「愛のむきだし」
これは、凄い映画である。出て来る人間がほとんど全員、異常というか変態。題名からしてヘンな日本語だ。
しかも上映時間がなんと237分!4時間である(途中で10分の休憩が入る)。異常に長い。
だが、全編を貫く異様なテンション、パワフルな映像に身じろぎもせずに観入ってしまい、気が付けばあっという間に終わっていた。
これは、本年屈指の力作であり、傑作である。観ておいて損はない。料金も高い(当日2,500円、シニアでも1,800円)が、「チェ」や「レッドクリフ」Part1、Part2をいっぺんに観たと思えば決して高くはない。
原案・脚本・監督は「自殺サークル」、「奇妙なサーカス」など、異形の問題作を作ってきた鬼才・園子温。本作は第59回ベルリン映画祭にて、国際批評家連盟賞&カリガリ賞をW受賞。
主人公は敬虔なクリスチャン一家に育ったユウ(西島隆弘)。神父の父(渡部篤郎)は、妖艶な女サオリ(渡辺真起子)に溺れ、やがて逃げられる。そのショックから、父はユウに懺悔を強要するが、懺悔のために毎日『罪作り』をエスカレートさせるうち、ユウは女性の股間を狙う盗撮のエキスパートになって行く。そしてある日、ユウは運命の女性ヨーコ(満島ひかり)と出会い恋に落ちる。一つ屋根の下で済むようになった彼ら一家に、やがて怪しげなカルト教団の魔の手が迫る…。
牧師の父の女狂いに始まり、強制懺悔、アクロバティックな盗撮、盛大なパンチラ、男どもをなぎ倒すヨーコの大アクションに至って、やっとメイン・タイトルがバーンと出るが、なんとこの時点で1時間が経過!!ここまでの展開も相当紆余曲折だが、お話はさらに壮大なスケールで突き進み、オウムを思わせるカルト教団の策謀がからんで、最後にやっとヨーコとユウの至高の愛が成就するまで、まさに波瀾万丈、4時間近い上映時間にもかかわらず、ほとんどダレる事もなく、食い入るように画面を見つめた。
よく考えれば、パンチラ、盗撮、勃起、オナニー、変態、同性愛…と、かなり下品で猥雑なネタばかりなのだが、それにもかかわらず、観終わって崇高な気分に充たされる。―それは、早くに母を亡くしたユウが、理想の女性“マリア”に巡り合うことを夢見続けている、その思いが、全編を通しての一貫したテーマになっているからである。父が牧師であり、胡散臭い宗教団体もからむなど、“宗教は本当に人を救えるのか”、というテーマも見え隠れする。
まとめて言うなら、この映画は、下品さと猥雑さ、いかがわしさこそが人間の本質であり、それらを突き抜けた向こうにこそ、至純の、崇高な愛の姿があるのだ、というお話なのである。ユウの、迷い、悩み、傷つき、心がズタズタになりつつも、最後に本物の愛を得るまでの、これは心の旅であり、愛の冒険の物語なのである。
ユウを怪演した西島隆弘や、カルト教団の悪意を代表するコイケを演じた安藤サクラ、いずれも熱演だが、パンチラ(と言うより丸見え)・アクション、下着姿、オナニー、レズまで堂々とやってのけた満島ひかりがなんと言っても素晴らしい。ラスト間際の、聖書の一節を延々とワンカットで喋るシーンも圧巻。ついこの間は、金子修介監督の「プライド」でも、底辺から這い上がるふてぶてしく逞しい女を快演したばかり。TVの「ウルトラマンマックス」でアンドロイドの可愛い娘を演じていた頃からは見違えるほどの大飛躍である。ちょっと早いけれど、私の本年度の主演女優賞は、彼女に決まりである。
題名通り、これはむきだしの人間の本性に迫る愛と感動のドラマである。長尺で、観るのに体力を必要とするが、出来れば劇場で観て欲しい。今のところ、私の本年度邦画ベストワン。必見である。 (採点=★★★★★)
(お楽しみはココからである)
ユウが友人にそそのかされ、女装するくだりで、その服装が黒の帽子に黒のロングコート、名前を“さそり”と名乗るその姿は、'70年代の東映アクション、「女囚さそり」シリーズの梶芽衣子のファッションを思い起こさせる。'70年代の映画を観ている人には懐かしいシーンである(梶芽衣子ファンの中には、むしろそのファッションの原型、日活の「野良猫ロック」シリーズを思い出す方もあるだろう)。
それから考えると、本作にはその他にもいくつか、東映B級セクシー&アクション映画(総称してピンキー・バイオレンスと呼ぶのだそうな)へのオマージュを見つける事が出来る。
まず、セーラー服姿のヨーコの、パンツを派手に見せながらの大立ち回りは、池玲子、杉本美樹らによる「女番長(スケバン)」シリーズを連想させる。
ユウがチンコを勃起させ、ズボンの中でテント立ちさせているお下劣なシーンは、内藤誠監督、梅宮辰夫主演の「ポルノの帝王」シリーズにそっくりなシーンがある。勃起したチンコをシルエットで画面一杯に写し出す爆笑シーンもちゃんと登場している。
そもそも、下品かつ猥雑な場面を満載する事によって、作品に活力とバイタリティと、ハジける笑いをもたらすという構図は、「女番長」シリーズの生みの親であり、東映ポルノ・コメディ路線を確立させた、鈴木則文監督の作品に多く見られる作風である。しかも鈴木監督の作品には、“下品さ、下俗さの中にこそ究極の愛の姿がある”という、本作にも通じるテーマを持つ作品がいくつかあるのである(興味ある方は、鈴木監督が日活ロマンポルノで撮った「堕靡泥の星・美少女狩り」を参照されたし)。
さらには、多岐川裕美のデビュー作でもある鈴木監督の東映作品「聖獣学園」は修道院が舞台であり、キリスト教、懺悔、レズ、十字架…と、本作と共通するキーワードもいくつか登場している。
あと、チンコのテント立ち…も、「トラック野郎」シリーズ(文太がチンコ立ててウロウロするシーンは抱腹絶倒)など、鈴木作品ではお馴染みである。
園子温監督は、ひょっとしたら鈴木則文監督(並びに東映ピンキー・バイオレンス映画)の隠れたファンではないだろうか。一度聞いてみたいものである。
園子温監督自身による原作本
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コメント
この作品素晴らしかったですね!
仰るとおり二本分だと思えばお得なくらいです。
コメディの要素が強いのにシリアスな展開が織り交ぜられていて、笑ったと思ったら息を飲む・・・この連続でした!(良い意味で、ちょっと漫画チック?)
満島ひかり嬢は今後も映画出演作(クヒオ大佐)が控えているとのこと、楽しみです!
投稿: タニプロ | 2009年3月31日 (火) 12:34
TB送信させて頂きました、よろしくお願い致します。
237分という長時間が全く気にならないぐらいの爆発的な面白さでした。
真島ひかり嬢の演技も素晴らしかったです。
どん底に落ちたユウが一気に復活する
あのクライマックスは最高ですね!
思わず笑い泣きをしてしまいました。
投稿: かからないエンジン | 2009年4月 1日 (水) 23:54
>タニプロさん、
いつも情報ありがとうございます。
「クヒオ大佐」については全く知らなかったのですが、調べたら凄いスタッフ、配役ですね。
→ http://www.kuhio-movie.com/
監督が「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」という秀作を作った吉田大八、主演が話題作づいてる堺雅人、松雪泰子に、「愛のむきだし」の強烈コンビ、満島ひかり、安藤サクラが再共演と、顔ぶれ見ただけでも期待が持てます。
しかもキャッチコピーが「父はカメハメハ大王の末裔」…なんじゃこりゃですね(笑)。
今年の秋、公開が楽しみです。
>かからないエンジンさん
こちらもTBさせていただきました。
>どん底に落ちたユウが一気に復活する
あのクライマックスは最高ですね!
同感です。長い紆余曲折、波乱万丈あってこその感動ですね。
今年の映画賞の結果も楽しみです。
投稿: Kei(管理人) | 2009年4月 3日 (金) 01:45
ご無沙汰しています。年末に頑張って書いてます。トラックバック、コメント、ありがとうございます。
渡部篤郎、いいですねえ。仰るように、重力ピエロも短い出演ながら、とても印象的です。
苦しいでしょうが、こういう映画がまだ作れるんですね、日本は。
ところで・・・お勧めの加藤泰監督の「明治侠客伝・三代目襲名」を観させてもらいました。18日で完成させたなんて考えられないバイタリティあふれる作品で、ビデオながら、頭に残りそうです。
こちらは、ビデオレンタル店も少なく、あっても新作や韓流ものばかりで、昔の映画はゼロに近いんです。ツタヤの宅配で最近は観てます。
教えていただき、ありがとうございました。50年代、60年代の日本映画、大好きです。
投稿: 冨田弘嗣 | 2009年12月16日 (水) 02:28