「チョコレート・ファイター」
「マッハ!!!!!!!!」、「トム・ヤム・クン!」などのトニー・ジャー主演による、ノーCG、ノーワイヤー、ノースタントをウリとする格闘技アクションを世に送り出したプラッチャヤー・ピンゲーオ監督が、またしてもアクション映画の快作を作り出した。
しかも今回の主演は、まだあどけない表情の残る少女。演ずるヤーニン・ウィサミタナン(愛称ジージャー)は11歳でテコンドーを習い始め、テコンドー大会で金メダルを獲得した事もある本物の格闘家。その彼女を2年間特訓させ、さらに撮影に2年かけた…という周到ぶり、徹底ぶりにも驚く。それだけの力の入れようは画面からもヒシヒシと伝わって来る。
格闘技の経験もない柴咲コウを1年間訓練させた、というのがウリの「少林少女」など、この作品から見れば子供だましだ(笑)。
一応、病気になった母の入院費が必要となり、主人公ゼン(ジージャー)が、母が貸した金を取り立てに回るが、相手にされない為、やむなく闘うハメになる…という筋立てはあるが、そんなお話などはどうでも良い。ただひたすら、可憐な美少女が、体を張って大の男たちと傷付きながら延々と闘う姿をカメラが追う。…それだけで感動的である。
バトルの場所や戦いぶりもいろいろと工夫が凝らされ、飽きさせない。しかもラウンドを重ねるごとにパワーアップして行き、闘いも熾烈になって行く。
主人公のキャラクター設定もなかなかうまく考えられている。生まれた時から“自閉症”という障碍を抱え、しかしそれ故に、隣のテコンドー道場の練習風景や、テレビ放映の格闘技映画やゲームを見ただけで技をマスターしてしまうという才能が開花し、かつ敵への恐怖心も生まれない…というシチュエーションが説得力を持つ。また演技の未熟さもそれでカバー出来ている。
ブルース・リーやジャッキー・チェンやトニー・ジャーの映画を見て、その技をそっくり真似し、それが闘いに生かされる…という展開がまた、それら先達の格闘技映画へのオマージュにもなっている辺りも、映画ファンの心をくすぐる。
最初の製氷工場での闘いでは、ブルース・リーそっくりのポーズを決めたり、怪鳥音を叫んだりしているのだが、ここは明らかに製氷工場での闘いがクライマックスとなっている、リーの本格主演第1作「ドラゴン危機一発」へのオマージュであろう。
そしてクライマックス、敵のマフィアのアジトでの闘いでは、リーの「ドラゴン怒りの鉄拳」を彷彿とさせる武道場での対戦、次々繰り出される武闘家との死闘と屋上への移動は「死亡遊戯」、壁面でのアクロバット風アクションと地上への墜落…はジャッキーの「プロジェクトA」への、それぞれのオマージュが感じられる。
エンド・クレジットでのNGシーンやメイキングは、一連のジャッキー映画でもお馴染みである。
それにしてもアクション・シーンは凄い。ジージャーの軽やかな動きも見応えがあるが、対戦するスタントマンの頑張りも特筆ものである。ノーワイヤー、ノーCGゆえ、実際に障害物に激突したり、2、3階から転落し地面に激突するまでをワンカットで撮っている(当然、下にマットも敷いていない)。あれでは瀕死の重傷者も出ているのでは、と思いながら観てたが、エンド・クレジットでは本当に大怪我して、病院見舞いされているシーンが出て来る。ジージャーも出血や打撲の手当てを受けている。このシーンからも、作品に賭ける監督や出演者の意気込みが伝わって、私は不覚にも目頭が熱くなった。
映画史を振り返れば、サイレント時代のコメディ映画は、それこそワイヤーもCGもなく、主演者もスタントを使わず、全部自分で演じていた。
ハロルド・ロイドという人は、「用心無用」(23)という映画で、目も眩むビルの上を命綱もなしで動き回り、大時計の針にぶら下がり、あわや落ちそうになるシーンを演じている。ジャッキー・チェンが「プロジェクトA」で引用しているのがこの映画である。ロイドは撮影で何度も重傷を負い、この作品の前にも撮影中に小道具の爆発事故で右手の親指と人差し指を失っており、このビル登りも義指をつけて撮影に挑んだという事である(余計危ないじゃないか)。
バスター・キートンもハラハラするような危ないシーンを、ノースタントで自分で演じている。「荒武者キートン」(23)では、滝壺に堕ちそうなヒロインを、ロープを使ってターザンばりに救出する危険なシーンを本人が演じている(トリックは一切使っていない)。走行する列車の直前を自動車で横切ったり、ハシゴを倒して隣の建物に飛び移ったり、一歩間違えれば重傷どころか死にかねない危険なシーンがキートン作品には頻出する。「キートンの蒸気船」(28)でも、二階建ての家の壁面が倒壊してあわや下敷きか、と思わせて、実は丁度窓の箇所に立っていて難を逃れる危ないシーンが出て来るが、これも計算が狂えば即死である。なお、このシーンも、ジャッキーの「プロジェクトA2」でまるごと引用されている。
ジャッキー・チェンは、こうした体当たりで熱演するロイドやキートンを深く敬愛しており、オマージュを捧げるだけでなく、体を張って危険なシーンにチャレンジするのも、彼らへの敬愛の表れであると言えるだろう。
そうした、キートンやジャッキーらの命がけの、言い換えれば映画の黎明期から脈々と繋がる、原初的な映画の面白さ、醍醐味を継承しているのが、ピンゲーオ監督らによるタイのムエタイ映画であると言えよう。
その映画史に、また新たに記念碑的な本作が加わったと言える。アクション映画ファンのみならず、古くから映画を観てきた生粋の映画ファンも必見である。ただ、やや凄惨なシーンもあるのでその点は覚悟が必要か。
それにしても残念なのは、これほどの傑作が、全国でたった8館でしか上映していない!!
関西地区では、京都と、大阪ではなんばパークスシネマのみ。梅田でも、神戸でも上映されていない。どうしても観たかった私は、わざわざ難波まで出向き(しかも駅から無茶遠い!)、その上仕事が終わってからだと21:10からのレイトショーでしか観れない!!!
おかげで家に着いたら深夜12時を回っていた!!!! なんでこんな苦労せにゃならん !!!!!
配給会社が東北新社という、マイナーな会社であるせいかも知れないが、それにしても、噂を聞くほど映画ファンが観たくなる必見作であるだけに、もったいない事である。なんとか、シネコン辺りが努力して、幅広い公開を望みたいものである。 (採点=★★★★☆)
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コメント
TBありがとうございます^^
久々に現れた大型新人ですよね。しかも女優!昔のジャッキーやブルース・リーを髣髴とさせるアクションを、ぱっと見あどけない少女がやっちゃうところがすごいです。エンドロールみると、皆さん怪我しまくりのようでしたけど、ジャッキーも骨折のあとは数え切れ無いほどだっていいます。やり本物はそれだけで人をひきつけるんですねぇ。
投稿: KLY | 2009年6月14日 (日) 09:07
こんにちは。
Keiさんほどの方から、
コメントいただけて、もう感無量です。
いつも、その映画に対する博識と文章の構成力に感心しながら
拝見させていただいておりました。
この映画、ぼくも
ブルース・リーの3本の香港映画。
そしてジャッキーの『プロジェクトA』、
そしてその母胎である
ハリウッドのサイレント・コメディを思いながら
からだが(そして心も)震えていました。
ここにはCGでは生み出せない、
映画本来の感動があります。
次回にも期待したいと言いたいところですが、
続けて生まれるというのは難しいだろうなあという気も
一方ではしています。
投稿: えい | 2009年6月14日 (日) 13:49
コメント消えてしまったのであらためて。
>全国でたった8館でしか上映していない!!
そうだったのですか。東京では一応新宿のシネコンでやってるんで知りませんでした。
阿部寛を前面に出せばなんとかなりそうですけどね。
投稿: タニプロ | 2009年6月15日 (月) 00:35
こんにちは、TB送信させて
いただきました。
こんなに面白い映画なのに、本当にヒットしてませんよね。
大阪でも一館だけとかあまりにも少な過ぎますよ。
アクションが好きな人でも観ていない人が多くて、ちょっとガッカリです。
投稿: かからないエンジン | 2009年6月17日 (水) 07:01
KLYさん
>やはり本物はそれだけで人をひきつけるんですねぇ…
蹴りも、マネじゃなくて本当に当ててるそうですね。だから痛みが直に伝わって、主人公たちに感情移入できるのでしょう。
映画の原点に立ち帰ったこの映画は、CG・ワイヤー万能で、生の痛みを忘れた現代の安直な映画作りへの、痛烈なアンチテーゼだと言えるのかも知れませんね。
えいさんへ
いやーお恥ずかしい。穴があったら入りたいです。 (^ ^;
>次回にも期待したいと言いたいところですが…
ジージャーは既に次回作の撮影真っ最中だそうです。あまりに傑作が誕生してしまうと、次回作のハードルが高くなり、痛し痒しですが、それでも期待したいですね。楽しみです。
タニプロさん お久しぶりです。
こんな面白い映画をヒットさせられない(と言うか全国の映画ファンに見せてあげられない)から、洋画全体の観客動員がジリ貧になってるのも仕方のない所ですね。
>阿部寛を前面に出せばなんとか…
阿部チャンを出してこれですから、出てなけりゃ公開も危ぶまれたかも。
実際、トニー・ジャーが自分で監督・主演した「マッハ!!」の続編(タイでは興収1位)も我が国では未公開ですからね。
配給会社、しっかりせいっ!!
>かからないエンジンさん
客が入らないから公開規模が小さいのか、
公開規模が小さいから客が入らないのか、どっちなんでしょうね。
「ルーキーズ」のような、テレビドラマの延長作品にドッと客が押し寄せてる現状を見るにつれ、どっかおかしい、と感じざるを得ないですねぇ。
投稿: Kei(管理人) | 2009年6月18日 (木) 01:01