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2009年7月13日 (月)

「ウルトラミラクルラブストーリー」

Urutramiraclelovestory (2009年・日活/監督:横浜 聡子)

「ジャーマン+雨」という風変わりな作品で日本映画監督協会新人賞を受賞した31歳の新進監督、横浜聡子の、劇場長編映画第1作。

青森県のある田舎町。水木陽人(松山ケンイチ)は祖母の柴田もつ(渡辺美佐子)と農業を営んでいた。ある日、町に保育士の神泉町子(麻生久美子)がやって来て、幼稚園で働き始める。町子は、恋人、島田要(ARATA)を事故で失っていた。陽人はそんな町子に一目惚れし、つきまとうが、そのストーカーまがいの行動に町子は困惑する。ある日、興味半分で土に埋まった陽人は農薬を被ってしまい、急におとなしくなってしまう。

実は観る前は、僅かの事前情報から判断して、少し頭の弱い青年と、恋人を失った女とのピュアなラブストーリーだとばかり思っていた。

(以下、ネタバレしますが、映画を観る前に必要な情報だと思いますので書いてしまいます。読まれる方はそのつもりで…)

ところが、どうも途中から、“これは違うな”と思い始め、首のない要が登場してからは??となり、ラストのオチには唖然としてしまった。

これは明らかに、“普通”の作品ではない。俗に“難解映画”と呼ばれるジャンルの作品である。

初めからそういった作品である事を知っていれば、それなりの心構えで観るので、また違った感触を得たかも知れない。これから観る方は、そういう映画である事を承知の上で映画館に行っていただく事をお奨めする。

 
では、面白くないかというと、そうではない。見方を変えれば、これはとても刺激的で、ユニークな異色作である。

確かに、訳の分からない映画ではあるが、訳が分からない映画=駄作・失敗作ではない。例を挙げれば、S・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」は、公開当初は観客のみならず、評論家ですらさっぱり分からんと不評だったが、今ではオールタイム・ベストテンでベストワンになるほどの古典的名作として評価が定まっている。
鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」も難解だが、その年のキネ旬ベストワン、日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞するなど、名作の誉れが高い。

そんなわけで、これはそういった作品と同様、作者の意図を、さまざまなキーワードを基に読み解く事によって、いろんな楽しみ方が出来る作品なのである。デヴィッド・リンチや、鈴木清順や、三池崇史監督作品を好きな方なら、この作品も楽しめるはずである(と思う)。
では、私なりの解読を…

 
この映画は、生者と死者が交じり合うドラマである。首のない体で歩く要は、明らかに死者である。また農薬(=)を浴びた陽人はやがて心臓の音がしなくなる。この時点で陽人も、体は死んでいるのである。首のない要は、“”を失っているが、心臓が止まった陽人は逆に体は死んで脳だけが生きている存在である。つまり陽人は、生者と死者との境界にいるのである。
ラストで脳をクマに食わせる事によって、陽人は心も体も死んでしまった事になるのである。

青森が舞台…という点もミソである。青森は死者の霊を呼び寄せる恐山のイタコが存在する土地であり、もともと生者と死者との境界があいまいな土地である。町子も、死んだ要の気持を知りたくて青森にやって来て、藤田弓子扮するイタコに会う。

そういう点では、この作品は、前述の「ツィゴイネルワイゼン」と似たスタンスを持っている。あの作品も、途中から生者と死者の境界があいまいになって行き、“生きてる者は死んでいて、死んでる者は生きている”というテーマが鮮烈に打ち出されていた。

本作は、言わば21世紀の(もしくは平成の)「ツィゴイネルワイゼン」とでも言える作品なのである。

ラストで、何故クマに脳を食わせるのか…と疑問を抱く人もいるだろうが、東北地方やアイヌ文化では、クマは神の使い…とされていた事を知っていれば納得が行くだろう。弥生時代の津軽(青森)では、クマ意匠の遺物が多数出土しているそうだが、これも当時のクマ信仰によるものだ、という説がある(出典:陸奥新報・2008/1/21)
(ちなみに、神代(くましろ)辰巳監督の名前のように、“神”を“クマ”と読ませるのも、そこに由来しているのだそうだ)

陽人の脳を、神の使いであるクマに引き渡す事によって、陽人の魂は神に召されたのである。

 
もう一つの裏テーマは、何事にも束縛されない自由人(陽人)と、常識やルールに縛られ、定められた規格の中でしか生きて行けない現代人とを対比させ、“生きているとはどういう事なのか”を考えさせる事にある。

(名前もそれらの暗喩になっている。陽人とは太陽の子=即ち自然児を示し、町子は、町(=都会)からやって来た子、即ち常識やルールに束縛された現代人を示す。要は、その両者をジョイントする扇の要の位置にいるのである)

陽人が作る野菜は、農薬を使わない(葉っぱに青虫が這うシーンが冒頭に出て来る)。自然のままの野菜である。陽人も言ってみれば奔放に生きる自然児である。

だが、現代人である町子と一緒になりたいが為に、農薬を浴びる。つまりは、自然児である事をやめて、束縛された現代人に同化しようとするのである。農薬を浴びた後、陽人が奔放さを失い、常識人に近づいた言動になるのはそれ故である。

自由人である事を自らの意思で止めてしまった陽人は、自らの生きる拠り所を失ってしまう。従って彼は必然的に死ななければならないのである。しかし、町子への思いはせつないほどに強い。よって、身体は死んでも、精神(=脳)だけはなおも生き続けるのである。

自由人、自然児の時の陽人を、生きた人間とするなら、その対極にある、町子たち束縛された現代人は、果たして生きていると言えるのか…(前掲の「ツィゴイネルワイゼン」のテーマを思い起こすべし)

…という具合に読み解いて行けば、これは我々現代人にとって、とても刺激的で考えさせられる作品であると言えよう。

以上は、私なりの解釈だが、観た人がそれぞれ、自分なりにいろいろと考え、さまざまな解釈や作品解読を行えばいい。それに賛同するもよし、異論を唱えるもよし。ブログでも、いろんな解釈が出ているようだが、それらを読み比べてみるのも一興だろう。…もっとも、こういう映画は、あまり理論詰めに解釈してしまうと、却ってつまらなくなってしまうかも知れない。何も考えず、感じるままにまかせる方でもいいのかも知れない。

あと褒めておきたいのが、子供に対する演技指導である。ほとんど素人の子なのだが、実に自然で、芸達者な俳優の演技に引けを取らない(これは前作でも感じた)。新人監督で、ここまできちんと演出出来る人は少ない。松山ケンイチの、見事に役に同化した演技も素晴らしい。

 
――と、一応褒めたうえで、残念な点がいくつか。

まず、細かい所までもう少し、周到に伏線を張っておくべきである。ラスト間際で、突然陽人が猟師にクマと間違われて射殺されるのだが、これが唐突。前段で、クマがよく出没するとか、クマは神の使い、と言うさりげない会話を挟んでおくとかしておくべきである。

陽人は明らかに知的障害であり、落ち着きがなく、キレるとその辺のものを手当たり次第に投げ飛ばすなど、普通の生活になじまない様子である。一方でトラックを運転するシーンがあるが、あんな情緒不安定では免許試験に合格出来ないと思えるのだが。

農民とケンカして、トラックの野菜をぶち撒けるシーンがあるが、これはやり過ぎ。野菜を作っている農家の人間は、大事に育てた野菜を粗末に扱う事などあり得ない。陽人のキャラクター設定について、もう少し整合性を持たすべきである。

ラストの、クマに脳を放り投げた後の町子の表情が、微笑んでいるように見えるのだが、これで良かったと思っているのか、とりあえずクマの注意をそらしてホッとしているのか、いま一つ読み取れない点も残念。これが小説かシナリオなら、町子の気持ちを文章で表現出来るのだが、映画は映像だけで伝えなければならず、従って心の中までは、観客に伝え切れないのである。ここは工夫が必要だった。

そういう難点が生じるのは、やはり実作経験の少なさが原因だろう。鈴木清順も、三池崇史も、B級プログラム・ピクチャーを量産し、そうした中からやがて「けんかえれじい」「中国の鳥人」などの、丁寧で評論家からも評価される力作を産み出すに至っている。そうした監督としてのキャリアを積んでいるからこそ、そこからの逸脱にも説得力が生まれるのである。

 
脚本・監督の横浜聡子は、キネマ旬報誌で「天才候補!?」と冠されるくらい、その才能を評価されているのだが、「天才」でなく、「候補」(それも!?付き(笑))となっている点が微妙である。

つまりは、才能は認めるが、まだまだ原石の状態で、これからの切磋琢磨で、本物の天才になるか、はたまた未完の大器で終わってしまうのか、まだ未知数…という事なのだろう。

しかし、日活など製作委員会がからんだ商業映画の枠内で、これだけの奇怪な作品を作り上げてしまうのもある意味大したものである。…もっとも、脚本をきちんと吟味出来るプロデューサーがいなくなった今の時代だからこそ可能だったとも言えるのだが。

まだ商業映画はこれが第1作。次作でどのように成長するか、見守って行きたいと思う。      (採点=★★★★☆

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コメント

変な映画ですが、クセになりますよねえ。

でも「ジャーマン+雨」よりはあきらかに脚本の精度は上がってますから、十分に期待できますよ!

ちなみに先日ティーチインに行ったんですが、明らかに「言葉で説明するのは苦手です」といったタイプの監督さんでした(笑)もう少し饒舌な人柄を想像してましたけど。

「わかりずらいと言われたので小説版を書いた」と言ってたので、意外と気にしているんですかね。

投稿: タニプロ | 2009年7月19日 (日) 00:27

昨日、作品を観ました。
あなたとほとんど同じ解釈で観ていたので、驚きです(笑)
首のない要、心臓の音が聞こえない陽人。熊の存在。名前の由来。運転免許のこと。子供達の自然な演技。
監督の舞台挨拶付きでしたが、未見の作品でしたので、鑑賞後の思いを監督には伝えられませんでした。

予備知識のないままに、劇場に行ったので、陽人が着ていた緑ジャージが、私が着ていた緑ジャージとかぶり、マツケンマニアだとお客さんや監督に思われていたのかと思うと恥ずかしいです(爆笑)

投稿: こうちゃん | 2009年7月19日 (日) 14:04

この作品を観たとき、どうしようもなく気持ち悪く思いました。
そしてそれは全て「ラスト」の所為だと思っていました。
こちらの解釈を読んで、胸のつかえが取れた気がします。
ラストが唐突すぎたのが気持ち悪かったんだ。
ま、ラスト自体が気持ち悪い事に変わりはないけど。
でも、そうか。うん、納得。
これでゆっくり眠れそうです。
ありがとうございます。


投稿: | 2009年7月23日 (木) 02:17

はじめまして。なるほど熊は神の使いなんですね。

運転免許や野菜を叩きつけるところもそうですが
農薬を販売する杜撰さにひっかかりを感じました。

無邪気な衝動でも成年男性であるため騒ぎが大きく
つい現実に引き戻されて色々考えてしまったからか
ラストの微笑みは解放された安堵感のように感じました。
これで「毎日一緒に散歩」をする必要がなくなりましたから。

予告編の知識だけで足を運びましたが
個人的ですがこういう人に付きまとわれた記憶が先に立って
かなりの部分を楽しんで観ることができず残念です。

投稿: 私もちょっとだめでした | 2009年8月 2日 (日) 23:16

今になって「あ!」と思うことがありました。
僕も鈴木清順監督に近い匂いを感じてましたが、むしろ「女性版相米慎二監督」なんではないかと思い始めました。
何となく「台風クラブ」見てて思いました。「ジャーマン+雨」はまさしく現代の「台風クラブ」なんじゃないかと思います。
こう考えると「天然コケッコー」の山下敦弘監督が横浜聡子監督を絶賛するのも何だかナットク!相米慎二監督って偉大!


投稿: タニプロ | 2010年4月12日 (月) 19:16

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