「3時10分、決断のとき」
(2007年・ライオンズゲート/監督:ジェームズ・マンゴールド)
1957年製作の西部劇「決断の3時10分」(57)の50年ぶり!のリメイク。
原作は、「ジャッキー・ブラウン」等でも知られる犯罪小説作家、エルモア・レナードが初期の頃に書いた短編西部劇小説「3:10 to Yuma」(53)。
かつては狙撃の名手だったが、南北戦争で片足を負傷し、今は妻と2人の息子と共に、アリゾナで小さな牧場を営むダン・エヴァンス(クリスチャン・ベール)。しかし干ばつが続き、借金の取立てに遭って生活は苦しくなり、このままでは土地を取り上げられてしまう窮地に立たされていた。そんなある日、町で捕まった強盗団のボス、ベン・ウェイド(ラッセル・クロウ)を裁判所のあるユマへ連行する護送役を引き受ければ200ドルの報酬が出ると聞き、ダンは家族の生活の為、父親としての誇りの為に過酷な任務に旅立つのだが…
オリジナルは、「折れた矢」などのデルマー・デイヴィスが監督し、グレン・フォード(ベン)、ヴァン・ヘフリン(ダン)が主演した、あまり有名ではない、いわゆるB級西部劇である。
しかし、東映任侠映画や、日活アクション映画がそうであったように、低予算のB級活劇でも、無数に作られた中に、キラリと光る力作があったりするものである。
J・マンゴールド監督は、17歳のころにこのこの作品を観て感銘を受け、いつの日か自らの手で映画化したいと思い続けて来たたという。自身が有名な監督になってからもリメイクの企画を出すが、西部劇がほとんど作られなくなった現在ではなかなかゴーサインが出ず、ついに自身のプロダクションで製作することを決意し、執念で完成させた。アメリカで公開された時は初登場1位になったほどの成果を収めたが、我が国では長い間おクラになっていて、本国より2年遅れ、ようやく公開された事は西部劇ファンにとっては喜ばしい。
で、作品だが、面白い!
冒頭、主人公の自宅が襲われ、放火されるアクシデントがあったかと思うと、続いてベン・ウェイド率いる強盗団が駅馬車を襲撃する、いかにも西部劇的シークェンスがあるなど、次々と見せ場が用意され、アクション映画として、滑り出しは上々である。
その後は、捕まったベンを護送する道行きでのさまざまな難関、ベンの逃亡、追跡、脱出…等、これまたサスペンスフルな展開となり、クライマックスでは列車の到着時刻(これが“ユマ行き3時10分”という題名の由来)までに停車場にたどり着かなければならないタイムリミット・サスペンスに、襲い来る敵との大銃撃戦…と盛りだくさんで、まさに娯楽映画の王道。これだけでも充分楽しめる。
だが、この映画の本当の見どころは、題名通りの、ダン・エヴァンスの父親として、男としての勇気ある“決断”である。
ダンは牧場経営がうまく行かず、息子たちからもやや白い目でみられている。のっぴきならぬ状況に追い込まれたダンが金の為、家族を残して護送役を引き受けるわけなのだが、そこに14歳の息子、ウィリアムがこっそり後をつけて来る。これがダンの心を変えて行く。
ベンとダンは、護送の道行きを通して、助けられたり助けたりと、次第に心を通わせて行くのだが、百戦錬磨のダンは彼の弱みをも突き、「俺を逃がしてくれたら1,000ドルやろう」と提案する。ダンは迷う。金は欲しいが、金に目が眩んで悪人を逃がせば、ますます息子に軽蔑されるだろう。
この仕事は、金だけではない。男の意地なのである。
ダンは子供たちを深く愛しており、息子に、男とはどうあるべきかを見せる為に、どんなに過酷な状況に追い詰められようと、毅然と悪に対抗しようと決断する。
ダンの部下たちが町にやって来て、ベンを捕らえている男たちに懸賞金をかける。多勢に無勢。町の保安官たちも恐れをなして逃げてしまい、味方は誰もいなくなる。鉄道会社の依頼人から、200ドルはやるから逃げろ、と勧められるが、それでもダンは逃げない。息子の前で、絶対にベンを3時10分の列車に乗せる…と誓う。
ベンはあきれるが、ダンの心意気に惚れたベンは、一緒に駅まで行ってやろうと決める。
ベンもまた、男の決断をするわけである。
ここから後の、敵の銃弾をかいくぐりながら、二人の男が走り、駆け抜けるシークェンスは圧巻である。男の意地と、友情が迸る。手に汗握ると同時に、男たちの心意気に胸が熱くなる。
これはまさに、この所絶えて久しかった、“男たちの熱い心意気のドラマ”である。泣ける。
そしてラスト、ウィリアムがつぶやく「父さん凄い、本当にベンを列車に乗せたよ」のセリフに私はドッと涙が溢れた。
命を賭けて、息子に、父親として、男の真の姿を見せた、ダンの勇気と決断に涙が止まらなかった。素晴らしい傑作である。
男が、命を賭けて、未来ある子供に熱い思いを伝えるドラマ、という点で、これも今年の傑作、イーストウッドの「グラン・トリノ」と共通する要素も持っている。これらと、ミッキー・ローク主演の「レスラー」と合わせて、“泣ける、男たちの心意気のドラマ”3部作と名付けたい。これらが、(製作年度は違うのに)我が国では同じ年に公開された、というのも不思議な巡り合わせである。
役者では、ラッセル・クロウがいい。仲間でも平然と殺す悪人であるのに、何故か憎めない。鉛筆でスケッチ画を描くという趣味の良さが、この男のキャラクター造形に厚みを加えている。ウィリアムが、ベンに人間的魅力を感じ、「あんたは本当の悪人じゃない」と言うくだりも、ラストへの伏線になっている。脚本が見事。クリスチャン・ベイルも、やや線が細い気もしないでもないが、クロウを引き立て、最後はおいしい役どころをさらっている。あとベンの片腕の凶悪だが腕の立つガンマン、チャーリーを演じたベン・フォスター、エンドクレジットでやっと気が付いた、老人のガードマン、ピーター・フォンダがそれぞれ味のある好演。役者がみんないい。
これほどの傑作なのに、東京でも1館、関西でも大阪、京都各1館で神戸での公開は未定。評判がいいのだからもっと宣伝して全国規模で公開すべきである。
それでも、根強い西部劇ファンが多いせいか、ミニシアターで公開された初日に出かけたらなんと満席立ち見だった。観客の方がよく分かっている。今後、評判を呼んでシネコンなどで上映館が拡大される事を切に望みたい。映画ファン必見である。 (採点=★★★★☆)
(さて、お楽しみはココからだ)
1957年に公開されたオリジナル版、「決断の3時10分」の冒頭(メイン・タイトル部分)の映像をYoutubeで見つけたので紹介しておく。 ↓
http://www.youtube.com/watch?v=nkXDLNRVMxY&NR=1
なんと主題歌を歌っているのがフランキー・レイン! 「OK牧場の決闘」 「ローハイド」(クリント・イーストウッドのTV出世作)などの名曲でお馴染みの、あの人である。
この作品は、その頃無数に作られていたB級西部劇の1本であり、それ故ほとんど話題にもならず、キネ旬ベストテンでは完璧に無視され、誰も1点も入れていない。
だが、よく見ればこの作品、過去に作られた西部劇のパターンが巧みに網羅されており、なおかつ後に登場するいろんな西部劇にも本作のエキスが感じられるのである。
そういう意味では、オリジナル版は再評価されてもいいのではないかと思う。
以下、いくつか気が付いた点を挙げておこう。
まず、開巻の駅馬車襲撃シークェンスは、ジョン・フォードの名作中の名作「駅馬車」(39)を彷彿とさせる。
(上記Youtubeで観られる、オリジナル版のメイン・タイトル部分の、モノクロで撮影された駅馬車疾走シーンは、フォード版「駅馬車」と見まがうくらいそっくりである)
主人公一家の、牧場を営んでいるが、立ち退きを要求され執拗な嫌がらせを受けている、という設定は、名作「シェーン」(53)ともよく似ている。
ラストにおけるシェーンの、“男とはどうあるべきか”を子供の心に刻み込む為、無謀な決闘に赴く展開もまた本作と共通する(ただしオリジナル版にはこの設定はなく、リメイク版で追加された要素である)。
ちなみに、オリジナル版でダン・エヴァンスを演じたヴァン・ヘフリンは、「シェーン」のあの牧場主を演じた俳優である。
つまりはヴァン・ヘフリン、両作で同じような役柄を演じた事になる。これはむしろ製作者が「シェーン」にあやかったフシが覗える。
これも名作「真昼の決闘」(52)では、12時に到着する列車を待っている設定、町の人々が誰も味方になってくれず、主人公がたった一人で闘わざるを得なくなる…という展開が本作とよく似ている。ちなみに前述のフランキー・レインが、この作品の主題歌「ハイ・ヌーン」をカバーして歌っている、という事実も興味深い。
つまりはオリジナル版は、それまでに作られたいろんな名作西部劇のエッセンスを巧みに取り入れ、消化していると言えるのである。
逆にその後作られた、ジョン・スタージェス監督の佳作「ガンヒルの決斗」(59)は、主人公カーク・ダグラスが、親友アンソニー・クインの息子である犯人を捕まえ、列車に乗せて連れ帰る事となり、その列車の到着を待つ間、犯人奪還を狙う一味の執拗な攻撃にさらされる…という話で、「決断の3時10分」から基本アイデアをうまくいただいている気がしないでもないが、豪華スターの競演とスタージェス演出の巧みさで、映画史的にはこちらの方が名作として知られているのは皮肉である。ちなみにフランキー・レインの大ヒット曲で知られる「OK牧場の決闘」を監督したのもジョン・スタージェスである。
また、家族と牧場を営んでいた主人公が、懸賞金目的の為旅立つ…という設定は、クリント・イーストウッドの傑作「許されざる者」(92)にも登場する。
こういった具合に、「決断の3時10分」という映画は、よほどの西部劇ファンでない限り、知っている人は少なく、ほとんど忘れられた作品なのだが、上記に述べたように、さまざまな名作西部劇とリンクする普遍的な要素を多く持っており、映画史の上でもう一度見直すべき作品ではないかと私は思う。
ジェームズ・マンゴールド監督がこの作品を忘れられず、執念の末に再映画化にこぎ付けたのも、そう考えると理解出来るのである。
本作の公開を機会に、もう一度「決断の3時10分」に光が当てられる事を、切に期待したい。
(8/29 付記)
無類の西部劇ファン、川本三郎さんと逢坂剛さんの共著「大いなる西部劇」(新書館・刊)を読み直していたら、この「決断の3時10分」の話が何度も出て来る。逢坂さんが選んだ、西部劇ベスト10にも、この作品が入っている。西部劇をこよなく愛する逢坂さんの、目のつけ所は違うと感心した。川本さんもこの作品について何度か言及している。
その川本さんの著作「ロードショーが150円だった頃」(晶文社・刊)にも、「決断の3時10分」について語った部分がある。「ガンヒルの決斗」や「真昼の決闘」との類似点についても述べられている。この本を読んだのは随分前で、内容はすっかり忘れていたのだが、私と同じような意見で、我が意を強くした。
ところで、その文章中に、次のような箇所があって驚いた。
ウィノナ・ライダー、アンジェリーナ・ジョリー主演の「17歳のカルテ」(99)の中に、テレビで、この「決断の3時10分」が放映されているシーンがあるのだという。
私もこの作品は観ているのだが、気が付かなかった。さすが川本さんである。
で、この「17歳のカルテ」を監督したのが、他ならぬ本作の監督、ジェームズ・マンゴールドなのである。
監督が、「決断の3時10分」を偏愛して、ついに自らリメイク映画化した事は上に述べたが、自作の中にまでワンシーンを登場させていたとはねぇ。この頃から、リメイクしたいという思いが募っていたのだろうか。興味深いエピソードである。
DVD オリジナル版 「決断の3時10分」 |
そのワンシーンが登場する 「17歳のカルテ」 |
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コメント
こんにちは。
本当にこの映画は、奇跡的なほどの傑作。
この作品について書かれている方のレビューは、
みんなその想いが熱く、
ぐっと引き込まれながら読んでしまいます。
その昔、池袋文芸坐で「陽の当たらない名画座」という特集がありましたが、
いまならこれはその筆頭格ですね。
映画館にご年配の方が多く押しかけているというのもうれしいです。
そのころの名画座ファンも多いのではと、
少しわくわくした気持ちになります。
投稿: えい | 2009年8月28日 (金) 12:42
アマルフィとかMWとか減らして、こういうのたくさん上映すればいいのに・・・
最近観たいのがどんどんDVDスルーなんで、上映されるだけ良いと思うべきなんでしょうか?
こういう映画って、「僕は登場人物で、どっちかというと××派!」ってなりますが、この作品はどっちも魅力的でしたね!
C・ベイルは、ヒーローとかよりこういう役のほうが似合うと思いました!
投稿: タニプロドットコム | 2009年8月29日 (土) 12:40
チョコレート・ファイター、レスラー、3時10分決断の時、と映画の好みが似ているので、レスしてみます。
「3時10分・・・」は、東京で2回、大阪で1回観てまして、まだ観たいと思うほどです。
どれもが、上映館が極めて限定されてあまり話題にならずでも固定ファンがついて、そしてひっそりとその上映が終わっていく映画でしたね(3時10分は未だ上映中ですが)。
でも、どの映画もその爆発力をじっくりと味わえました。そんなよい夏だったと思うのです。
裏世界、負け犬、信念、意地、どれもが今の世相には合わないけど、映画の醍醐味を味わうにはもってこいだった気がします。
投稿: ほんだわら | 2009年8月31日 (月) 22:44
力の入ったレビューですね。
この作品、観た者を熱くする作品なのか、読み応えのあるレビューが多く、それが口コミにかなり効いてるのだと思います。
ファーストランが終わったあとも、これからが本番ととらえて、公開を拡大してもらいたいですね。
投稿: ノラネコ | 2009年8月31日 (月) 23:01
はじめまして!子供の頃、西部劇は親に勧められTVで観ていました。本作の公開時、普段のホームとしているシネコンでやっていたのに見逃してしまい、ようやく新橋の名画座で観ることができました。こういう男同士の熱いストーリーが、やっぱり一番好きかも…と再認識させられた感じです
投稿: ルルママ | 2010年1月10日 (日) 12:56
いっぱいコメントいただいてたのに、ほったらかしてすみません、えいさん、タニプロさん、ほんだわらさん、ノラネコさん、
遅まきながらお礼申し上げます。
で、ルルママさん、ようこそ。
これは、西部劇ファンなら放っておけない秀作ですね。
>こういう男同士の熱いストーリーが、やっぱり一番好きかも…
同感です。やはり日本人なのでしょうか、男心に男が惚れた♪ てのにはジーンと来ますね(て、外国映画見てなんでそう思えるんでしょうか(笑))。
投稿: Kei(管理人) | 2010年1月12日 (火) 00:14