「その土曜日、7時58分」
(2007年・ソニー・ピクチャーズ/監督:シドニー・ルメット)
監督=シドニー・ルメット…。懐かしい名前である。裁判ドラマの傑作「十二人の怒れる男」を引っさげて映画界にデビューしてから本作で丁度50年!。その後も「女優志願」、「質屋」、「セルピコ」、「狼たちの午後」等の、ニューヨークを舞台にした人間ドラマやサスペンスの秀作を作り続けて来た巨匠である。
しかしながら最近は…特に'82年の「評決」(先般亡くなったポール・ニューマン主演の裁判ドラマ)を最後に、も一つパッとしない作品が続いていた。'99年の「グロリア」などは見るも無残な失敗作だった。ルメット、衰えたり…と多くのファンは失望した。
ところが、その「グロリア」以来8年ぶりの劇場新作である本作は、そんな最近の低迷をふっ飛ばす、素晴らしい傑作に仕上がっていた。おん年84歳!年齢を感じさせない緊迫した演出ぶりに唸った。巨匠久々の復活である。
舞台はニューヨーク郊外。そしてテーマは強盗事件の顛末と、それによって破滅して行く男たちのドラマである。「狼たちの午後」ともカブるテーマである。
しかしながら、単純な強盗ドラマではない。主人公は、麻薬に溺れ、会社の金を横領している会計士の兄アンディ(フィリップ・シーモア・ホフマン)と、離婚した妻から娘の養育費を督促されている弟のハンク(イーサン・ホーク)の兄弟。兄の会社に監査が入る事になり、バレるのを恐れた兄は弟を巻き込み、なんと両親(アルバート・フィニー、ローズマリー・ハリス)が経営する小さな宝石店を襲う計画を立てる。
宝石店は保険に入っているから実害はない。宝石は故買屋に売って金に換える…万事うまく行くはずだった。
だが、ちょっとした誤算から、計画は失敗し、母も死なせたばかりか、事情を知った男からは強請られ、事態はどんどん悪い方に転がって行く…。
脚本(ケリー・マスターソン)がうまい。冒頭にいきなり宝石店強盗シーンを見せてテンションを高めておき、失敗して車で逃げるハンクが「なんでこんな事に…」と喚く所から時制を3日前に巻き戻し、アンディが計画を立てる発端から物語を追いかける。その後も何度か時制を前後させ、次第に人物像や事件の経緯等の全貌が明らかになって行く展開が見事。
「パルプ・フィクション」や「運命じゃない人」、今年の「バンテージ・ポイント」など、時制を解体した作品は近年の流行りだが、さすがルメット、そうしたパターンをいただきながらも、年季の入った練達の腕の冴えを見せる。
やがて、息子の犯罪を知った父親がアンディのあとを付け、破滅して行く息子たちのすべてを見届けた後に父親が取った行動は…衝撃の結末まで息もつがせない。
一つの失敗が、ドミノ倒しのように積み重なって、もがけばもがくほど深みに嵌る、底なし沼のような運命のいたずら。アンディたちは、悪事を働いたのには違いないが、その報いはあまりにも過酷で悲しい。そして父親の下した重い決断もまた悲しい。悪の報いとは言え、アンディの末路には哀れさを感じ、涙したくなる。
犯罪ドラマというよりは、これは運命に弄ばれる家族のドラマであり、人間の存在そのものの悲しみを見つめた、悲劇のドラマでもあるのである。ズッシリと心に響く傑作である。
アカデミー俳優、P・S・ホフマンの演技がさすが素晴らしい。イーサン・ホークも、なさけないダメ男を好演。そしてやはり、父親役を演じたアルバート・フィニーが見事な存在感を示す。フィニーと言えば、ルメットの名作「オリエント急行殺人事件」の名探偵・ポアロを演じた人であるという事を知っておれば余計感慨深い。
ともかく、ルメット・ファンのみならず、すべての映画ファンにお奨めしたい、これは今年の収穫である。ルメットの復活にも、心から賛辞を送りたい。
ただ、残念なのは、これほどの傑作を、ほとんど宣伝もせず、わずか数館のミニシアターだけの限定公開しかしなかった点である。…せめてもの慰めは、初日(梅田ガーデンシネマ)は満員だった事で、私は立ち見で観るハメになったが、足の疲れも忘れるほど感動した。
名匠の、(娯楽性も十分の)優れた作品を、ちゃんと売ろうとしない配給会社(ソニー・ピクチャーズ)の怠慢を、ここで厳しく糾弾しておきたい。 (採点=★★★★★)
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コメント
いつも楽しく拝読させていただいてます。
>犯罪ドラマというよりは、これは運命に弄ばれる家族のドラマであり、人間の存在そのものの悲しみを見つめた、悲劇のドラマ
本当そうなんですよね。何ともズサンな計画でどん底にはまって行くんですが、純粋に「愛されたい」とか、そういった誰でも持ち得る欲求みたいなのがあるんですよね・・・
最後の物語の閉じ方は、巨匠ならではの説得力というか・・・さすが!
>ミニシアターだけの限定公開しかしなかった点
全くです。最近では有名監督ブライアン・デ・パルマの「リダクテッド真実の価値」なんかも同じような事が言えるかと。(あれはアルバトロスフィルムですが・・・)
>娯楽性も十分の
そうなんですよね。特に実はコレ、決してコアな作風じゃなくて、結構一般ウケしそうな作品なんですけどね・・・あと個人的に、直訳が難しいのかはわかりませんが、この邦題が・・・「僕らのミライへ逆回転」ばりに納得いかないです。これじゃあ雰囲気伝わらないです・・・
とにかく大傑作でした。
あとちょっとした笑いのポイントまで入ってますよね!パトカーのアレとか、変装とか。隣が白人の若い男性でしたが、度々大爆笑してました・・・(ちょっと驚き!)
投稿: タニプロ | 2008年11月16日 (日) 00:57
タニプロさんにHP掲示板で教えられて、早く観たいと思っていたのですが、期待にたがわぬ傑作でしたね。
情報ありがとうございました。
題名は確かに難しいですね。
原題は「あなたが死んだのを悪魔に知られる前に」。
アイルランドの諺で、その後「天国に行かれますように」と続くそうで、ラストを観ればその意味も分かる気がします。
これは邦題、どう考えても難儀しますね。仕方のない所ではないでしょうか。
投稿: Kei(管理人) | 2008年11月16日 (日) 15:52
札幌は12月20日公開です。
この映画を今年の「ラストショー」にするかな?
投稿: omiko | 2008年11月18日 (火) 14:48
どうもはじめまして
ホラー映画レビューを中心としたブログをやっています。
Keiさんのレビューは作品を様々な点から捉えていて、その作品の"良さ"が伝わってきます。
時間が余っていたので、あまり期待せずに見たのですが、いやはや物凄い映画でしたね。
不幸しかない映画なのに何故かもう一度観たくなってしまう、不思議なものです。
これだけの作品なのに、あまり知名度が高くないのが残念です。(キネ旬ではベストテンに入っていましたけど)
本当、配給会社さんにはもう少し頑張って頂きたかったですね。
投稿: かからないエンジン | 2009年1月24日 (土) 00:12
>かからないエンジンさん、ようこそ。
当ブログお褒めいただきありがとうございます。
「その土曜日-」本当に凄い映画でしたね。また観たくなります。
昔は、いい映画を輸入したら、地味な作品でもなんとか当てようと、配給会社の宣伝部員が情熱をかたむけ、必死に努力した…と聞いた事があります。最初の出足が悪くても、地道な努力が実り、口コミで良さが伝わり、ロングヒットになったケースもあります。
そういう人材もいなくなったのでしょうかね。残念な事です。
投稿: Kei(管理人) | 2009年1月25日 (日) 19:08
TB有難うございました。
うまくいくはずだった簡単な計画が
ひとつのほころびにより家族の裏側の
表情まで写しだしていく展開には
驚きでした。
今度、訪れた際には、
【評価ポイント】~と
ブログの記事の最後に、☆5つがあり
クリックすることで5段階評価ができます。
もし、見た映画があったらぽちっとお願いします!!
投稿: シムウナ | 2010年4月 4日 (日) 19:45
今朝 アニキ役のフィリップが無くなったニュースをみました。ご冥福をお祈りします。
さて 内容ですが・・・まあ おっしゃるとおり失敗に失敗を重ねまくったドミノ倒しでしたね。
お粗末な二人の お粗末な計画だったため お粗末な結果が待ってた・・・
弟の逃げた後が描かれていませんでしたが 捕まったでしょうね。 別れた元妻も 娘からも愛想尽かされてるね。
投稿: zebra | 2014年2月 3日 (月) 08:29
◆zebraさん
フィリップ・シーモア・ホフマン、亡くなったのですね。驚きました。まだ若いのに、残念です。
薬物中毒だそうですが、そう言えばリヴァー・フェニックスも同じ死因だったように記憶しています。身を滅ぼす元ですから、やめて欲しいですね。
彼の出演作では、「カポーティ」が強烈でしたね。いい役者でした。冥福を祈ります。
投稿: Kei(管理人) | 2014年2月 5日 (水) 00:08