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2008年11月 9日 (日)

「ICHI」

Ichi (2008年・ワーナー/監督:曽利 文彦)

勝新太郎主演の座頭市は、三船敏郎の三十郎、市川雷蔵の眠狂四郎、近衛十四郎の柳生十兵衛…等と並ぶ、日本の映画史上に残るスーパー・チャンバラ・ヒーローである。

中でも、カツシンの座頭市は、映画、テレビを通じて最も多く製作され、我が国はおろか、海外でも絶大な人気を博し、数多くの亜流作品が作られた点でも特異な存在である。例えば、台湾では、そっくりさん俳優を主演にしたニセモノ座頭市が作られ、アメリカでもルトガー・ハウアー主演で「ブラインド・フューリー」のタイトルで丸ごとリメイクされている。女性版も棚下照生原作の劇画があり、さらにはその映画化「めくらのお市」シリーズが松山容子主演で4本作られた。従って本作を“初の女性版座頭市”と紹介した記事があるのは間違いである。

さて、その女性版座頭市を、「ピンポン」の曽利文彦監督が映画化すると聞いて、私はある期待を抱いた。それは、“座頭市の曲芸的居合い斬りの、CGによる完全映像化”である。

もう少し詳しく書くと、座頭市の映画版では、毎回市の見事な居合いの腕が披露され、それを観るのも、ファンの楽しみの一つだったからである。

一例を挙げるとこんな感じである。…市が、ローソクを手に取り、宙に放り投げる→刀を一閃する→2つに切られたローソクが畳に落ちる。
CGもなく、特殊撮影を行う予算もなかったので、小道具係の腕とカメラワークとカット繋ぎだけで、それらしく見せる苦心の努力がなされていた。

やがて居合い斬りは回を追う毎にエスカレートし、飛んでる蛾を真っ二つ、碁盤を真っ二つ、千両箱を真っ二つ、人間がスッポリ入る樽をスパッと斜め斬り、さらには、飛んで来る矢も真っ二つ…と、もはや曲芸、神わざレベルに到達していた(笑)。

CG全盛の今の時代なら、ローソクや、飛んで来る矢を二つにするシーンも、ワンカット、スローで描く事も可能だろう。「タイタニック」のCGも担当し、「ピンポン」ではCG技術をフル活用して楽しめる快作に仕上げた曽利監督なら、そうした、カツシン時代には不可能だった映像も再現してくれるのではないか…それを何より期待した。

だが本作では、CGは斬られて血が吹き出るシーンなど、ほんの僅かで、それとて既にいろんなアクション映画でいやと言うほど見せられており、今更何の新味もない。肝心の居合いの技にはまったくと言っていいほど使われておらずガッカリであった。…これが第一の失望。

ドラマの方も、回想シーンが延々と続き、物語のテンポがゆるい。相手役となる藤平十馬(大沢たかお)の扱いも中途半端。少年期のトラウマで刀が抜けない…という設定もそれほど生きていない。戦わなければいけない肝心な時に、ヘッピリ腰でまったく役に立たない。本当は弱虫なのかとすら思えてしまう。そのくせ市が悪党を斬った後の現場にいた為、虎次一家に凄腕と勘違いされた時にも、黙って用心棒代を受け取ってしまうチャッカリぶりには呆れてしまう。刀が抜けないなら用心棒も断るべきだろう。こんなチャランポランな人物には観客も感情移入出来ない。従って、本来盛り上がらなければいけない筈の、ラストの死に際の市との愁嘆場シーンがまったくシラけてしまう。ヒロインに対峙する重要キャラなのだから、もっとカッコいい、魅力的な人物設定にしておくべきだろう。

市が、自分から悪党たちに捕まりに行くような展開も問題。女に飢えてる悪党たちが美人の市を目の前にして、何もしない筈がないだろう。ボスが禁じても、誰かが夜這いをかけるくらいのシーンは最低必要。そうしたシーンを入れないなら、“市が悪党に捕まる”シーンそのものを本来入れるべきではない。
こうした、物語上無理な設定があちこちにある。これでは面白くなりようがない。

どうせ女性がバッタバッタと斬りまくるという、荒唐無稽なお話なのだから、もっとスカッとしたエンタティンメントにすべきである。脚本がダメである。B級活劇はどうあるべきかを判っていない。

勝新の「座頭市物語」第1作は、子母沢寛の短い原作から、ベテラン脚本家の犬塚稔が見事にシナリオ化し、三隅研次監督のツボを心得た演出で素晴らしいB級活劇の秀作になっていた。
市の過去や、剣を学んだプロセスなどは当然無視され、ユーモラスで、人を食ってて、もの凄く強いしカッコいい。そして凄腕の剣豪、平手造酒(天知茂)との男の友情も丁寧に描き、その造酒とラストで対決せざるを得なくなり、斬りたくないのに斬ってしまった、その市の悲しみが観客にも伝わり、このシーンは感動的であった。天知茂も絶妙の好演だった。

子母沢寛原作…とクレジットに謳うなら、せめて1作目を含め、過去のカツシン座頭市シリーズから、娯楽映画のエッセンスを学ぶべきであった。オマージュ・シーンらしきものすら無かったようだ。カツシンが作り上げた、映画史に残るヒーロー・座頭市をリスペクトする気が、曽利監督にはないのだろうか。

個人的に言わせてもらうなら、ヒーローに過去のいきさつなんて不要である。「シェーン」も、三船の「用心棒」「椿三十郎」も、何処から来たのか、どうやって凄腕の名人になったのか、そんな過去なんてまったく描いていない。謎の存在だからこそ、観客があれこれ想像する余地があるのである。

綾瀬はるかはよく頑張っていたし、殺陣シーンそのものは悪くなかった。彼女のアクションを見たいだけならこれでもいいだろう。だが、カツシン座頭市映画の面白さを知っている映画ファンにはお奨め出来ない、残念な出来であると言わざるを得ないだろう。     (採点=★★

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(さて、お楽しみはココからだ)
女性の剣の達人が活躍する時代活劇エンタティンメント…と言えば、ご紹介したい作品がある。

Animatrix_2 実写ではなく、アニメなのだが、ウォシャウスキー兄弟が創造した快作SF「マトリックス」シリーズの番外編で、「アニマトリックス」という作品がある。DVDビデオのみで劇場公開はされておらず、いろんなアニメ作家が競作した短編集なのだが、その中の1編「エピソード5・プログラム」が私の一番のお気に入り(詳しくはこちらの作品評を参照)。

戦国時代、女の剣の使い手が大活躍するが、最後は密かに愛していた男と決闘の末、心ならずも斬ってしまい、泣き崩れる…というオチ(実はすべてマトリックス内の出来事)。

カツシン座頭市の、平手造酒とのラストの決闘シーンを連想させる展開で、もし座頭市を女にしたらこんな感じだろうな…と思わせる。

監督は、チャンバラ活劇の快作「獣兵衛忍風帖」で海外でも人気が高い川尻善昭。工藤栄一と五社英雄監督の大ファンだそうで、作品の中にもこの2人の監督作品へのリスペクトが感じられる。

「獣兵衛忍風帖」でも、女忍者が大活躍し、主人公との悲恋が丁寧に描かれていた。きっと川尻監督は、女性のチャンバラ・ヒーローが活躍する時代活劇を撮りたいのだろうと思う。

曽利文彦監督も、アニメの方でも活躍しているが、同じアニメ監督で、前述のような作品で女性時代活劇の実績があり、しかも海外で著名な作家たちからも賞賛されている川尻善昭の方こそ、本作「ICHI」の監督にふさわしかったのではないか…と私は思っている。

奇しくも、「アニマトリックス」も、本作「ICHI」も、どちらもワーナー配給である。もし「ICHI」の続編を作るなら、次は是非、川尻善昭監督の起用を…と強くお奨めしておきたい。

DVD「アニマトリックス」

DVD 川尻善昭監督「獣兵衛忍風帖」

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コメント

北野版しか見たこと無かったせいか、それなりに楽しめました。
それにしても「めくらのお市」…面白そう!ぜひ見てみたい!…ですが、タイトルがタイトルなだけに(笑)DVDにはなって無さそうですね。無念です。

投稿: あけぼの | 2008年11月10日 (月) 17:53

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