« 「しんぼる」 | トップページ | 「クヒオ大佐」 »

2009年10月18日 (日)

「空気人形」

Kuukiningyou (2009年:アスミック・エース/監督:是枝 裕和)

「幻の光」「誰も知らない」「歩いても 歩いても」等の秀作を作り続けている是枝裕和監督の最新作は、なんと性欲処理用人形ラブドール(昔はダッチワイフと言っていた)が心を持って動き出す…という不思議なファンタジー。原作は業田良家の短編コミック「ゴーダ哲学堂 空気人形」。

Itazuralolita こういう話はどちらかと言うとポルノ映画向き。実際、にっかつロマンポルノにも似たような話があった。今をときめく金子修介監督の「いたずらロリータ 後ろからバージン」('86)は、ゴミ捨て場に捨てられていた西洋人形が夜になると人間に変身し、拾ってくれた男の子に恋をする話。
セックスシーンもあるし、まかり間違えると本当にポルノまがいの映画になりかねない。

だが、さすが良質な力作を連打して来た是枝監督(と言ってもこの人、上記のような日常的リアリズム映画を作る一方で、天国を舞台としたファンタジー「ワンダフルライフ」、とぼけたタッチの時代劇「花よりもなほ」も手掛けている。守備範囲の広い、あなどれない人である)、とてもピュアで心に沁みる秀作に仕上がっている。お奨めである。

(以下、ややネタバレです)
独身でファミレスに勤務する秀雄(板尾創路)が愛玩する、“のぞみ”と名付けられたラブドールが、ある日心を持って、メイド服を着て街を歩き出す。やがて彼女はレンタルビデオ店でアルバイトを始め、店員の純一(ARATA)に恋をする。

うっかり腕に穴を開けてしまい、空気が洩れ出した“のぞみ”を助ける為、純一が彼女のお腹に空気を吹き込むシーンでは、息を吹き込む度にのぞみがため息を洩らすのだが、これが何ともエロティックで、セックスシーンよりよっぽどセクシーなのがなんともおかしい。

 
最初は産まれたての赤ん坊のように、何も分からない、無垢な存在だった空気人形が、人間と付き合い、さまざまな事を学んで行き、愛する喜びを知るが、やがて自分を買ってくれたはずの秀雄に裏切られ、街をさまよい、人間という存在の愚かしさ、悲しみをも知って行く。

自分という存在は何なのか、人間はなぜ自分のようなものを作るのか、愛するとはどういう事なのか…。さまざまな寓意が込められた物語は、最後に悲劇的な結末を迎えることとなる。

“性の代用品”として作られた空気人形は、文字通り、血が通っておらず、代わりに空気だけが詰まっている。空気が抜けてしまっては、彼女は生きてゆけないのだが、人間もまた、空気がなくては生きて行けない。目には見えないけれど、確実に人間に取っては、必要な存在である。“本当に必要なもの”とは何であるのか、“生きていること”とは何を求め、何を失う事なのか…。映画はのぞみという存在を通して、様々な事を考えさせてくれる。

物語とは直接絡まないのだけれど、画面を横切る、さまざまな街の人たちの点描も面白い。元国語教師だった老人、交番通いが趣味の未亡人、過食症のOL、うっ屈した浪人生…等々。みんなそれぞれに一人ぼっちで、孤独を抱え、暮らしているように見える。言ってみれば、それぞれに内面に心の空洞を抱えているわけで、生身の人間もまた、空気人形のようなものである…という辛辣なテーマが浮かび上がる。こういう人々に、高橋昌也、富司純子、余貴美子といった味のあるベテラン俳優を配置したキャスティングも絶妙。

ラストも悲しい。愛する純一をも失ったのぞみは、さすらいの果てに、人形としての運命を悟ったかのように、ゴミ捨て場に自身を横たえる。代用品の人形でありながら、人並みに心を持ってしまった、その事自体が罪だと彼女は思ったのかも知れない。あまりにイノセントでピュアな心を持った、のぞみの末路に涙せざるを得ない。

空気人形に扮したペ・ドゥナが素晴らしい。クリクリした、キョトンとした目がまさに人形っぽい。ごく自然に、堂々と裸体を晒した、その役者根性も見事。彼女なくしては本作の成功はなかっただろう。

ファンタジーの形を通して、人間とは寂しく、悲しい存在である事を描ききった見事な秀作である。お奨め。     (採点=★★★★☆

 ランキングに投票ください → ブログランキング     にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

(久しぶりに、お楽しみはココからだ)
のぞみと純一が働くレンタルビデオ店の壁にかかったポスターに注目したい。

目に付くのが、フランス映画、アルベール・ラモリス監督の「赤い風船」である。

この作品は、風船がまるで生きているように、少年になつくが、悪ガキどもに悪戯され、空気を抜かれて萎んでしまう。やがて無数の風船が集まって来て少年を空に運んで行く…というファンタジーの傑作である。

考えれば、この風船も中味は空気(厳密には水素かヘリウムガスだが)が詰まった子供の愛玩物で、ある日心を持って動き出し、男の子と交流する―といった具合に、本作と構造はよく似ている。

そう言えば、本作のラストでは、のぞみが倒れた目の前にあったタンポポの胞子が風に乗って空中に飛び、主要な登場人物の元を訪れる、という結末になるが、これも「赤い風船」のラストの、無数の風船が空を覆うシーンに対比しているのかも知れない(CGで描かれた大きなタンポポの胞子が、風船のようにも見える)。

もう1本、F・フェリーニ監督の「道」のポスターがあった。ジュリエッタ・マシーナが無垢な心を持った白痴の女・ジェルソミーナを演じた、映画史に残る傑作であるが、“純粋無垢な心を持った少女が、まるで男の愛玩物のように扱われるが、最後に少女は眠っているうちに、ボロ切れのように男に棄てられる”…という展開が、本作と通じるものがある。

これらの作品のポスターを目立つ位置に貼ったのは、意識しての事かも知れない。この2本、共にとても心が洗われる素晴らしい傑作である。映画ファンであれば、是非ご覧になる事をお奨めする。

DVD「赤い風船」
F・フェリーニ「道」

金子修介監督「いたずらロリータ 後ろからバージン」

|

« 「しんぼる」 | トップページ | 「クヒオ大佐」 »

コメント

金子修介監督がブログでこんな顛末を・・・

http://blog.livedoor.jp/kaneko_power009/archives/51014891.html

ああ、そういえば映芸で「空気人形」がワーストワンだったなあ、と。

投稿: タニプロ | 2010年4月22日 (木) 01:00

◆タニプロさん
>是枝がお前が昔撮ったのとソックリな映画撮ったから批評しろよ、とか言われてもね……

私が上に書いた「いたずらロリータ 後ろからバージン」の事ですね。やはり荒井さんも、似てると思ったわけですね。
それが、ワーストワンにした理由でもないでしょうけどね。

でも、金子監督が、子供の頃から人形好きだったというのは興味ありますね。
確かに「ウルトラマンマックス」の満島ひかり、人形っぽかったですね。しかし、元ネタがウランちゃんだったとは(笑)。

監督の新作「ばかもの」、早く見たいですね。

投稿: Kei(管理人) | 2010年4月25日 (日) 21:55

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/174742/46521028

この記事へのトラックバック一覧です: 「空気人形」:

» 空気人形・・・・・評価額1700円 [ノラネコの呑んで観るシネマ]
「空気人形」って何かの比喩かと思っていたら、まさかそのまんまだったとは。 私が現代日本の映画作家でもっともハズレがないと思っているの... [続きを読む]

受信: 2009年10月18日 (日) 23:30

» 映画レビュー「空気人形」 [映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子公式HP]
空気人形 O.S.T.◆プチレビュー◆心を持った人形の異色ラブ・ファンタジー。ペ・ドゥナの素晴らしさはただごとではない。 【90点】 東京の下町の古いアパートで持ち主の秀雄と暮らす空気人形は、ある朝、持ってはいけない心を持ってしまう。秀雄が外出した....... [続きを読む]

受信: 2009年10月18日 (日) 23:46

» ★「空気人形」 [★☆ひらりん的映画ブログ☆★]
今週の週末もナイトショウへ行ってきました。 監督や出演者が最近よくテレビでプロモーションやってるので、 ついつい観る気になった作品。 [続きを読む]

受信: 2009年10月19日 (月) 00:35

» 『空気人形』 [・*・ etoile ・*・]
'09.10.09 『空気人形』@新宿バルト9 これは見たかった。ペ・ドゥナは好き。板尾さんも出てるし! オダジョーも出てるので、オダジョーファンのbaruを誘って行ってきた。 *ネタバレありです。 そして熱弁です 「"男性の性の処理をする代用品"の空気人形ノゾミは、ある朝心が芽生えてしまった。一人街へ出た彼女は様々な体験をする。ふと立ち寄ったレンタルビデオ店の店員純一に恋をした彼女は、店で働き始めるが…」という話。これは良かった。是枝監督の作品は『花よりもなほ』しか見ていない。史... [続きを読む]

受信: 2009年10月19日 (月) 01:43

» (映画)空気人形 [ゼロから]
何処かのblogで、オジサンが多かったと書いていましたが場所のせいなのか、若い女性同士とか男同士が多かったです。空気人形役に起用されたペ・ドゥナ。この起用は、いいところを付いていますね。... [続きを読む]

受信: 2009年10月19日 (月) 05:25

» 空気人形 [銅版画制作の日々]
 私は空気人形。空っぽな、誰かの「代用品」。 10月5日、京都シネマにて鑑賞。是枝監督作品7作目の劇映画となります。実は私は5作を鑑賞していました。95年の「幻の光」が、監督の初めての作品とは知らず鑑賞していたんですよね。 本作は大人向けのファンタジー。結構リアルなSEI描写もあり、何とも言えない独特な世界に、観客を導いてくれます。ローケションは美しい街並とはほど遠く・・・。でもノスタルジックな雰囲気もあります。都会で生きる人たちの現実の風景がかなり詳細に描かれているところがまた何ともいえないで... [続きを読む]

受信: 2009年10月19日 (月) 11:34

» 「空気人形」プチレビュー [気ままな映画生活]
空気人形とは・・・ 大人のおもちゃ、性欲処理の代用品。 カップルで観賞して言葉を失った女性もいました。 男って人形にあんな事するの?なんて会話もあったり。 あんまりカップルで観ることはお薦めしないかな... [続きを読む]

受信: 2009年10月19日 (月) 22:03

» 「空気人形」:堀割バス停付近の会話 [【映画がはねたら、都バスに乗って】]
{/kaeru_en4/}学校の前を通ると、ときどき代用教員の先生を思い出すな。 {/hiyo_en2/}代用教員? {/kaeru_en4/}担任の先生が産休の間だけ子供たちを教えていた臨時教師。 {/hiyo_en2/}そんな先生がいたの? {/kaeru_en4/}是枝裕和監督の「空気人形」にだって、昔、代用教員をしていたっていう老人が出てきたじゃないか。 {/hiyo_en2/}そもそも「空気人形」って、代用品の話だもんね。 {/kaeru_en4/}女性の代用品として男に抱かれる人形の話... [続きを読む]

受信: 2009年10月20日 (火) 21:57

» 板尾さん・・・空気人形 [ジョナサン・エリザベス・タニプロ大佐]
最近筆不精で、この映画もかなり今さらですが、簡単に。 [続きを読む]

受信: 2009年10月21日 (水) 01:34

» 『空気人形』  [京の昼寝〜♪]
□作品オフィシャルサイト 「空気人形」□監督・脚本 是枝裕和 □原作 業田良家(「ゴーダ哲学堂 空気人形」) □キャスト ペ・ドゥナ、ARATA、板尾創路、高橋昌也、余貴美子、岩松了、星野真里丸山智己、奈良木未羽、柄本佑、寺島進、オダギリジョー、富司純子■鑑賞日 10月25日(日)■劇場 チネチッタ■cyazの満足度 ★★★(5★満点、☆は0.5)<感想> 是枝裕和脚本・監督作品 前作の『歩いても 歩いても』では、ある家族が息子の死を中心に据え、 家族のそれぞれの持つ内面的な苦悩と表情を、まるで... [続きを読む]

受信: 2009年10月30日 (金) 12:23

» 映画「空気人形」 [おそらく見聞録]
監督:是枝裕和(昔の作品も観てみようと思いました) 出演:ぺ・ドゥナ(☆)ARATA 板尾創路(◎)高橋昌也(◎)余貴美子(何気に効いていた) 出演:岩松了 星野真里 寺島進 柄本佑 オダギリジョー 丸山智己 奈良木未羽  中年の男が所持していたラヴドールが... [続きを読む]

受信: 2009年10月31日 (土) 22:03

» 空気人形 2009-45 [悠久の華美]
空気人形、今はラブ・ドールって言うんだっけ?ボクらの年代は、ダ○チ・ワイフって 呼び名の方がピンとくる?心を持ってしまった、空気人形... [続きを読む]

受信: 2009年11月 9日 (月) 21:07

» 『空気人形』この映画を見て! [オン・ザ・ブリッジ]
第275回『空気人形』  今回紹介する作品は業田良家の短編コミックを基に心を持ってしまったダッチワイフと孤独な現代人の交流を描くラブ・ファンタジー『空気人形』です。監督は『誰も知らない』の是枝裕和が担当。主演を『リンダ リンダ リンダ』で日本映画デビューした韓国の若手女優ペ・ドゥナが演じています。また共演者には、ARA... [続きを読む]

受信: 2009年11月16日 (月) 01:09

» mini review 10469「空気人形」★★★★★★★★☆☆ [サーカスな日々]
『歩いても 歩いても』などの是枝裕和監督が、業田良家原作の短編コミック「ゴーダ哲学堂 空気人形」を映画化した切ないラブストーリー。心を持ってしまった空気人形と人間の交流を温かく見守る。『グエムル -漢江の怪物-』のペ・ドゥナが空気人形役を熱演。共演者も『蛇にピアス』のARATAや『ニセ札』の板尾創路ら個性派が顔をそろえる。国際的撮影監督、リー・ピンビンのカメラによる情緒豊かな東京の風景と、人形の純粋さに夢中になる。[もっと詳しく] ペ・ドゥナな儚げな「空気人形」を、優しく抱きしめてあげたい。 ... [続きを読む]

受信: 2010年7月18日 (日) 13:34

» 空気人形 [単館系]
心を持ってしまったお人形さんが主人公のお話。 私は空気人形、性欲処理代用品。 上記のようなせりふが出てきたり。 心を持った主... [続きを読む]

受信: 2010年7月19日 (月) 21:42

» 空気人形(99点)評価:◎ [映画批評OX]
総論:みんなが心に感じる欠如こそが、他者へとつながる可能性。「誰も知らない」「歩いても 歩いても」の是枝裕和監督が、業田良家の短編漫画「ゴーダ哲学堂 空気人形 ... [続きを読む]

受信: 2010年11月27日 (土) 17:58

« 「しんぼる」 | トップページ | 「クヒオ大佐」 »