「TAJOMARU」
芥川龍之介の小説「藪の中」を原案として、乱世の中、運命に翻弄される男女の姿を描いた時代劇。
観る前は不安だらけだった。
まず題名がまたしてもアルファベット。何で日本古来の時代劇なのに、こうもアルファベットにするのか。それも、ことごとく駄作、凡作の山。…そう言えば、同じ「藪の中」を原作にした「MISTY」(1997)というこれまた駄作があったなあと思い出す(もう誰も覚えていないだろう(笑))。そもそも、この題名では“タジョマル”としか読めない。
監督が中野裕之というのも不安材料。デビュー作(だったか?)「SAMURAI FICTION」はまあまあ面白かったのだが、2作目「STEREO FUTURE」でボロを出し、東映に招かれて撮った「RED SHADOW 赤影」が大チョンボ。時代劇をバカにしているとしか思えないワースト映画だった(しかしアルファベットだらけだな)。
それでも観る気になったのは、プロデューサーが山本又一朗、脚本が市川森一という組合せに惹かれたからである。山本又一朗プロと言えば、私にとっては大傑作「太陽を盗んだ男」を作ってくれたという事で今でも尊敬している方である。市川森一も、テレビで「傷だらけの天使」、「港町純情シネマ」、「寂しいのはお前だけじゃない」、映画で大林宣彦監督「異人たちとの夏」などの秀作を書いた事で記憶に残る方である。こういう人たちが噛んでいれば、少なくとも酷い作品にはならないだろうと予測したのだが…。
一応主人公は、「藪の中」に登場する盗賊・多襄丸。ではあるが、実は原作とはほとんど関係ない。まったくオリジナルと言っていいほど別の作品である。“森の中で、侍の夫と妻が盗賊に襲われる”という原作のエピソードが申し訳程度に登場するが、これを入れた為、却ってここだけ全体のトーンと合っていない。こんなのはバッサリはずしてオリジナルで行った方がマシだったのではないか。
中野演出は、思っていたより正攻法で、「赤影」のチャラチャラした演出よりは大分良くなっている。この点は一安心。
だが、問題は市川森一の脚本の方である。これがなんとも中途半端。思いつきであっちこっちからくっつけ継ぎはぎしたような、穴だらけのヒドいシロモノで、これがあの市川森一が書いた脚本だろうかと絶句した。思えば市川が書いた、1昨年のテレビの黒澤明作品のリメイク・ドラマ「生きる」が何とも気の抜けた凡作だった(奇しくも、本作も黒澤監督作品「羅生門」の原作である)。秀作を書いていた昔とは別人のようである。もう才能を使い果たしてしまったのだろうか。
(以下、ネタバレになるので隠します)
問題点は一杯ある。畠山直光(小栗旬)が、絶望したとは言え、何で盗賊の多襄丸の名前を引き継ぐのか意味不明。阿古姫(柴本幸)の性格も中途半端。直光一筋ならずっと彼に付いて行けばいいだけの話しだし、逃げ出して、また兄の元に帰るのが分からない。
一番分からないのが、畠山家を乗っ取ろうとする桜丸(田中圭)の行動で、直光を追い出し、兄を殺害して直光を名乗って当主に収まっていると聞かされるが、畠山家の家臣は何をやってたのだろう。家の中で当主が殺害されたのなら、まず桜丸の行動を疑うべきと思うのだが。
直光が家に戻った途端に牢にぶち込まれるのも不思議。余所者でうさんくさい桜丸の命令に従って、帰った当主を牢に入れる家臣など聞いた事がない。
ラストで直光は、それまで存在感の薄かった家臣の山田に家督を譲るのだが、それほど信頼してる男が何で桜丸のなすがままにしてたのだろう。こいつがしっかりしてたら問題はもっと早く解決してるだろう。(以下もネタバレあるが、隠すほどでもない)
お白州の辺りから、話がどんどんあらぬ方向に行ってしまって観客はおいてけぼりである。以下突っ込みどころを列記。
金塊のありかを知ってる(はずの)阿古姫を、何で地獄谷に突き落とす?姫と結婚した者が大御所の命令で管領になれるんじゃなかったのか?
女を谷に突き落とすだけなのに、何で全員鎧兜で武装している?
何で桜丸ら、引き揚げずに朝まで鎧姿で崖の前で待機してる?
谷に落ちたのに、何で骨折すらせずにピンピンしてる?
都合よくぶら下がってる鎖、2人がよじ登れるほどの強度を、どうやって支えてた? (以下多過ぎて省略)
登場人物のキャラクターも不鮮明で不得要領。
阿古姫はなんで出だしからずっと仏頂面なのだろう。心理の変化の理由が見えない。
直光も、元祖多襄丸に簡単にやっつけられ、あげくに気絶してる。弱すぎ。かと思えばラストでは、相当剣の腕が立つ桜丸と互角に延々闘ってる。強いのか弱いのかさっぱり分からない。
一番ミスキャストなのが桜丸に扮する田中圭。足利義政が寵愛するくらいなのだから、「御法度」で同じような役柄を演じた松田龍平とか、一昔前のピーターのような、妖艶な美少年でなければならない。少なくとも、小栗旬以上のイケメンでなくてはならないだろう。なのにまるで存在感がない。
結局は、何度も言うが脚本が不出来なせいである。キャラクターの掘り下げが出来ていないし、個々の心理の変化に説得力がない。そしてご都合主義も極まる取って付けた安直な展開。
ラストの、まるで昭和30年代の東映時代劇のような(笑)、予定調和ハッピーエンドにはズッこけた。前半の、ギリシヤ悲劇のような展開とは水と油である。
そう言えば、松方弘樹の人のいい豪傑ぶりもまさに往年の東映チャンバラ活劇そのまんまである(でも本作の重苦しいトーンに合っていない(笑))。
救いは、萩原健一の復活である。さすが、見事な貫禄を見せつけ、存在感をアピールした。今後のさらなる活躍を期待したい。
山本又一朗さん、もっと脚本を見直して、ダメな点をチェックすべきですよ。それがプロデューサーの仕事のはずです。
それにしても、配給はまたもワーナーである。昨年ワースト作品を連発して(やはり横文字時代劇「ICHI」があったね)、「映画秘宝」誌にて見事最低特別賞を受賞したが、今年も健在(笑)である。反省する気はないのだろうか。 (採点=★)
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コメント
どこかのサイトに掲載された山本さんのインタビューを読みましたが、
脚本は第一稿を市川さんが書いただけ
ほぼ山本さんが脚本をリライトしたそうです。脚本がひどいのはきっとそのせいですよw
どういった理由で市川さんが最後までやらなかったか忘れましたが…
投稿: ろうど | 2009年9月26日 (土) 08:11
↑のろうどさんがおっしゃってる通り、市川氏の高尚な(?)第一稿は、フジの亀山Pに「これでは日本で流行らない、賞でも狙うつもりか」とダメを出され、クランクイン間際になって、山本P(脚本:水島力也としてクレジット)が書き直したという話です。
もう少し時間があればつじつまの合う話を作れたのでしょうが…。
私もけいさんと同じところで突っ込み入れつつ、でもとりあえず1800円分は楽しめました。
投稿: 靴職人 | 2009年9月26日 (土) 11:18
連投失礼します。
山本Pのインタビュー記事を見つけました。
http://eiga.com/movie/54337/special/4
こちらでそのあたりのバタバタを山本P本人が話しています。
投稿: 靴職人 | 2009年9月26日 (土) 11:31
>ろうどさん、靴職人さん
情報ありがとうございました。
なるほど、市川さんが書いた第1稿を、山本プロデューサーが書き直したわけですか。決して市川さんの脚本が酷かったわけではないのですね。
そうなると、また問題が起きてきます。
>撮影のスケジュールを目前にして、先の見えない状態が続き…と山本さんは語っていますが、どんな作品になるか分からないうちから製作をスタートしたという事なのでしょうか。
普通は、シノプシスなどで大まかな梗概を企画書として提出し、出資者(委員会)のOKが出れば脚本家にシナリオを依頼する…という流れだと思うのですが。そうすれば今回のような問題は起きなかったはずです。
また、素晴らしい脚本が出来たのなら、いくらフジはじめ製作委員会から、芸術的過ぎると文句が出ても、人気スターの小栗が出るのだから、「絶対ヒットさせる」と委員会を説得するのもプロデューサーの役割じゃないでしょうか。「劔岳 点の記」のヒットを見ても分かる通り、クオリティの高い作品を情熱を持って作れば、地味な内容だろうと、観客はついて来ると思いますよ。
時間がないとは言え、こんな突っ込みどころだらけの杜撰なシナリオを書いて、それを通してしまうようでは、プロデューサーとしての役割を果たしていない、と言わざるを得ないですね。反省して欲しいと思います。
こうなると、市川さんが書いた第1稿が、どうしても読みたくなってきますね。以前、やはりシナリオ第1稿が大幅に改訂されて問題となった、「同じ月を見ている」や「男たちの大和」の元シナリオが雑誌「シナリオ」に掲載された事があったので、今回も是非「シナリオ」誌に掲載して欲しいですね。
ただ私は最近の市川さんの書いた「長崎ぶらぶら節」、TV[生きる」のヒドさにガッカリしたので、あまり期待はしていないのですが(笑)。
投稿: Kei(管理人) | 2009年9月28日 (月) 02:54
ゴミのような映画ほど、それを擁護しようとするゴミ虫たちがが集まってくるのはなぜでしょうか。
製作過程なんてどうでもいいのです。観客から金をとって映画を見せている以上、結果がすべて。(参加することに意義があったオリンピックでさえ今やメダルがすべてでしょ)
いい映画を作ってナンボの世界に、アマチュア的な同情論は不要です(とニキ・ラウダも言っていたっけ)。ゴミ映画でしか楽しめないということは、人間的に磨かれていないという証拠なのです。
投稿: | 2009年10月 4日 (日) 22:50