「BALLAD 名もなき恋のうた」
2002年に製作された感動の傑作アニメ、「クレヨンしんちゃん/嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」(監督・原恵一)の実写によるリメイク。
前述の「クレしん/嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」(以下「戦国大合戦」)は、大人も泣ける傑作として、当時大人気を拍した。私もリアルタイムで劇場で観て、ボロボロ泣いてしまった(当時の作品評はこちらを参照)。
アニメだとバカにしてはいけない。映画ファンは絶対の必見作である。迫力の戦闘シーン、戦場に引き裂かれる、悲しくもせつない大人の恋の物語…どれも実写のハリウッド大作にも引けを取らない出来で、なおかつ、しんちゃん親子の家族愛にも感動させられる、文句のつけようのない素晴らしい完成度であった。
私は当時、“こういう作品を実写で映画化出来ない日本映画界は猛反省して欲しい”と、かなり厳しく批判したが、おそらくは山崎貴監督もその事を痛切に感じていたに違いない。
いつか、これを実写でリメイクしたい…という思いは強かった事だろう。
だが、当時はまだ我が国のCG技術レベルが未成熟だったし、またそれをクリアしても、戦闘シーンを含め相当な製作費がかかるだろうし、企画を立てても、製作に踏み切る勇気のある映画会社はなかっただろう。
「ALWAYS 三丁目の夕日」が大ヒットして山崎監督の信頼度も上がり、また日本映画がこの所好調で、実写時代劇大作にも客が呼べるようになって、やっと7年ごしで実写映画化が実現した事は、まことにご同慶の至りである。
さて、本作についてであるが、まず良かった点、
戦闘シーンの迫力は期待以上の出来である。相当数のエキストラも使っているし、CG技術はさらに向上し、ほとんどCGらしさは感じられない。
これもCGを駆使した、山城である春日城とその周辺の映像も見事。段々畑の田んぼも実にリアル。驚くのは、城の全景や、城下の地理、城から見下ろす風景等が、アニメ版と、まったくと言っていいほどそっくりである。
槍を、突くのではなく、上から振り下ろすちょっと変わった戦術もアニメ版そのままである。
山崎監督の、原作アニメに対する、深いリスペクトが感じられ、ちょっと感動した。逆に言えば、原監督のオリジナル版は、細かい所まで考証が重ねられた、実に丁寧な作品であった事を今更ながら実感したのである。
廉姫を演じた新垣結衣も、予想以上の好演。清楚だが、凛とした、芯の強い戦国の姫君らしさが充分出ていた。
と、ここまでは良かったが、全体として観ると、やや期待はずれ。
クレしんでなく、普通の家族の物語に設定を変えてあるのだが、そうなると奇想天外なタイムスリップ・ファンタジーである作品スタンスと、この普通家族の設定とがうまく溶け込んでおらず、やや水と油になっている。
主人公の少年・真一が毎朝、廉姫の夢を見る…という発端は、実はアニメ版では“いつもきれいなおねいさんと一緒にいたい”という、マセた色ガキ(笑)・しんのすけの願望とリンクしているが故、観客はさもありなん、と納得出来るのだが、学校で苛められている内気な少年、という本作の設定ではここが不自然に見えてしまう。
何故毎日姫の夢を見るのか(しかもアニメ版では家族全員が同じ夢を見る)という理由も、実は野原家の庭が、夢に出て来る、廉姫がいつも佇む池のすぐ近くだった、という事で説明されている(従ってタイムスリップもその庭で起きる)のだが、本作ではその場所が、家から離れた、クヌギの大木の根元に変更されている。これだと姫の夢を見る理由がいま一つ説得力に欠ける。
しんちゃんが天正2年にタイムスリップした後も、しんちゃんの物おじせず、好奇心が旺盛で、大人に対してもズバズバ言ってのける天真爛漫の性格が状況を変えて行くのだが、真一の性格だと、最初に又兵衛と出会う時など、怖くなって逃げてしまいかねないし、家族が恋しくて泣いてしまうのが普通と思えるのだが、割と平然としているのも違和感がある。
真一の両親が、真一が過去にタイムスリップした事をわりと簡単に信じてしまうのも、お話としては弱い。アニメ版だと、これまでもSFありファンタジーあり、世界征服を企む巨悪と対決したり…と、荒唐無稽何でもあり、の世界観が確立しているからこそ納得出来る展開なのである。そこに、家族全員が廉姫の夢を見ている、という伏線がダメ押しで生きて来る。
オリジナルの父親、ひろしは、普段は大人しいが、キレるとムチャクチャ暴走し、息子の為なら火の中水の中も厭わない…というキャラであり、これがラストの自動車による敵陣突入、という展開に生きて来るのだが、本作の筒井道隆扮する父親では、そこまではやりそうもない。これも弱い。
ラストシーンも、オリジナルは例によっての下ネタギャグてんこ盛りで(敵将を倒すのも、しんちゃんの○○チョーである(笑))、大いに笑わされた後での、まったく予想もつかない意外な展開(ギャグアニメだから、又兵衛は死なないとばかり思っていた)であったが故、強烈なインパクトとなって泣けてしまったのだが、本作ではシリアスな展開になった分、オリジナルを未見の人でも多分そう来るだろうと予測出来る結末で、インパクトは幾分弱まった気がする。
そう考えて見れば、オリジナルの原恵一が書いた脚本は、実に練りに練られた寸分の隙もない、秀逸な出来であった事が、今更ながらよく分かるのである。
山崎貴監督の脚本は、そういうきめ細かさを欠いたまま、展開はほとんど原作アニメ版そのままに進んでいる点で問題がある。せめて筒井扮する父親のキャラクターは、もっと型破りの暴走オヤジに設定すべきであったと思う。
これは、彼単独で書かずに、もう少し数人が加わってディテールを詰め直すべきでなかったか。何なら、原恵一にも加わってもらってもよかったと思う。
――と、やや辛口の採点になってしまったが、戦闘シーンの迫力には感動したし、やはり元のお話がよく出来ている事もあり、結末は分かっていても何箇所かでは泣けてしまった事もまた事実である。
とにかく、最近では稀な、本格的戦国時代劇大作、かつ泣けるラブストーリーの力作であり、オリジナルを知らない方なら充分楽しめる出来である。少なくとも最近やたら多い、アルファベット入りタイトルの時代劇群(「CHACHA 天涯の貴妃」、「THE LAST PRINCESS 隠し砦の三悪人」、「GOEMON」、ここに多分「TAJOMARU」も入る気がするが(笑))に比べたらずっと出来はいい。
採点が厳しいのはひとえに、「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズで我々を感動させてくれた山崎貴監督への熱い期待ゆえである。
真一が冒険を通して成長し、「もう逃げない」と自転車を走らせるエンディングも、山崎作品らしくていい(彼のデビュー作「ジュブナイル」を想起させる。よく考えればあの作品もタイム・スリップがテーマであった)。
ただ、くどいようだが、比較するならオリジナルの原恵一版「戦国大合戦」の方が出来はずっといい。未見の方で興味のある方は是非レンタルでご覧になる事をお奨めする。 (採点=★★★★)
(さて、お楽しみはココからである)
この作品を観て感じたのは、“黒澤明監督作品に対するオマージュ”である。
黒澤監督自身が、“戦国もの”をこよなく愛しているのは周知の事実である。監督作品に「七人の侍」、「蜘蛛巣城」、「隠し砦の三悪人」、「影武者」、「乱」とズラリ戦国物が並ぶし、脚本のみに限ると、「戦国無頼」、「戦国群盗伝」と、そのものズバリ題名に「戦国」が付いたものが2本ある。
―つまりは、原恵一監督自身が、こうした黒澤戦国時代劇の大ファンであるが故に、映画「戦国大合戦」が誕生したと言えるのである。
山崎監督も、それを強く意識したのだろう。出演俳優を見ても、黒澤映画常連の、香川京子さん(「どん底」、「天国と地獄」、「赤ひげ」他)と、油井昌由樹氏(「影武者」、「乱」、「まあだだよ」)を重要な役で起用しているし、衣裳担当は黒澤監督の子女、黒澤和子さんである。香川さんと油井さんは「まあだだよ」以来の共演である。
クライマックスの戦闘モブ・シーンは「影武者」、「乱」を彷彿とさせるし、遥か丘陵の向こうに敵の大群が現れるシーンは「七人の侍」を思わせる。
そして、又兵衛(草彅剛)と高虎(大沢たかお)との決闘シーンでは、槍を使っての迫力ある殺陣が展開するが、これは明らかに黒澤監督作品「隠し砦の三悪人」における、三船敏郎と敵将・藤田進との槍の対決へのオマージュだろう。
「影武者」の武田信玄は、本作の又兵衛と同じく、どこからともなく飛んで来た銃弾によって命を落とす事になる。
そうそう、廉姫と又兵衛の、身分違いのせつない恋は、「七人の侍」における、勝四郎と信乃の、侍と百姓の娘という、身分違いの悲しい恋にヒントを得ている可能性もありだろう。
いろんな所に、黒澤映画からのアイデアが隠されている気がする。
もう一つ、黒澤時代劇の「蜘蛛巣城」。冒頭、城跡しか残っていない、(恐らくは)現代の蜘蛛巣城跡から映画は始まるが、霧が立ち込め、晴れるといつの間にか戦国時代になっている。そしてラストは再び城跡だけの現代に戻る。
これって、まるで現代から戦国時代にタイムスリップしたように見えるのだが…。
…てのは、ちょっと考え過ぎ?(笑)。
| 固定リンク
コメント
読んでて「なるほど~」と思わされたんですが、やっぱり戦国大合戦を観た時ほどの刺激はなかったんですよね~。
でも「あの作品を!?」って思って実際半分恐る恐るだったんですが、それ相応に楽しめたのは、やはり戦闘場面でした。
投稿: タニプロ | 2009年9月 8日 (火) 23:58
>これって、まるで現代から戦国時代にタイムスリップしたように見えるのだが…。
…てのは、ちょっと考え過ぎ?(笑)。
若い人代表として、コメントしますと「考え過ぎ」だと思います。理由は山崎貴監督に限らず、彼らの世代にとって映画とはスター・ウォーズ以来のハリウッド映画であって、あまり邦画自体、関心がないからです。最近、「隠し砦・・・・・」のリメイクをした監督さんも「俺たちがやりたいのは、スター・ウォーズだ」みたいな事を話していました。もし、黒沢さんの話をしても、リップ・サービスだと考えるべきです。
投稿: 名無しのごんべい | 2009年9月 9日 (水) 00:27
山崎監督が黒澤作品を見てるかどうかは知りませんが、オリジナルの「戦国代合戦」がバリバリ黒澤リスペクトだから当然本作も似るのでしょう。実は「戦国大合戦」を初めて見た時、戦闘シーンが「ロードオブザリング二つの塔」に似てるなと思った(公開は同作の方が後)のですが、これも確か当時黒澤オマージュとか騒がれた記憶があります。(全然関係ないですけど「戦国大合戦」の前作の「オトナ帝国」の雰囲気を「三丁目の夕日」が意識していると考えるのは私だけか?同じ昭和でも年代が違いますね。)本筋からずれましたが、「バラッド」の感想、思っていたより良く出来ていたし、くさなぎも新垣も本当に適役だったと思います。願わくば新垣の声がもう少しオリジナルに近ければ・・・と思いますが配役には文句は言いません。ただ、御指摘のとおり、真一の家族が同じ廉姫の夢を見ない、家の庭でタイムスリップしないの冒頭の2点には違和感があり、あれれと思いながら最後まで行ってしまった感があります。山崎監督の前作「続・三丁目」が傑作であるにもかかわらず、心の片隅に、町のみんなどころか茶川自身までが芥川賞を金で買おうとしたことに違和感が残っているように、です。まあ、でも山崎監督はここまでちゃんと仕上げてくれました。次は是非山崎監督+「K20」の佐藤監督(この二人、夫婦だったんですね!つい最近知りました。)で「カリオストロ」もしくは「ナウシカ」の実写版を大熱望・・・。
投稿: オサムシ | 2009年9月 9日 (水) 20:24
まあ悪くは無いと思いましたが、やはりアニメ版と比べてしまうと色々と文句を言いたくなります。
「クレしん」でないのは仕方が無いとしても、実写化にあたって改変した部分と元のままの部分のマッチングが中途半端でした。
あと、一番残念なのはこちらには今ひとつ詩情を感じられない事。
青空侍を切っちゃった辺りから考えるに、これは何にプライオリティを置くかと言う監督の資質の違いかもしれませんが・・・
投稿: ノラネコ | 2009年9月10日 (木) 23:28
あと、横レスですみません。
>しのごんべいさん
>黒沢さんの話をしても、リップ・サービスだと考えるべきです。
そんな事はありません。
私は山崎監督よりも少し年下の現役映画人ですが、私と同世代でももっと若い人でも黒澤を熱烈にリスペクトしている人は幾らでもいますよ。
演出に関しては今でも超一級の教科書ですから、黒澤映画をDVDでコマ送りで観て研究するなんて事は当たり前です。
勿論黒澤など関心ないという人もすくなk内ですが、皆がそうだと言い切るのはちょっと乱暴です。
投稿: ノラネコ | 2009年9月10日 (木) 23:37
>勿論黒澤など関心ないという人もすくなk内ですが、皆がそうだと言い切るのはちょっと乱暴です
もちろん、「皆がそうだ」とは言いません。しかし、関心がない人がいることは、事実でしょう。
投稿: 名無しのごんべい | 2009年9月11日 (金) 00:24
みなさん、沢山の書き込み、ありがとうございます。
>タニプロさん
やはり「戦国大合戦」には及ばなかった、と感じてる人は多いですね。
まあそれだけ、あれが奇跡的な傑作だったと言えるでしょう。あれでガツン、とやられてしまったら、どう頑張ったってあれを超えるのは難しいでしょう。
そういう意味では、山崎監督は及ばずながらも大健闘。殊勲賞はあげられないけど、敢闘賞、はあげてもいいんじゃないでしょうか。
>名無しのごんべいさん
>「考え過ぎ」だと思います。
私の「お楽しみ」コーナーは4割本心、6割は冗談または独断ですので(笑)あまり深く考えないでください(笑)。
「考え過ぎ」と書いたのは「蜘蛛巣城」をタイムスリップとした部分についてであって、「戦国大合戦」は間違いなく黒澤リスペクトだと思ってますよ。
あとのコメントに関しては、別の所で述べたいと思います。
>オサムシさん
おお、やはりそう思われましたか。心強い援軍です(笑)。
佐藤嗣麻子監督の「K-20」も「カリ城」のリスペクトバリバリで楽しませてもらいましたね。
ええっ、山崎監督とはご夫婦だったのですか。知りませんでした。どうりで、「K-20」の冒頭、白組のVFXで、東京タワーみたいなのが見える帝都の俯瞰シーンがあったのはそういう事ですか(笑)。確かビジュアルは山崎監督もアイデアを出したと聞いてましたが、夫婦合作だったわけですね。
>ノラネコさん
いつもコメントありがとうございます。
>あと、一番残念なのはこちらには今ひとつ詩情を感じられない事。
そうですね。あの青い空と白い雲は、まさにポエムですね。
「戦国大合戦」が素晴らしいのは、大スケールのアクション、クレしんらしい笑えるギャグ、そこにこうした叙情性までが巧みに配分されている、そのアンサンブルの見事さにあるのでしょうね。
映画史に残る傑作と言ってもいいのではないでしょうか。
投稿: Kei(管理人) | 2009年9月11日 (金) 02:04
名無しのごんべいさんの書き込みと、その後のノラネコさんのレスに関して。
確かに黒澤監督を含め、古い名作に関心のない作家もいるでしょう。だけど、ノラネコさんもおっしゃってるように、古い映画を愛し、熱烈なリスペクトをされる監督が多くいるのもまた事実です。
原監督の発言を聞いていると、黒澤作品をはじめ、よく古い映画を見てるなと感心します。「クレしん」の旧作を見ても、至る所に古い映画のパロディが出て来てニンマリさせられます。
山崎監督も、「続・三丁目の夕日」にゴジラを登場させたり、「君の名は」をパロった再会シーンを登場させたり、「リターナー」にも内外の古い映画へのオマージュがあったり、よく映画を見ている事が分かります。草彅と大沢たかおとの槍の対決は、明らかに「隠し砦」オマージュだと思います。
そんなわけで、後の方で>「皆がそうだ」とは言いません…
とは書かれてはいますが、本文の
>山崎貴監督に限らず、彼らの世代にとって……あまり邦画自体、関心がないからです。
と、全体をそうだ、と決め付けてしまうような書き方については、やはりノラネコさんの反論に同意せざるを得ないと思いますね。
まあ、他意はなく、ごんべいさんも、若い日本映画作家の現状に不満を抱かれているのだと理解いたします。これからも、いろんなご意見は歓迎いたしますので、よろしくお願いいたします。
投稿: Kei(管理人) | 2009年9月11日 (金) 02:28
読まれたかもしれませんが、今日の朝日新聞夕刊にインタビューが載ってまして、
「オリジナルの2人はすごいストイック。僕は彼らの恋を半歩だけ進めて、もう少し幸せにしてあげたかったんです」って言ってるんです。
他に僕が読んでる映画ブログで「監督がいいひとだから、人情劇とかだとプラスになることもあるけど、こういう過酷な話だとマイナスになる」って書いている人がいたこともあり、上の監督の発言と合わせて「ああ~なるほどな~。」と思いました。
山崎貴監督は優しすぎるんじゃないですかね?会ったこと無いから詳しくはわかりませんけど(笑)
キネ旬対談でも「原恵一はどらいにやるところがあり、山崎貴はセンチメンタルに」みたいな話もありましたし。
そう考えると個人的は「カリオストロ」もしくは「ナウシカ」の実写版よりも、「トトロ」とか「魔女の宅急便」あたりがいいかなと思いました。
主役は志田未来あたりでひとつ。
投稿: タニプロ | 2009年9月12日 (土) 02:51