「クヒオ大佐」
アメリカ空軍のパイロットなどと偽って、女性たちから約1億円を騙し取ったとされる、実在した結婚詐欺師をモデルにした、吉田和正原作の小説「結婚詐欺師 クヒオ大佐」の映画化。監督・脚本は「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」で注目された新進、吉田大八。
この所絶好調の堺雅人が、つけ鼻をした、米軍パイロットと自称する怪しい人物、ジョナサン・エリザベス・クヒオ大佐に扮している。
ハワイ出身で、父はカメカメハ大王の末裔、母はエリザベス女王の妹の夫のいとこ…という経歴自身、充分怪しいのだが、この怪しい人物に、なぜか女性たちが騙される。実在したクヒオ大佐は、1億円を騙し取るほど、詐欺師としては成功?しているが、映画の方は事実とは離れて自由なアレンジを行っている。早い話、主人公クヒオ大佐は結構ドジでカッコ悪いのだ。
吉田監督の前作、「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」も、微妙にツボを外した奇妙なコメディだったが、本作もかなり笑える。
(以下、ややネタバレ)
冒頭から、いきなり「第1部・血と砂と金」というタイトルがまるで「仁義なき戦い」ばりのドギツイ筆書文字で登場し、湾岸戦争の頃の映像が流れ、国際貢献に金しか出さない当時の日本を揶揄する。…つまりこれは、アメリカの言いなりに大金を貢いでしまう日本国そのものが、クヒオに騙される女性のようなものだという痛烈な皮肉なのかも知れない。―そして、「第2部・クヒオ大佐」のタイトルが続く。吉田監督らしいツイストの効いた出だしが快調である。
彼に騙される女性は、弁当屋を経営するしのぶ(松雪泰子)、博物館の学芸員春(満島ひかり)、ホステスの未知子(中村優子)という三人なのだが、それぞれの騙され方も結果も三人三様。
しのぶは一番騙されて何がしかのお金を貢ぐのだが、その額も百万円程度と知れてるし、途中から登場したしのぶの弟・達也(新井浩文)にはクヒオは完全に振り回され、逆に強請られる。流暢な英語を話す達也に、英語が喋れないクヒオが慌てる様がなんともおかしい。「日本語で話してもいいよ、解るから」と言うのが精一杯のクヒオのうろたえ振りには大笑いした。
春もすっかり騙されるのだが、金ではなく心の方を奪われるのが哀しい。絶叫したり、海に落ちたり(吹き替えでなく本人が飛び込んでいる)、傑作「愛のむきだし」に続く満島ひかりのエキセントリックな怪演は見どころ。
未知子はクヒオ以上にしたたかで、逆にクヒオの方が金を巻き上げられそうになる。
女たちを騙す手口として、安アパートでラジカセから航空機の飛行中のエンジン音を流して電話をかけるシーンがあるが、なんとも子供騙しでわびしく、せつない(高速で飛んでる戦闘機のパイロット席から日本に電話をかけられるはずがない)。
結局、クヒオは詐欺師としても二流なわけである。
クヒオの、子供の頃の回想シーンも出てくるが、これも物悲しい。彼が空を見上げるシーンも何度か登場するが、米空軍パイロットに扮したのも、世界のあらゆる地域に飛んで行く事が出来る米空軍への憧れがあったのかも知れない。
ラストに、シュールな展開が待っていて驚かされるが、これは、妄想の中で米空軍兵士になり切る事でしか、自分の出口を見つけられなかった、クヒオという男の悲しい人生を象徴しているのかも知れない。冒頭の政府高官(内野聖陽)がここに唐突に登場するのは、冒頭のテーマの追い討ちだろう。
これは、“面白うて、やがて悲しき”人間コメディなのである。
微妙にズラした笑いを盛り込む事で、人間という存在の悲しさをも描いた吉田大八監督の演出センスは新人離れしている。
これまでの日本人監督にはあまり見られないタッチである。強いて挙げるなら、イギリスのイーリング・コメディ(ややシニックでブラックなテイストを含んだコメディ。例えば、アレクサンダー・マッケンドリック監督の「マダムと泥棒」とか、リチャード・レスター監督「ナック」等)に通じる才気を感じる。…ただ欲を言うなら、大金持ちの有閑マダムなんかをまんまと騙す、爽快な詐欺シークェンスも前半に入って欲しかった気もするが…。
ともあれ、今後の展開が気になる監督である。次回作が楽しみである。 (採点=★★★★)
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