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2009年1月27日 (火)

「誰も守ってくれない」

Nobodywatchoverme (2008年・東宝/監督:君塚 良一)

「踊る大捜査線」シリーズの脚本を手掛けてきた君塚良一が、監督も手掛けた社会派サスペンス・エンタティンメントの力作。モントリオール世界映画祭最優秀脚本賞受賞。

両親と18歳の兄、15歳の沙織(志田未来)のありふれた船村一家。ある日突然、兄が小学生姉妹殺人事件の容疑者として逮捕され、一家はマスコミと群衆の好奇の目に晒される。刑事の勝浦(佐藤浩市)は、妹・沙織の保護という任務を命じられ、都内を転々と移動する。それでも執拗に追って来るマスコミやネットから逃れる為、勝浦は東京を離れ、海の見えるある場所へと向かう…。

“加害者家族の保護”というテーマが斬新である。現実にこれまでも、マスコミやネットの匿名情報が暴走し、犯罪に巻き込まれた家族(それは加害者、被害者を問わない)を好奇の目に晒し、バッシングするケースが多くある。

この深く、重いテーマに正面から切り込んで問題点を追求し、鋭い社会批判を行うと同時に、緊迫感溢れるサスペンスを盛り上げ、重苦しい中に一縷の希望を見出し、そして最後に爽やかな感動で締めくくった脚本(君塚と鈴木智の共作)が実に見事である。モントリオールで最優秀脚本賞を受賞したのも頷ける。やはり映画は脚本次第である。

手持ちカメラ、オール・ロケーションによる、セミ・ドキュメンタリー・タッチの映像が、未成年者犯罪、ネット・バッシング、マスコミの横暴…と、現実に起きている諸問題を鋭く抉り出す作品のテーマにうまくマッチし、効果的である。

マスコミであるテレビ局が製作したにもかかわらず、執拗に弱い者を追い詰め、晒し者にし、しかし事件が一段落し、次のニュースが登場すると途端にきれいに忘れてしまうマスコミの狡さ、身勝手さを容赦なく描いている点も興味深い。よくまあ局側がゴーサインを出したものだ(笑)。

(ここからややネタバレになります。未見の方はご注意ください)
勝浦が、落ち着き場所として向かった伊豆のペンションのオーナーは、3年前に息子を通り魔事件で亡くした本庄(柳葉敏郎)。おだやかな人物で、犯人を尾行しながらも、ちょっとしたミスで犯行を防止出来なかった勝浦にもやさしく対応してくれる。

だが、沙織が加害者の身内だと知ると、それまで抑えていた感情を迸らせ、激昂して勝浦に食ってかかる。
「加害者の子供たちはいつか町に帰ってくる。私たちの子供はもう帰って来ない!」。

ここに、感情を持つ人間の心の複雑さ、悲しさがある。…被害者の家に、別の事件とは言え、加害者の家族を連れて行くという展開はやや作為的で、少し無理があるのだが、テーマを鮮明にさせる為に、君塚監督はあえてこのシークェンスを入れたのだろう。

やがてこのペンションにまで、ネットで知った野次馬が押しかけるのだが、無表情で携帯を構え、群れをなしてやって来る群衆はまるでゾンビのようで不気味である。

この後も、信じていた人間の裏切りがあったりと、やり切れない重い展開が続くのだが、ある瞬間から、物語は急展開する。

沙織をネットに晒そうとする若者たちに襲われた時、勝浦は抵抗せずに、体を張って沙織の上に覆いかぶさり、若者たちの暴力から彼女を守る。

その姿を見た時、それまで頑なに心を閉ざしていた沙織の中で、何かが大きく変わり出す。“誰も守ってくれなかったはずだったのに、身を挺して自分を守ってくれた人がいる
初めて心を開いた沙織が、勝浦と浜辺で語り合うシーンが素晴らしい。私はここから後、涙が出っぱなしであった。

勝浦は言う。「誰かを守るということは、その人の心の痛みが分かるということだ。人の痛みを感じることはとても辛いことだが、それが生きていくということだ」
「これからは君が家族を守るんだ」。

彼女はこれからも、一生、犯罪人の家族という十字架を背負って生きなければならない。つらい事だが、勝浦に励まされ、生きる勇気を取り戻して行く沙織の姿に、絶望が満ち溢れるこの時代において、人間に対するかすかな希望の光を見ることが出来る

 
素晴らしい脚本は、伏線の張り方や小道具の使い方がうまいものだが、この作品でも素敵な小道具が効果的に使われている(1枚の家族の写真、沙織の携帯など)。

冒頭で、自身の家庭もバラバラになりかけている勝浦は、自分の娘の為に、赤いリボンをかけたプレゼントを買い求めるのだが、そのまま事件に巻き込まれるうち、プレゼントはもみくちゃにされ、踏まれ、傷つき、ボロボロになって行く。しまいには勝浦は、プレゼントの存在すら忘れかける。

それはまるで、事件の渦中で翻弄され、ズタズタになって行く沙織の心のメタファーであるかのようである。

ラストにおいて、東京へ帰る沙織を見送り、勝浦はゆっくりと海岸沿いを歩き始める。…それはまた、勝浦自身の再生へのスタートでもあるのだ。
勝浦をなじった本庄も、穏やかさを取り戻し、妻に新しい命が宿っている事を伝える。

その勝浦を追い抜いた車が停まり、沙織が、車に積まれたままだったあのプレゼントを、勝浦に渡す。

それは、生きる勇気を与えてくれた勝浦への、沙織からのお礼の気持ちを込めたプレゼントでもあるようだ。
しわくちゃになり、ボロボロになったけれども、勝浦の手に戻ったそれは、バラバラになりかけた勝浦家の、再生への希望の光であるに違いないだろう。

 
現実世界には、確かに悪意や身勝手なエゴイズムが満ち溢れている。人間とは、そんなに、愚かで悲しい存在なのである。
それでも、善意を信じる心がどこかに残っている限り、人は人を信じて生きて行くことができるだろう。

 
本作は、社会派ドラマの力作だが、俗に社会派と呼ばれる、今井正監督や、熊井啓監督などの、どちらかと言えば結末に至るも、やりきれなさや悲劇性が残る、過去の作品(「真昼の暗黒」、「日本列島」、「地の群れ」など)に比べて、カーチェイスや、サスペンス、そして最後には一筋の希望が見いだせる感動的な結末を用意するなど、エンタティンメントとしての要素も充分盛り込まれている。その点でも、社会派ドラマに新しい方向性をもたらしたと言える、これは素敵な秀作なのである。お奨めである。     (採点=★★★★☆

(付記)
この映画の、4ヶ月前のエピソードを描いた、前日譚とも言えるテレビドラマ「誰も守れない」が封切日と同じ1月24日に放映されたが、勝浦の右手の震え、カウンセラーの尾上玲子(木村佳乃)と勝浦との関係、同僚の三島(松田龍平)のキャラクター、等がきちんと描かれていて、これを先に見ておく方が、より映画本編を楽しめるだろう。映画だけでは、玲子と勝浦との関係が判り難いし、「シャブ漬けにするぞ」というセリフの意味もピンと来ないからである。
テレビ版に、監督の森田芳光がワンカット出演しているが、これは、テレビ版の監督を務めた杉山泰一が、長年に亙り森田監督の助監督だったからで、そのご祝儀だろう。

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(さて、お楽しみはココからだ)
この映画のタイトルをよく見ると、“ Nobody to watch over me”という英題が併記されている。

このタイトルから、ある映画を思い出した人は相当の映画通である。

Someonewatch 「誰かに見られてる」(1987)というサスペンス映画をご存知だろうか。「ブレード・ランナー」等のリドリー・スコット監督作品で、原題が“Someone to watch over me”である。1語違うだけ。

ストーリーも、犯罪を目撃した女性の身辺を守る事になった刑事(トム・ベレンジャー)が、やがて女性に魅かれ、刑事の家庭に亀裂が走りかけるが、最後に家族の絆を取り戻す…という内容で、本作とも似た所がある。

犯罪に巻き込まれた大人の女性の警護を行う刑事…という展開は、むしろテレビドラマ「誰も守れない」の方とそっくりである。

おそらくは君塚良一監督が、あの映画から多少なりともヒントを得たので、その事をファンに目配せする為、この英題を併記したのではないか、と想像する。

なお、"Watch Over" は“守る”という意味であり、この邦題は少しおかしい。「誰かが私を守ってる」が正しい題名だと思うのだが。

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