« 「60歳のラブレター」 | トップページ | 「ラスト・ブラッド」 »

2009年5月31日 (日)

「重力ピエロ」

Juuryokupiero (2009年・ROBOT=アスミック・エース/監督:森 淳一)

直木賞候補にもなった、伊坂幸太郎のベストセラー小説を、秀作「Laundry」の森淳一監督が映画化。

仙台市内で、壁や構築物への謎の落書き(グラフィティ・アート)と、放火事件が頻発する。大学院で遺伝子を研究する泉水(加瀬亮)と、落書き消しの仕事をしているその弟の春(岡田将生)は、この二つの間に関連性があること、さらに落書き文字が暗号になっている事に気付き、事件の解決に乗り出すが、その裏には24年前に彼らの家族に起きたある悲しい出来事が絡んでいた…

伊坂幸太郎の小説は、一風変わった、独特の味わいがある。デビュー作の「オーデュボンの祈り」からして、未来を予言するカカシが殺人事件の被害者になる―という、何とも奇妙な作品だし、「アヒルと鴨のコインロッカー」といい、「フィッシュストーリー」といい、どれも一筋縄では行かない、しかし一旦ハマれば中毒になってしまいそうな、ユーモアありミステリーありの、独自の世界観に満たされた不思議な世界が展開する。

そんな伊坂作品の中では、本作はわりと普通の(?)、家族をめぐるジンワリと心に響く、初期の代表作である。

原作を読んだ時は、“これは映画にしにくいな”と感じた。冒頭の「春が二階から落ちて来た」という、文学史に残りそうな名文からして、これは、小説として読んでこそ味わいのあるお話であり、映像化したら作品イメージが壊れてしまうのではないか、と危惧した。

しかし、さすがは「Laundry」で独自の味わいある作品世界を構築した森監督、原作の持ち味(もしくは伊坂ワールド)を壊すことなく、見事に映像化に成功し、なおかつ森淳一作品としても成立させている。原作を先に読んだ方にもお奨めの力作である

 
前述の、「春が二階から落ちて来た」の出だしを、きちんと画にしただけでも秀逸。ここで一気に作品世界に入って行ける。

落書きに描かれたアルファベットが、遺伝子配列の暗号になっている事に泉水が気付く辺りから、謎解きミステリーになって行き、その過程で24年前の連続レイプ事件との関連性が炙り出されるにつれ、春の忌まわしい出生の秘密が明らかになって行くが、やがてお話はミステリーよりも、泉水と春と父との、深い絆に結ばれた家族愛の物語が中心となって行く。

(以下、ネタバレ部分がありますので、映画を未見の方はお読みにならないでください)

春が子供の頃から、絵の天才であった事、泉水が大学院で遺伝子を研究している事から、放火犯人が誰かは、勘のいい観客ならほぼ見当がつく。ただ難しいのは、小説ではなかなか気付かない事が、“画”になると観客には分かってしまうという点である。落書きアートの絵があまりにも上手過ぎ、なおかつ観客は、子供時代の回想で、春が展覧会で金賞を取った絵を見ている。この絵を見れば、あの見事な落書きを描いたのは、春以外にいない事に容易に気付いてしまう。むしろ泉水がなかなか気付かないのが不思議なくらいである。

しかし謎解きは本流ではない。映画は泉水の赤ん坊時代から、二人の仲の良い子供時代を経て現在に至るまでの、泉水と春の成長、それを優しく見守る父(小日向文世)と母の姿を丁寧に描き、どんな不幸な出来事があろうとも崩れない、家族の固い絆が胸をうつ。

この父が、母と初めて知り合う回想シーンにおいて、大変な状況なのに悠然と構えている、という彼の性格が、後の物語の重要な伏線となっている辺りが秀逸。

小日向文世の存在感が見事。いつも笑顔を絶やさない、自分の死期を悟っても、ただ泰然と構えていて、そして家族の中心であり続ける父親像を演じてサマになる役者は、彼以外に思いつかない。一歩間違えれば、ただ気の弱い小心な人間に見えてしまう所を、実は芯が強い、包容力のある理想の父親と思わせるのは、簡単なようで相当難しい。

加瀬亮と岡田将生の兄弟の演技も見事である。鈴木京香の母親も含め、それぞれが役柄を完全に把握し、ドラマに厚味をもたらしている。

そしてレイプ犯、葛城を演じる渡部篤郎である。これがまた見事。ほとんど反省の色を見せず、自分勝手な論理をまくし立てる唾棄すべき悪人を完璧に演じている。刑期を終えているとは言え、泉水たち家族にとっては許されざる存在である。兄弟が殺意を抱くのも当然ではある。…だが、その悪の論理が、自分勝手に生きている多くの人間の本性でもある所が怖い。ともあれ、「愛のむきだし」と本作で、本年度の助演男優賞は確定であろう。

 
人によっては、放火、殺人の春が、裁かれないのは納得が行かないと感じるかも知れない。

だが、伊坂作品の多くがそうであるように、この物語はファンタジーである。彼の描く舞台はほとんどが仙台という実在の街なのだが、物語が進むうち、次第にこの街が、どこでもない、異世界に見えて来る。

ちょうど、リドリー・スコット監督が「ブラック・レイン」の舞台として選んだ、大阪の町が、明らかに大阪でロケしているにもかかわらず、まるで、「ブレード・ランナー」の未来世界(ロサンゼルス)に見えて来るように…。

だから、落書きをしてても、放火しても、どこにも人間の姿(警察も)が見えないという不自然さも、ファンタジーなら納得出来るのである。

「二階から飛び降りる」春にしても、普通なら足を挫くか、大怪我するだろうに、平然としているのもファンタジー的である。

あるいは、超イケメンで、しかも頭脳優秀で、絵の天才でもある“春”そのものが、現実を超越した、天使のような存在なのかも知れない。

ラストで、冒頭と同じシーンで締めくくった演出もうまい。この、「二階から落ち」ても平然としていられるシーンが、題名の由来でもある、「愛さえあれば、重力さえも消してしまえる」という名文句ともリンクしているのである。まさに文学的なエンディングと言えようか。見事。

 
原作の持つテイストを見事に映像として定着させた、これは素敵な秀作である。原作者も、映画の出来栄えに満足しているそうである。

個人的に1点だけ不満を。原作では父親も、入院中のベッドにいながら事件を推理する(安楽椅子探偵のようである)のだが、映画ではそれが省略されていた。これがあれば、父親の人物像がさらに魅力を増したのに。そこがやや残念。    (採点=★★★★☆

 ランキングに投票ください → ブログランキング     にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

(付記)
製作に「タイヨウのうた」「ALWAYS 三丁目の夕日」(小日向文世好演!)と、爽やかな家族愛を得意とするROBOTが参加している点にも注目。ついでながら、アカデミー短編アニメ賞を受賞して話題の「つみきのいえ」(これも家族がテーマ)もROBOT製作作品である。

|

« 「60歳のラブレター」 | トップページ | 「ラスト・ブラッド」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「重力ピエロ」:

» 「重力ピエロ」 [俺の明日はどっちだ]
「本当に深刻なことは陽気に伝えるべきなんだよ」 重く切ないテーマを持ちつつも、軽やかな文体によって描いていた伊坂幸太郎の同名ミステリーを期待以上の仕上がりで映像化した作品。 仙台を舞台に、連続放火事件とその現場で見つかるグラフィティアートの謎を追う兄弟が、やがて家族にまつわる哀しい過去と向き合っていくという物語の大筋はそのままに、多少の割愛はあるものの、ミステリーというより、兄弟と父という3人の“最強の家族”が織り成す、血の繋がりを超えた「家族愛」の物語として、大いに心動かされるのだ。 と... [続きを読む]

受信: 2009年5月31日 (日) 04:00

» 映画 「重力ピエロ」 [ようこそMr.G]
映画 「重力ピエロ」 [続きを読む]

受信: 2009年5月31日 (日) 04:05

» [映画『重力ピエロ』を観た] [『甘噛み^^ 天才バカ板!』]
☆深く重いが、いい作品だった。  私は、ミステリには非常に詳しかったのだが、原作の伊坂幸太郎がデビューした頃から、なかなか読書の時間が取れなくなり、伊坂作品には詳しくない。  でも、先日観た伊坂原作の『フィッシュストーリー』には非常に感心した口だ。  今回の作品の舞台は仙台市内で、確か、『フィッシュ…』も仙台が舞台となっていたような気がする。  作者は仙台出身者なのかな?  私は、昨年、仙台に行ったので、今回の主人公の兄弟が放火犯を追い、仙台市内を巡るのだが、通ったような気がする場所も出て... [続きを読む]

受信: 2009年5月31日 (日) 07:56

» 重力ピエロ [ヒューマン=ブラック・ボックス]
ヒューマン=ブラック・ボックス - 映画のご紹介 (451) 重力ピエロ -原作のしんとした静けさをスクリーン上で静かな映画として再現している。 しかしその同一性だけでは、映画として成功できない。 伊坂幸太郎の小説「重力ピエロ」を映画化...... [続きを読む]

受信: 2009年5月31日 (日) 08:04

» 『重力ピエロ』 [ラムの大通り]
※映画の核に触れる部分もあります。 鑑賞ご予定の方は、その後で読んでいただいた方がより楽しめるかも。 -----これって人気の伊坂幸太郎の原作ニャんでしょ。 彼の小説って次々と映画化されているよね。 「そうだね。 やはりそれだけ人気が高いってことだろうね。 この映画を観ると、その理由もおぼろげながら分かる気もする。 間違っているかもしれないけど…」 ----その理由って? 「ぼく自身は原作を読んでいないし、 これはあくまで『映画を観て』のカッコつきだけど、 彼の本は、 この困難な時代を生き抜くた... [続きを読む]

受信: 2009年5月31日 (日) 09:25

» 重力ピエロ [佐藤秀の徒然幻視録]
公式サイト。伊坂幸太郎原作、森淳一監督、加瀬亮、岡田将生、小日向文世、鈴木京香、渡部篤郎、吉高由里子。伊坂作品らしく仙台市が舞台。母親役の鈴木京香も仙台出身だ。けれど、「最高傑作」、「映像化不可能」の触れ込みの割には、策に溺れるというか、仕掛けに溺れると....... [続きを読む]

受信: 2009年5月31日 (日) 11:07

» 『重力ピエロ』舞台挨拶@新宿バルト9 [|あんぱ的日々放談|∇ ̄●)ο]
基本、キャストが見られないと映画を見ない人w三木聡麻生久美子の『インスタント沼』も観たかったのだが、今回のそんじょそこらの映画サイトより無駄に詳しい舞台挨拶レポートは、 伊坂幸太郎原作の『重力ピエロ』伊坂作品は、今年に入って2作目の鑑....... [続きを読む]

受信: 2009年5月31日 (日) 18:31

» 「重力ピエロ」 [てんびんthe LIFE]
「重力ピエロ」試写会 東京厚生年金会館で鑑賞 何かと話題のこの作品。 「はるが2階から落ちてきた」 という印象的なフレーズ。 これがすごく深い意味をもっていたんですね。 加瀬亮は淡々と兄の役をこなし、岡田将生くんを盛り上げていたという印象。 心理的に重いことを上手に描いていたと思いました。 人のウワサというのは痛いですね。 自分の出生の秘密も厳しい現実をみせつけてくれて、母も子も被害者なんだけど、犯人は何とも思っていないというのがね、気分悪い。 それにしても、渡部篤郎、薄っぺら... [続きを読む]

受信: 2009年5月31日 (日) 22:37

» 重力ピエロ (加瀬亮さん&岡田将生さん) [yanajunのイラスト・まんが道]
◆加瀬亮さん(のつもり)◆岡田将生さん(のつもり)映画『重力ピエロ』に加瀬亮さんは奥野泉水 役で、岡田将生さんは奥野春 役で出演しています。昨日よりついに全国公開されました。●導入部のあらすじと感想... [続きを読む]

受信: 2009年5月31日 (日) 23:18

» 映画 【重力ピエロ】 [ミチの雑記帳]
映画館にて「重力ピエロ」 伊坂幸太郎の同名小説の映画化。 おはなし:遺伝子研究をしている大学院生の奥野泉水(加瀬亮)は、弟の春(岡田将生)から奇妙な話を聞く。春は街の落書き消しを仕事にしていたが、その現場と最近続いている連続放火事件のそれが、すべて共通しているというのだ・・・。 伊坂作品が続々映画化さていますね〜。この原作は5年前に読んでます。 『アヒルと鴨のコインロッカー』や『フィッシュ・ストーリー』のようなトリックのあるタイプの作品は中村義洋監督によって上手く映画化されていたのも記憶に新... [続きを読む]

受信: 2009年5月31日 (日) 23:19

» 重力ピエロ [だらだら無気力ブログ]
伊坂幸太郎の同名小説を映画化。 仙台を舞台に連続放火事件とその現場近くで見つかるグラフィティアート。 ある兄弟が、事件に興味を持ち、その謎を解いていくが、その過程で兄弟の 家族の過去が明らかになっていく。大学院で遺伝子の研究を行っている泉水と芸術的な絵の才..... [続きを読む]

受信: 2009年5月31日 (日) 23:32

» 重力ピエロ [映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子公式HP]
毎度のことだが私は伊坂幸太郎原作の映画とは相性が悪い。残念ながら今回も同じだ。一見関係のない出来事が最後にピタリと合致するのが伊坂ワールドの特徴で、本作もそれを踏襲し、ミステリーとしての完成度は高い。だが、この作者の魅力と言われる名台詞は、文字で読む分は....... [続きを読む]

受信: 2009年6月 1日 (月) 23:28

» 【映画】重力ピエロ [新!やさぐれ日記]
▼動機 駄作だと思ってた小説の映画化 ▼感想 そういうことだったのかっ! ▼満足度 ★★★★★☆☆ なかなか ▼あらすじ 遺伝子を研究する泉水(加瀬亮)と芸術的な才能を持つ春(岡田将生)は、一見すると仲の良さそうな普通の兄弟だ。そんな二人の住む街では、謎の連続放火事件が発生していた。泉水と春は事件に深く踏み込み、家族を巻き込みながら次第に家族の過去にも近づいていく。 ▼コメント 原作読んだ時には全く気がつかなかったが、 「最強の家族」という言葉で巧妙にオブラートに包んだ、 ... [続きを読む]

受信: 2009年6月 2日 (火) 20:44

» 『重力ピエロ』 [京の昼寝〜♪]
□作品オフィシャルサイト 「重力ピエロ」□監督 森淳一 □脚本 相沢友子 □原作 伊坂幸太郎 (「重力ピエロ」新潮社刊)□キャスト 加瀬 亮、岡田将生、小日向文世、吉高由里子、岡田義徳、渡部篤郎、鈴木京香■鑑賞日 5月30日(土)■劇場 109CINEMAS川崎■cyazの満足度 ★★★☆(5★満点、☆は0.5)<感想> 原作は100万部を超えたヒットとなっている伊坂作品。 しかしながら未読。彼の作品を何作か読んだが、共通して底辺にある混沌とした、現代社会からやや逸脱した物語は僕としては... [続きを読む]

受信: 2009年6月 4日 (木) 17:18

» 重力ピエロ [映画、言いたい放題!]
ブロガー試写会に招待して頂きました。 本業の方が忙しかったので 試写会は久しぶりです。(^^) 原作は伊坂幸太郎氏の、 70万部を超える同名の大ベストセラー小説です。 こちらは未読。 遺伝子を研究する地味な大学院生・泉水と 芸術的な才能を持つ2つ年下のイケメンの... [続きを読む]

受信: 2009年6月 7日 (日) 20:49

» 重力ピエロ・リベンジ。 [ペパーミントの魔術師]
SometimesS.R.S 山口卓也 いしわたり淳治 トイズファクトリー 2009-05-20売り上げランキング : 585おすすめ平均 無題新鮮なノスタルジーAmazonで詳しく見る by G-Tools 映画の宣伝と別に CDの宣伝も流れるようになりました。PV見たんですが 岡田将生くんが映画に出てるとき..... [続きを読む]

受信: 2009年6月 9日 (火) 13:26

» 重力ピエロ [★YUKAの気ままな有閑日記★]
伊坂幸太郎さんの『重力ピエロ』は、私が最初に読んだ伊坂作品です。大好きなお話なので映画化を楽しみにしていました〜【story】遺伝子を研究する泉水(加瀬亮)と芸術的な才能を持つ春(岡田将生)は、一見すると仲の良さそうな普通の兄弟だ。そんな二人の住む街では謎の連続放火事件が発生していた。泉水と春は事件に深く踏み込み、家族を巻き込みながら次第に家族の過去にも近づいていくのだが―     監督 : 森 淳一【comment】      じぃぃぃ〜〜〜んボーボーいや〜〜〜良かったじんじんきましたよ〜個人的に... [続きを読む]

受信: 2009年6月27日 (土) 07:04

« 「60歳のラブレター」 | トップページ | 「ラスト・ブラッド」 »