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2009年1月13日 (火)

「その木戸を通って」

Sonokidowo1(1993年・フジテレビ/監督:市川 崑)

昨年逝去された、名匠市川崑監督作品の中で、唯一劇場未公開となっていた作品が、製作後15年を経て劇場初公開となった。

東京では昨年11月8日から公開されているが、関西ではこの1月10日からが初公開。ところがなんと、朝11時からのモーニングショーのみ。祝日の12日にシネリーブル梅田まで見に行ったのだが、なんと立ち見だという。せっかく来たのに帰るのは無駄足になってしまう所だが、幸いと言うかここは自由席なので、立ち見了承で入ったのだが、なんとまあ、通路までぎっしりの超満員!状態。壁際に立ったり、段差に腰掛けてる人だけでも3~40人はいた。大入りは喜ばしい事ではあるが、高い金払って通路に座らされる観客はたまったもんじゃない。市川崑監督の未公開作という話題性もあるのだから、もっと上映回数を増やすべきだ。配給会社も劇場も考えて欲しい。
(フジTVの製作なのだから、テレビスポット打って宣伝すれば、全国拡大興行も可能だろうに。相変わらず、駄作はイヤというほど宣伝して、秀作には冷たいフジTVらしいと言うか…。そう言えばここのテレビ局は、やはり市川崑監督の秀作テレビシリーズ「盤獄の一生」も一時おクラにしてたなぁ)

さて、未公開だったのには理由があって、この作品は元々わが国初の本格的長編ハイビジョンドラマとして作られたものである。つまりテレビ作品で、劇場公開は予定されていなかったものである。

その後BSで一度だけ放映された後、ハイビジョンマスターから35ミリフィルムに変換され、“FUSA”のタイトルで93年ヴェネチア国際映画祭に特別招待出品、翌94年ロッテルダム国際映画祭批評家選出部門に出品。それぞれ好評を博したが、その後はソフト化もされず眠っていた。ようやく2007年になって劇場公開の機運が高まり、今回の上映に至ったものだが、市川監督の存命中に実現しなかったのが心残りである。なお今回の劇場公開も、35ミリフィルム版での上映である。

で、作品だが、素晴らしい出来映えである。この15年間の市川崑作品中でも、最高の部類に入る秀作である。

 
冒頭、闇の中から緑の竹林が徐々に現れ、やがて主人公の姿が浮かび上がるシーンがまず美しく幽玄で息を呑む。

全体的に、深々と繁った緑の竹林、武家屋敷や城内の日本家屋独特のほの暗い陰翳、丁寧に装飾された屋敷内の調度や襖の艶やかさ、等が陰影もくっきりと表現されており、初期でありながら、ハイビジョンカメラによる映像は35ミリ・フィルムのそれと遜色ない。足元が煙る雨のシーンも幻想的である。

市川崑らしい、これら日本美の見事さにまず圧倒される。また、そうした幽玄的なシーンが、実は物語のトーンとも密接に繋がっている事も後に分かって来るのである。

主人公、平松正四郎(中井貴一)は、お城勤めの武士。近々、城代家老の娘との縁組も決まっていたが、そんなある日、留守宅に突然、記憶喪失の美しい娘(浅野ゆう子)が訪れる。縁組への支障を恐れ、一度は雨の中に娘を追い出すが、雨に打たれる娘の姿を見ているうちに心が変わり、家に連れ戻し、親身に面倒をみてやるようになる。いつしか娘はふさと名付けられ、やがて正四郎は家老の娘との縁談を破談にし、ふさとの結婚を決める。娘も生まれ、幸福な日々が続いたある日、ふさは突然、正四郎の前から姿を消してしまう…。

原作は山本周五郎の短編。いかにも周五郎らしい、市井の人々のささやかな幸福と哀歓が描かれているが、このお話の変わっている点は、謎の娘の素性、正体が最後まで判明しない点である。
周五郎作品は黒澤明や、市川崑監督作も含め、数多く映画化され、似たようなストーリーもあるが、こういうパターンは初めてではないか。

さすがミステリー・ファンの崑監督だけあって、ふさの姿が急に見えなくなる、というサスペンスが幾度か絶妙に挿入され、観客も一緒になってふさの身を案じる事となる。

幽玄的な薄暗い林と、純朴な男の前に突然現れる謎の女…と聞けば、これは日本古来の民話、怪談噺をも思わせる。
民話では、「竹取物語」、「鶴の恩返し」、「羽衣伝説」等がこうしたパターンである。ちなみに市川崑監督自身、前の2作を「竹取物語」「つる-鶴」として映画化しているのも面白い。
怪談噺としては、R・ハーンの「雪おんな」が代表だろう。

そう考えてみれば、ラスト間際、正四郎が幻視する、見えないその木戸を通って、ふさがすうっと消えて行くシーン、その姿が、まるで幽霊が霊界に旅立つようにも一瞬見えてしまう。
木戸とは、この世とあの世の境界なのかも知れない…と、ふと思ってしまう。

この物語には、そうした日本古来の伝承話、幽霊話のエッセンスも巧妙に取り入れられている…と考えるのも面白いだろう。

カメラは前述の如く見事だが、その他にも回想シーンでは、中心人物以外はモノクロに特殊処理したり、ふさの顔を、紗をかけたソフトフォーカス・レンズで捕らえる等、崑監督らしい凝った映像も見ものである。

 
なお、“男の目の前に謎を秘めた女が現れ、二人はしばらく幸福な日々を送るが、そんなある日、女が突然いなくなる”というパターンは、周五郎の別の作品にも登場している。

黒澤明監督により映画化された「赤ひげ」である。この中の佐八(山崎努)とおなか (桑野みゆき)のエピソードが、本作とよく似ている。
ただこの作品では、おなかが急にいなくなった理由は、二人が再会した後、おなかの口から明かされる。そして悲しい結末となる。

ここでも描かれるのは、“人は身の丈に合った以上の幸福を追い求めては、却って不幸になる”というテーマであり、それは本作にも窺い知ることが出来る。
それがラストで正四郎が呟く、「俺はほどほどに幸せだったと思う」というセリフ(字幕でも登場する)に繋がるのである。

ふさの失踪から17年後の現在において、正四郎は、ふさを見た、という手紙に惹かれ、会いに行こうとするが、手前で引き返す。
それは、「ふさに会いたい」という思いとはうらはらに、再会する事が、二人にとって幸福なのだろうか…という自問であり、“会わないことによってこそ、二人は幸福であり続けるのかも知れない”というテーマを炙り出す事となるのである。

実際、「赤ひげ」において、佐八とおなかは、再会した故に悲劇を招いてしまうのだから。

ふさへの思いを吹っ切るように、正四郎は明るい顔で、娘の婚礼に向かう所で物語は終わる。

人の心とは、人への思いとは、幸福とは、何なのだろうか…。見終わって、深い余韻を残す、見事な幕切れである。

 
エンド・クレジットにおける、崑監督自身による絵コンテ画も楽しい。

フランキー堺、岸田今日子(お二人とも既に鬼籍に入られているのが時の流れを感じる)、井川比佐志、石坂浩二、神山繁…といったベテラン俳優の演技が実に素晴らしく、見事なアンサンブルを奏で、当時既に中堅俳優だった中井貴一ですら、この人たちの間では初々しい新人のようにすら見えるのが微笑ましい。ふさを演じた浅野ゆう子も、過去に何かを秘めたミステリアスさと儚さを滲ませ、ベテラン俳優に混じってよく健闘している。

それにしても、何度も言うが、こんな素晴らしい作品を、ごく一部のモーニングショー等限定公開だけで終わらせるのはけしからん。多くの人に、特に市川崑監督ファンには是非観ていただきたいと思う。傑作である。     (採点=★★★★☆

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原作本(「おさん」に所収)

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コメント

こんばんは。

超満員だったというのは、
またうれしいニュースですね。
監督がもう鬼籍に入られているからか、
どことなく一抹の寂しさを感じずにはいられませんでした。

投稿: えい | 2009年1月14日 (水) 23:16

>えいさん、コメントありがとうございます。

超満員とは言っても、120席ほどしかないミニシアターのモーニングショーですから、毎回満員になっても、1週間で900人足らず。もっと拡大公開して欲しいですね。
もっとも、盛況を受けて17日からは1日2回上映に拡大されたようです。
ロングランになる事を期待したいですね。

>どことなく一抹の寂しさを感じずにはいられませんでした。
監督だけでなく、フランキーさんや岸田今日子さんもこの世にいない事もあって、余計寂しく感じましたね。
もっと早く、監督存命中に公開されなかった事が残念でなりません。

投稿: Kei(管理人) | 2009年1月20日 (火) 02:51

めちゃくちゃいいですね。
まさに市川昆監督の映像美。監督作の中でも間違いなく「上」ですね。役者さんがこれがまたみんないい。
一人だけ心配だった浅野ゆう子をあんなによく撮ることができるなんて、これぞ監督の腕ですね。
なお、札幌では一日5回上映しています。
入りはイマイチのようなので、いろんな人にススメまくっています。もっと早く見ればよかったなと思っています。

投稿: omiko | 2009年2月 5日 (木) 19:55

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                   (C)2008フジテレビ {{{   ***STORY*** 城勤めの無為な日々をおくる主人公・平松正四郎のもとにある日やってきた、記憶喪失の娘・ふさ。 彼女の純粋な魂は、やがて、正四郎の人柄と人生を徐々に変えてゆく…。   gooより}}} 2008年2月に92歳で亡くなられた巨匠、市川崑監督の作品でこれだけがなぜか生涯ただ一本、 未公開となっていました。 元々は日本初の本格的長編ハイビジョンドラマとして1993年8月に完成されていたもので..... [続きを読む]

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» 『その木戸を通って』 [ラムの大通り]
----市川崑監督の幻の名作? それって、どういうこと? 「うん。彼の生涯の中で、ただ1本だけ未公開となっていたということらしい」 ----でも、もとはテレビ用だよね? 「そう。 これはハイビジョン試験放送のため、 日本初の本格的長編ハイビジョンドラマとして作られたんだ」 ----じゃあ、未公開という言い方はおかしいのでは。 市川崑監督はテレビドラマの方も いくつも作っているんでしょ? 「それはそうなんだけどね。 実はこの作品、 1993年8月に完成した直後、 ヴェネチア国際映画祭ではフィルム上映さ... [続きを読む]

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