「ジェネラル・ルージュの凱旋」
昨年の「チーム・バチスタの栄光」に続く、海堂尊原作の医療ミステリーの映画化。
前作は、私にはイマイチだった。原作はなかなか面白かったが、映画化に際しアレンジした点がうまく嵌っていなかった気がする。原作では中年男性だった不定愁訴外来医師の田口を、若い女性に変えたのも、映画的には面白い発想なのにストーリーに生かせていなかったし、ソフトボール試合もあまり意味がなかった。ラストの展開もモタついていたように思う。唯一、ロジカルモンスター・白鳥(阿部寛)の存在はユニークでちょっと面白かった。
ミステリーに限らず、小説を映画化する場合、原作の面白さは、作者の文体や筆力(勢い)による場合が多く、基本的に、書かれた文字を読者の頭でイメージ化する小説と、すべてが“絵(=ビジュアル)”を中心に進行する映画とは異なるものである。その為、トリック部分などは文章で読めばごまかされてしまうが、映像化すると意外につまらなかったりする。
昔、森村誠一原作の「超高層ホテル殺人事件」を映画化した時、原作ではなるほどと思った密室トリックが、映像にするとあまりにショボくてガックリした事がある。
従って、映画化には、そうした、映像面での配慮をきちんとしておかないと成功しないように思う。松本清張原作を多くシナリオ化した橋本忍は、その点実にうまかった。後半を原作とはまったく変えて、イメージ映像と音楽を主体にした「砂の器」などは顕著な成功例だろう。
そんなわけで本作も観る前にはかなり不安があった。そもそも脚本が、「REDSHADOW 赤影」、「ドラゴンヘッド」、「252‐生存者あり‐」と、トンデモ駄作づいてる斉藤ひろしが前作に引き続き担当しているから余計不安であった。
ところが、期待していなかったせいか、本作は予想に反してよく出来ていた。前作よりずっと面白い。
舞台は前作と同じ東城大学医学部付属病院。ある日田口医師(竹内結子)の元に、『救命救急の速水センター長は医療メーカーと癒着している』という差出人不明の内部告発文書が届く。院長の依頼を受け、調査に当たった田口は、速水が当の医療機器メーカーの営業マンからこっそり紙袋を受け取る現場を目撃するが、やがてその営業マンが病院屋上から転落死する事件が起き…
面白さの一因は、ジェネラル・ルージュの異名を取る、救命救急センター長・速水(堺雅人)のキャラクターの秀逸さだろう。救急患者をすべて拒まず受け入れ、部下の反感を買いつつも、泰然と構え、いつもチュッパチャプス(飴玉)を舐めている。いったいこの男は天才なのか、賄賂を受け取る悪人なのか、俄然興味津々となる。
そして、同じ主旨の内部告発文書が、厚生省役人の白鳥の所にも、こちらはワープロ打ちで届いていた。何故2通あるのか、何故片方は手書きなのか、それは誰が書いたのか、医療メーカー営業マンの転落死は事故か自殺か、はたまた殺人か…
謎や人物設定を前作と比べ、単純化した分、展開もスリリングで引き込まれる。田口が若い女性である点や、ソフトボール試合が、今回は伏線としてうまく生きている。そして白鳥が相変わらずのキャラで楽しませてくれる。今回は足を怪我し、鬼警部アイアンサイドばりの車椅子探偵役であるのも楽しいし、彼の気配を本能的に感じる田口のリアクションがマンガ的ギャグで笑わせてくれる。ここらは前作を観ていないと面白さは半減する。必ず前作で予習すべし。
そしてクライマックスの、倫理委員会での真相究明から、休む間もない救急臨戦態勢への怒涛の展開が見事。ビジュアル的にも見せ場満点で、映画としてのスケール感も出ている。また、ここでの白鳥の鋭い名探偵ぶりも、千両役者ばりに決まっている。歌舞伎なら大向うから掛け声が上がるところだ。
さらにエンディングがまた素晴らしい。昼行灯かと思われた田口の、速水に対する粋な処置もいいが、ラスト30秒(ぐらいかな?)のオチが絶妙で思わず膝を打った。これはハリウッドの都会派コメディにはよく見られる、いわゆる反復ギャグなのだが、日本映画でこんな粋なラストは珍しい。かつてはダサイと洋画ファンから蔑まれていた日本映画もここまで向上したかと、私は思わず感慨に耽った(と言ったら褒め過ぎか(笑))。
謎がからむミステリー展開の中に、さまざまな人間ドラマや、現代の医療が抱える諸問題も散りばめ、全体としてウエルメイドでユーモラスな味わいに満ちた社会派エンタティンメントの快作となっているのはお見事。斉藤ひろしさん、ちょっと見直しましたよ。
速水に扮した堺雅人が快演。脇役でありながら主役を食う存在感を見せる。―ただ本人はいいのだが、顔が優しいのが唯一の難点。もう少し得体の知れない凄みと怪物性が感じられる役者だったら満点だっただろう。惜しい。ともあれ、最近のミステリー映画の中では上出来の快作である。 (採点=★★★★)
(で、お楽しみはココからである)
原作者の海堂さんによると、1作目「チーム・バチスタ-」を書いた時は、最初主役は田口だけだったのだが、途中でどうしても話が前に進まなくなって途方に暮れたそうである。その時、変人にして怪人・白鳥という人物を新たに創造した事でどんどん筆が進み出したのだそうだ。
このエピソードは、黒澤明監督の「七人の侍」において、脚本チームが途中で、百姓と侍をどう融和させるかという部分で詰まってしまい、まったく筆が進まなくなったが、三船敏郎扮する“菊千代”というジョーカーを創造した事によって一気に話が進み出した…という逸話を思い出させる。
なるほど、白鳥は菊千代か―と得心が行ったのだが、よく考えれば、白鳥を演じた阿部寛は、黒澤リメイク「隠し砦の三悪人」で、オリジナルで三船敏郎が演じた真壁六郎太役を演じている…というのも、奇しき因縁ではある。
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