」は、ジョン・ウェインが西部劇のヒーローとしては初めて殺されてしまう作品である。死に際に、アンゾがウェインの決めゼリフをつぶやくが、「11人-」という映画を知っておれば、ここはなお楽しめる。

遥か向こうの塀(タイトルがペイントされている)からカメラが引いて室内に移動する冒頭シーンや、ジョーイの家の2階の窓から隣のオレグの家に移動し、そのまま室内を舐めるまでをワンカット移動するシーンなど、凝ったカメラワークも楽しい。

ラストの、アイスホッケー場でのバトルにも工夫が凝らされており、最後まで飽きさせない。多彩な登場人物を配置し、それぞれが微妙に絡み合って行く脚本が良く出来ている(脚本は監督自身)。

その他、冒頭の、ジョーイが慌ててオレグを車に乗せるシーンや、ラストの葬式シーンなど、観客をミスディレクションに導く仕掛けがいくつも施され、いったいどう話が転がって行くのか、目が離せない面白さに満ちている。

脚本と演出を手掛けたのは、まだこれがメジャー3本目の新進ウェイン・クラマー。本作で一躍注目され、次回作ではハリソン・フォード主演の大作を任されるという事だ。

エンド・クレジットに、サム・ペキンパー、ブライアン・デ・パルマ、ウォルター・ヒルへの謝辞が出てくる。なるほど、そう言えば、バイオレンス描写はペキンパー、スタイリッシュなアクション演出はW・ヒル、凝ったカメラの移動はデ・パルマをそれぞれ彷彿とさせる。

ジョーイを演じるのは、「ワイルド・スピード」のポール・ウォーカー。本作の邦題はその作品にあやかっていると思われる(原題は"RUNNING SCARED")。
悪徳刑事役を、渋いチャズ・パルミンテリが演じているのも見どころである。

 
決して、傑作というわけではない。突っ込みどころもいくつかあるし、荒っぽい所もある。

だが、派手なアクション・シーンがあるにも拘らず、あちこちに張られた巧妙な伏線、さりげなく配置された、親子、家族愛などがラストに向かって収斂して行き、観終わっても爽やかな後味を残す辺りに、並みのアクション映画では終わらせない、クラマー監督の才気を感じる事が出来る。

ウェイン・クラマー監督、今後の、なお一層の活躍が期待できる人である。名前を覚えておいて損はない。      (採点=★★★★

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2008年11月15日 (土)

「その土曜日、7時58分」

Saturday758(2007年・ソニー・ピクチャーズ/監督:シドニー・ルメット)

監督=シドニー・ルメット…。懐かしい名前である。裁判ドラマの傑作「十二人の怒れる男」を引っさげて映画界にデビューしてから本作で丁度50年!。その後も「女優志願」「質屋」「セルピコ」「狼たちの午後」等の、ニューヨークを舞台にした人間ドラマやサスペンスの秀作を作り続けて来た巨匠である。

しかしながら最近は…特に'82年の「評決」(先般亡くなったポール・ニューマン主演の裁判ドラマ)を最後に、も一つパッとしない作品が続いていた。'99年の「グロリア」などは見るも無残な失敗作だった。ルメット、衰えたり…と多くのファンは失望した。

ところが、その「グロリア」以来8年ぶりの劇場新作である本作は、そんな最近の低迷をふっ飛ばす、素晴らしい傑作に仕上がっていた。おん年84歳!年齢を感じさせない緊迫した演出ぶりに唸った。巨匠久々の復活である。

 
舞台はニューヨーク郊外。そしてテーマは強盗事件の顛末と、それによって破滅して行く男たちのドラマである。「狼たちの午後」ともカブるテーマである。

しかしながら、単純な強盗ドラマではない。主人公は、麻薬に溺れ、会社の金を横領している会計士の兄アンディ(フィリップ・シーモア・ホフマン)と、離婚した妻から娘の養育費を督促されている弟のハンク(イーサン・ホーク)の兄弟。兄の会社に監査が入る事になり、バレるのを恐れた兄は弟を巻き込み、なんと両親(アルバート・フィニー、ローズマリー・ハリス)が経営する小さな宝石店を襲う計画を立てる。
宝石店は保険に入っているから実害はない。宝石は故買屋に売って金に換える…万事うまく行くはずだった。

だが、ちょっとした誤算から、計画は失敗し、母も死なせたばかりか、事情を知った男からは強請られ、事態はどんどん悪い方に転がって行く…。

脚本(ケリー・マスターソン)がうまい。冒頭にいきなり宝石店強盗シーンを見せてテンションを高めておき、失敗して車で逃げるハンクが「なんでこんな事に…」と喚く所から時制を3日前に巻き戻し、アンディが計画を立てる発端から物語を追いかける。その後も何度か時制を前後させ、次第に人物像や事件の経緯等の全貌が明らかになって行く展開が見事。
「パルプ・フィクション」や「運命じゃない人」、今年の「バンテージ・ポイント」など、時制を解体した作品は近年の流行りだが、さすがルメット、そうしたパターンをいただきながらも、年季の入った練達の腕の冴えを見せる。

やがて、息子の犯罪を知った父親がアンディのあとを付け、破滅して行く息子たちのすべてを見届けた後に父親が取った行動は…衝撃の結末まで息もつがせない。

一つの失敗が、ドミノ倒しのように積み重なって、もがけばもがくほど深みに嵌る、底なし沼のような運命のいたずら。アンディたちは、悪事を働いたのには違いないが、その報いはあまりにも過酷で悲しい。そして父親の下した重い決断もまた悲しい。悪の報いとは言え、アンディの末路には哀れさを感じ、涙したくなる。

犯罪ドラマというよりは、これは運命に弄ばれる家族のドラマであり、人間の存在そのものの悲しみを見つめた、悲劇のドラマでもあるのである。ズッシリと心に響く傑作である。

アカデミー俳優、P・S・ホフマンの演技がさすが素晴らしい。イーサン・ホークも、なさけないダメ男を好演。そしてやはり、父親役を演じたアルバート・フィニーが見事な存在感を示す。フィニーと言えば、ルメットの名作「オリエント急行殺人事件」の名探偵・ポアロを演じた人であるという事を知っておれば余計感慨深い。

ともかく、ルメット・ファンのみならず、すべての映画ファンにお奨めしたい、これは今年の収穫である。ルメットの復活にも、心から賛辞を送りたい。

ただ、残念なのは、これほどの傑作を、ほとんど宣伝もせず、わずか数館のミニシアターだけの限定公開しかしなかった点である。…せめてもの慰めは、初日(梅田ガーデンシネマ)は満員だった事で、私は立ち見で観るハメになったが、足の疲れも忘れるほど感動した。
名匠の、(娯楽性も十分の)優れた作品を、ちゃんと売ろうとしない配給会社(ソニー・ピクチャーズ)の怠慢を、ここで厳しく糾弾しておきたい。      (採点=★★★★★

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2008年11月 9日 (日)

「ICHI」

Ichi (2008年・ワーナー/監督:曽利 文彦)

勝新太郎主演の座頭市は、三船敏郎の三十郎、市川雷蔵の眠狂四郎、近衛十四郎の柳生十兵衛…等と並ぶ、日本の映画史上に残るスーパー・チャンバラ・ヒーローである。

中でも、カツシンの座頭市は、映画、テレビを通じて最も多く製作され、我が国はおろか、海外でも絶大な人気を博し、数多くの亜流作品が作られた点でも特異な存在である。例えば、台湾では、そっくりさん俳優を主演にしたニセモノ座頭市が作られ、アメリカでもルトガー・ハウアー主演で「ブラインド・フューリー」のタイトルで丸ごとリメイクされている。女性版も棚下照生原作の劇画があり、さらにはその映画化「めくらのお市」シリーズが松山容子主演で4本作られた。従って本作を“初の女性版座頭市”と紹介した記事があるのは間違いである。

さて、その女性版座頭市を、「ピンポン」の曽利文彦監督が映画化すると聞いて、私はある期待を抱いた。それは、“座頭市の曲芸的居合い斬りの、CGによる完全映像化”である。

もう少し詳しく書くと、座頭市の映画版では、毎回市の見事な居合いの腕が披露され、それを観るのも、ファンの楽しみの一つだったからである。

一例を挙げるとこんな感じである。…市が、ローソクを手に取り、宙に放り投げる→刀を一閃する→2つに切られたローソクが畳に落ちる。
CGもなく、特殊撮影を行う予算もなかったので、小道具係の腕とカメラワークとカット繋ぎだけで、それらしく見せる苦心の努力がなされていた。

やがて居合い斬りは回を追う毎にエスカレートし、飛んでる蛾を真っ二つ、碁盤を真っ二つ、千両箱を真っ二つ、人間がスッポリ入る樽をスパッと斜め斬り、さらには、飛んで来る矢も真っ二つ…と、もはや曲芸、神わざレベルに到達していた(笑)。

CG全盛の今の時代なら、ローソクや、飛んで来る矢を二つにするシーンも、ワンカット、スローで描く事も可能だろう。「タイタニック」のCGも担当し、「ピンポン」ではCG技術をフル活用して楽しめる快作に仕上げた曽利監督なら、そうした、カツシン時代には不可能だった映像も再現してくれるのではないか…それを何より期待した。

だが本作では、CGは斬られて血が吹き出るシーンなど、ほんの僅かで、それとて既にいろんなアクション映画でいやと言うほど見せられており、今更何の新味もない。肝心の居合いの技にはまったくと言っていいほど使われておらずガッカリであった。…これが第一の失望。

ドラマの方も、回想シーンが延々と続き、物語のテンポがゆるい。相手役となる藤平十馬(大沢たかお)の扱いも中途半端。少年期のトラウマで刀が抜けない…という設定もそれほど生きていない。戦わなければいけない肝心な時に、ヘッピリ腰でまったく役に立たない。本当は弱虫なのかとすら思えてしまう。そのくせ市が悪党を斬った後の現場にいた為、虎次一家に凄腕と勘違いされた時にも、黙って用心棒代を受け取ってしまうチャッカリぶりには呆れてしまう。刀が抜けないなら用心棒も断るべきだろう。こんなチャランポランな人物には観客も感情移入出来ない。従って、本来盛り上がらなければいけない筈の、ラストの死に際の市との愁嘆場シーンがまったくシラけてしまう。ヒロインに対峙する重要キャラなのだから、もっとカッコいい、魅力的な人物設定にしておくべきだろう。

市が、自分から悪党たちに捕まりに行くような展開も問題。女に飢えてる悪党たちが美人の市を目の前にして、何もしない筈がないだろう。ボスが禁じても、誰かが夜這いをかけるくらいのシーンは最低必要。そうしたシーンを入れないなら、“市が悪党に捕まる”シーンそのものを本来入れるべきではない。
こうした、物語上無理な設定があちこちにある。これでは面白くなりようがない。

どうせ女性がバッタバッタと斬りまくるという、荒唐無稽なお話なのだから、もっとスカッとしたエンタティンメントにすべきである。脚本がダメである。B級活劇はどうあるべきかを判っていない。

勝新の「座頭市物語」第1作は、子母沢寛の短い原作から、ベテラン脚本家の犬塚稔が見事にシナリオ化し、三隅研次監督のツボを心得た演出で素晴らしいB級活劇の秀作になっていた。
市の過去や、剣を学んだプロセスなどは当然無視され、ユーモラスで、人を食ってて、もの凄く強いしカッコいい。そして凄腕の剣豪、平手造酒(天知茂)との男の友情も丁寧に描き、その造酒とラストで対決せざるを得なくなり、斬りたくないのに斬ってしまった、その市の悲しみが観客にも伝わり、このシーンは感動的であった。天知茂も絶妙の好演だった。

子母沢寛原作…とクレジットに謳うなら、せめて1作目を含め、過去のカツシン座頭市シリーズから、娯楽映画のエッセンスを学ぶべきであった。オマージュ・シーンらしきものすら無かったようだ。カツシンが作り上げた、映画史に残るヒーロー・座頭市をリスペクトする気が、曽利監督にはないのだろうか。

個人的に言わせてもらうなら、ヒーローに過去のいきさつなんて不要である。「シェーン」も、三船の「用心棒」「椿三十郎」も、何処から来たのか、どうやって凄腕の名人になったのか、そんな過去なんてまったく描いていない。謎の存在だからこそ、観客があれこれ想像する余地があるのである。

綾瀬はるかはよく頑張っていたし、殺陣シーンそのものは悪くなかった。彼女のアクションを見たいだけならこれでもいいだろう。だが、カツシン座頭市映画の面白さを知っている映画ファンにはお奨め出来ない、残念な出来であると言わざるを得ないだろう。     (採点=★★

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(さて、お楽しみはココからだ)
女性の剣の達人が活躍する時代活劇エンタティンメント…と言えば、ご紹介したい作品がある。

Animatrix_2 実写ではなく、アニメなのだが、ウォシャウスキー兄弟が創造した快作SF「マトリックス」シリーズの番外編で、「アニマトリックス」という作品がある。DVDビデオのみで劇場公開はされておらず、いろんなアニメ作家が競作した短編集なのだが、その中の1編「エピソード5・プログラム」が私の一番のお気に入り(詳しくはこちらの作品評を参照)。

戦国時代、女の剣の使い手が大活躍するが、最後は密かに愛していた男と決闘の末、心ならずも斬ってしまい、泣き崩れる…というオチ(実はすべてマトリックス内の出来事)。

カツシン座頭市の、平手造酒とのラストの決闘シーンを連想させる展開で、もし座頭市を女にしたらこんな感じだろうな…と思わせる。

監督は、チャンバラ活劇の快作「獣兵衛忍風帖」で海外でも人気が高い川尻善昭。工藤栄一と五社英雄監督の大ファンだそうで、作品の中にもこの2人の監督作品へのリスペクトが感じられる。

「獣兵衛忍風帖」でも、女忍者が大活躍し、主人公との悲恋が丁寧に描かれていた。きっと川尻監督は、女性のチャンバラ・ヒーローが活躍する時代活劇を撮りたいのだろうと思う。

曽利文彦監督も、アニメの方でも活躍しているが、同じアニメ監督で、前述のような作品で女性時代活劇の実績があり、しかも海外で著名な作家たちからも賞賛されている川尻善昭の方こそ、本作「ICHI」の監督にふさわしかったのではないか…と私は思っている。

奇しくも、「アニマトリックス」も、本作「ICHI」も、どちらもワーナー配給である。もし「ICHI」の続編を作るなら、次は是非、川尻善昭監督の起用を…と強くお奨めしておきたい。

DVD「アニマトリックス」

DVD 川尻善昭監督「獣兵衛忍風帖」

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