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2009年8月 2日 (日)

「アマルフィ 女神の報酬」

Amarfi (2009年・東宝/監督:西谷 弘)

フジテレビ開局50周年記念…という事で、全編大々的なイタリア・ロケが行われた、スケール感溢れるサスペンス・ミステリー。監督は、東野圭吾原作ミステリー「容疑者Xの献身」の映画化を成功させた西谷弘。

クリスマス直前、外務大臣のG8参加で準備に追われるイタリアの日本大使館に、外交官黒田(織田裕二)が着任する。同じ頃、日本人観光客、矢上紗江子(天海祐希)の一人娘が失踪する事件が起き、黒田は上司の命令により、イタリア語の喋れない矢上につきそう。そうするうち、犯人から、多額の身代金を要求する連絡が入り、黒田が電話に出るが、やがて事件は予想もしない方向に展開して行く…

出だしはなかなかスリリングで快調である。現地の協力による大掛かりなロケも、これまでの日本映画にはなかったスケールで、イタリアの観光地巡りも兼ねながらの展開は、娯楽映画としてもサービス満点である。

黒田のキャラクターも、ちょっとしたヒントから事件の手掛かりを掴むという、「相棒」の杉下警部を思わせる推理力を発揮する一方、時には現地警察も出し抜いて動き回り、警察や大使館上層部からもクレームを受ける…という逸脱ぶりも見せる。この辺りも杉下を思わせる面白いキャラである。
この調子なら面白い作品になるのでは、と期待した。

 
だが、である。後半に至ると、急激に物語は失速する。何より、前半で見せた、手の込んだ方法で子供を誘拐し、身代金を要求し、「15分以内にどこそこへ行け」と黒田たちを振り回し、被害者をいたぶる、愉快犯的な犯人像と、後半で明らかになる犯人像とが、まるで結びつかない。2本の別の映画を観ているようである。…となると途端に、突っ込みどころも一杯出て来る。

そして、観終わって、唖然とした。目的にたどり着くまでに、あまりに回りくどい方法を用い過ぎ。思わせぶりで、重要かな、と思われる場面は実は全然関係ない…というシーンも多い。しかも7年もかけた…という割りには、計画が穴だらけで、しかも偶然に頼り過ぎである。シナリオがずさんで無茶苦茶である。

(以下ネタバレ)
多少の突っ込みどころは目をつぶってもいい。だが一番肝心な、“大臣の大使館での記者会見というタイミングに合わせて、警備会社のセキュリティを遮断し、大使館に忍び込む”という計画が、あまりに行きあたりばったりなのには呆れた。
①たまたま、黒田が監視カメラの映像を見たいと言い出さなかったら、②映像を見たいと言っても、セキュリティ厳重な中枢部への入室を警備会社に拒否されたら、③許可されても、一般人である紗江子の入室を拒否されたら、④それをクリアしても、ピストルは普通、厳重なセキュリティの中枢部にたどり着くまでに、金属探知機やボディチェックを受けて見つかってしまうはず。⑤さらに、普通の家庭の主婦が、警察相手にピストル向けて、セキュリティ遮断という、プロのスパイでも難しい作業をやれるものかどうか。まず簡単に取り押さえされるのがオチ。
これは、警察がとんでもなくボンクラで、イタリア中の警備を集中監視しているはずの警備会社の管理体制が無茶苦茶いいかげんで、部外者がピストル持って簡単に侵入出来るくらいセキュリティが極端に甘くて、しかも偶然が積み重ならないと、成功なんて絶対に覚束ない。

つまり、失敗の確率が遥かに高いのである。

大使館に忍び込む…というのが目的であるなら、こんな回りくどい事しなくても、初めから大使館に誰か雇われておいて、中から鍵開けさせればいいし、豪華な料理も出てるのだから、料理人なり、仕出しレストランのワゴンの中に隠れて入るなり、あるいはマスコミのカメラマンも入ってるのだから、カメラマンに化けるなり、いくらでも確率の高い方法はあるはずだ。

黒田が、イタリアの警部にピストルを突きつけ脅す、という展開はあまりに荒唐無稽。外交官がこんな事したら国際問題になるよ。まあ事件をまるく収めた事で情状酌量、という事はあるかも知れないが、ご都合主義である。そもそも、外国でこんな大騒ぎを起こした佐藤浩市はその後どうなったのか。ニュースでは外務大臣が辞任した事しか触れられていないが。

私はてっきり、戸田恵梨香演じる、ちょっとおっちょこちょいの大使館研修生・安達が実は犯人一味だった、というドンデン返しがあるのかと思った。それくらいの意外なオチがあれば少しは誉めてあげてもいいのだが(笑)。 (ネタバレここまで)  

 
この映画には、実は脚本担当者のクレジットがどこにもない。その事で、日本シナリオ作家協会が、脚本家名が表示されていないことに対して、フジテレビ側に抗議する声明を発表する…という事態も招いている。これもお粗末な話である。

一応フジテレビ側は、「脚本に携わった真保さんと西谷監督の話し合いでクレジットしないことにした」と発表しているが、なぜそうしたのかの理由が不明である。“実質真保と西谷監督が脚本を担当したが、「一人で書き上げたわけではない」とそれぞれが表示を辞退した”とも言われているが、「一人で書き上げたわけではない」なら、連名にすりゃいいわけで、理由になっていない。

まあ、映画を観れば納得である。真保裕一なら、こんなずさんで穴だらけのストーリーは書かないだろう。おそらくプロデューサーや監督が、観光地巡りや、映画らしい見せ場をあれもこれもと盛り込もうとして、真保の書いた脚本をどんどん変えてしまい、責任が持てない、と真保がクレジットを辞退し、それならと西谷監督も辞退…となったのだろう。あくまで推測だが。

原作は真保裕一となっているが、これはもともとフジテレビが企画した構想に沿って真保裕一がプロットを書き、共同でシナリオを書く一方、そのプロットを元に真保が独自に小説を書き上げたもので、小説と映画とはかなり違っているとの事である。

多分、真保の小説の方は、もう少しきめ細かく、しっかりした出来ではないだろうか。まだ私はそちらを読んではいないが、キネ旬によると、「小説では、イスラム教圏の実在の国の状況が動機となっており、(略)その設定は、イスラム教徒とキリスト教徒が自然に共存したアマルフィという土地の意味を一段と深いものにしている」 「犯人が犯行のシナリオを進める一つのピースとして主人公たちを利用したというくだりは、小説の方が理解しやすい」との事である。

映画では、タイトルのアマルフィが事件とは大して関係がなかったが、なるほど、それなら分かる。それに、上記のように宗教問題を入れるのは、小説では面白いが、不特定多数の観客を呼び込まねばならない娯楽映画ではプロデューサーとしては敬遠したい所だろう。

まあ、分からないではないが、もう少しアラのない、ちゃんとした脚本が作れなかったものか。

 
もう一つ、おかしいのは、公式ホームページのキャッチコピーである。そこにはこうある。

日本人少女失踪から始まった、イタリア大規模連鎖テロ!… 
真実は、世界で一番美しい町にあった…

またストーリー紹介で、黒田はイタリアでのテロ予告を受け、テロから邦人を守るために派遣された。 とある。

映画の中で、そんな事が触れられていたのだろうか。“大規模連鎖テロ”なんて出て来なかったと思うし、“真実が世界で一番美しい町(=アマルフィを指しているはず)にあった”というのも映画とは違う。
だいたい黒田が、テロ予告で派遣されたのなら、たかが子供が迷子になった(最初はそういう話だった)くらいで彼を紗江子の所に回すような余裕はないと思うが。

最初はそういうプロットだったのかも知れないが、出来上がった映画とはかなり異なるこんなキャッチは、早く訂正すべきではないだろうか。この辺にも、製作過程の混乱が露呈している気がする。

 
まあいろいろ突っ込まさせてもらったが、結論として言えるのは、やはりテレビ局が製作した、「相棒-劇場版-東京ビッグシティ(以下省略)の時と同様ご他聞に漏れず、“あれもこれもと欲張って話を詰め込み過ぎて、却ってつまらなくしている”典型的なケースである、という事である。

あの作品も、前半は猟奇殺人事件、中盤は東京マラソン参加者を人質に取った愉快犯、最後は同情したくなる可哀相な犯人…と犯人像がクルクル変るという支離滅裂な出来だった。ご丁寧に、[政情不安地域で家族を見殺しにされ、政府に真相を隠蔽された男の復讐]と、犯行動機まで本作とそっくりなのは偶然だろうか。

そんなわけで、個別に見ればスリリングな見せ場もあるし、役者は豪華だし、イタリア観光も出来るし、と、パーツ1個1個はまあまあだが、全体を通して見るとバラバラで整合が取れていない凡作でありました。
余計な事だが、織田裕二は、「椿三十郎」に続いて、またしても自分のキャラに合わない、無理にツッぱった役柄を必死に演じている…ように見えたのは気のせいかどうか…。     (採点=★☆

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コメント

そうなんですよね。後半から暴走するんですよね。

あとおっしゃるとおり「アマルフィ」あんまり関係ないし、最後犯人が自供してから織田裕二が登場というのも変でしたねえ。

気のせいか、全体的に画面が妙に暗かったのも気になりました。

投稿: タニプロ | 2009年8月 3日 (月) 00:47

あと聞いて知ったんですが、ネットの「超映画批評」の映画評論家前田有一氏が脚本を絶賛してます。失笑しました。まあ前田氏にあまり興味がないんですけど(笑)

投稿: タニプロ | 2009年8月 5日 (水) 23:46

>タニプロさん
前田氏の批評はたまに読みますが、批評以前の単純ミスや事実誤認が多いので参考にはなりません。まあ、間違い探しクイズの出題ネタには最適かも(笑)。
ちなみに、「母べえ」評の原作者の名前ミスは、今も直っておりません。

で、「アマルフィ」評
>きわめてよくできた脚本につきる。(略)本来脚本とは、すべてこのように作るべきものなのだが……。

う~ん、   何も言いません(笑)。

投稿: Kei(管理人) | 2009年8月 7日 (金) 02:25

「アマルフィ 女神の報酬」連続ドラマになるそうです。

http://mainichi.jp/enta/geinou/news/20100823spn00m200001000c.html

その連ドラ版も前田氏に評価していてほしいです。

(ドラマがヒットしたら、また映画化とかになったりして)

投稿: タニプロ | 2010年8月23日 (月) 16:32

◆タニプロさん
「アマルフィ 女神の報酬」のドラマ化じゃなくて、
同作で演じた、外交官・黒田康作を主人公にした、いわゆるスピン・オフって奴ですね。
まあ勝手にやってくれ、とだけ言っておきましょう(笑)。
で、真保裕一さんの名前は、原案とかでクレジットに載せるんでしょうか(一応原作者ですし)。
映画で脚本、メチャクチャにされちゃって、タイトルから名前外せ、って事になったんで、今回も載せないかもですね(笑)。

投稿: Kei(管理人) | 2010年8月29日 (日) 22:49

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