「空気人形」
「幻の光」、「誰も知らない」、「歩いても 歩いても」等の秀作を作り続けている是枝裕和監督の最新作は、なんと性欲処理用人形ラブドール(昔はダッチワイフと言っていた)が心を持って動き出す…という不思議なファンタジー。原作は業田良家の短編コミック「ゴーダ哲学堂 空気人形」。
こういう話はどちらかと言うとポルノ映画向き。実際、にっかつロマンポルノにも似たような話があった。今をときめく金子修介監督の「いたずらロリータ 後ろからバージン」('86)は、ゴミ捨て場に捨てられていた西洋人形が夜になると人間に変身し、拾ってくれた男の子に恋をする話。
セックスシーンもあるし、まかり間違えると本当にポルノまがいの映画になりかねない。
だが、さすが良質な力作を連打して来た是枝監督(と言ってもこの人、上記のような日常的リアリズム映画を作る一方で、天国を舞台としたファンタジー「ワンダフルライフ」、とぼけたタッチの時代劇「花よりもなほ」も手掛けている。守備範囲の広い、あなどれない人である)、とてもピュアで心に沁みる秀作に仕上がっている。お奨めである。
(以下、ややネタバレです)
独身でファミレスに勤務する秀雄(板尾創路)が愛玩する、“のぞみ”と名付けられたラブドールが、ある日心を持って、メイド服を着て街を歩き出す。やがて彼女はレンタルビデオ店でアルバイトを始め、店員の純一(ARATA)に恋をする。
うっかり腕に穴を開けてしまい、空気が洩れ出した“のぞみ”を助ける為、純一が彼女のお腹に空気を吹き込むシーンでは、息を吹き込む度にのぞみがため息を洩らすのだが、これが何ともエロティックで、セックスシーンよりよっぽどセクシーなのがなんともおかしい。
最初は産まれたての赤ん坊のように、何も分からない、無垢な存在だった空気人形が、人間と付き合い、さまざまな事を学んで行き、愛する喜びを知るが、やがて自分を買ってくれたはずの秀雄に裏切られ、街をさまよい、人間という存在の愚かしさ、悲しみをも知って行く。
自分という存在は何なのか、人間はなぜ自分のようなものを作るのか、愛するとはどういう事なのか…。さまざまな寓意が込められた物語は、最後に悲劇的な結末を迎えることとなる。
“性の代用品”として作られた空気人形は、文字通り、血が通っておらず、代わりに空気だけが詰まっている。空気が抜けてしまっては、彼女は生きてゆけないのだが、人間もまた、空気がなくては生きて行けない。目には見えないけれど、確実に人間に取っては、必要な存在である。“本当に必要なもの”とは何であるのか、“生きていること”とは何を求め、何を失う事なのか…。映画はのぞみという存在を通して、様々な事を考えさせてくれる。
物語とは直接絡まないのだけれど、画面を横切る、さまざまな街の人たちの点描も面白い。元国語教師だった老人、交番通いが趣味の未亡人、過食症のOL、うっ屈した浪人生…等々。みんなそれぞれに一人ぼっちで、孤独を抱え、暮らしているように見える。言ってみれば、それぞれに内面に心の空洞を抱えているわけで、生身の人間もまた、空気人形のようなものである…という辛辣なテーマが浮かび上がる。こういう人々に、高橋昌也、富司純子、余貴美子といった味のあるベテラン俳優を配置したキャスティングも絶妙。
ラストも悲しい。愛する純一をも失ったのぞみは、さすらいの果てに、人形としての運命を悟ったかのように、ゴミ捨て場に自身を横たえる。代用品の人形でありながら、人並みに心を持ってしまった、その事自体が罪だと彼女は思ったのかも知れない。あまりにイノセントでピュアな心を持った、のぞみの末路に涙せざるを得ない。
空気人形に扮したペ・ドゥナが素晴らしい。クリクリした、キョトンとした目がまさに人形っぽい。ごく自然に、堂々と裸体を晒した、その役者根性も見事。彼女なくしては本作の成功はなかっただろう。
ファンタジーの形を通して、人間とは寂しく、悲しい存在である事を描ききった見事な秀作である。お奨め。 (採点=★★★★☆)
(久しぶりに、お楽しみはココからだ)
のぞみと純一が働くレンタルビデオ店の壁にかかったポスターに注目したい。
目に付くのが、フランス映画、アルベール・ラモリス監督の「赤い風船」である。
この作品は、風船がまるで生きているように、少年になつくが、悪ガキどもに悪戯され、空気を抜かれて萎んでしまう。やがて無数の風船が集まって来て少年を空に運んで行く…というファンタジーの傑作である。
考えれば、この風船も中味は空気(厳密には水素かヘリウムガスだが)が詰まった子供の愛玩物で、ある日心を持って動き出し、男の子と交流する―といった具合に、本作と構造はよく似ている。
そう言えば、本作のラストでは、のぞみが倒れた目の前にあったタンポポの胞子が風に乗って空中に飛び、主要な登場人物の元を訪れる、という結末になるが、これも「赤い風船」のラストの、無数の風船が空を覆うシーンに対比しているのかも知れない(CGで描かれた大きなタンポポの胞子が、風船のようにも見える)。
もう1本、F・フェリーニ監督の「道」のポスターがあった。ジュリエッタ・マシーナが無垢な心を持った白痴の女・ジェルソミーナを演じた、映画史に残る傑作であるが、“純粋無垢な心を持った少女が、まるで男の愛玩物のように扱われるが、最後に少女は眠っているうちに、ボロ切れのように男に棄てられる”…という展開が、本作と通じるものがある。
これらの作品のポスターを目立つ位置に貼ったのは、意識しての事かも知れない。この2本、共にとても心が洗われる素晴らしい傑作である。映画ファンであれば、是非ご覧になる事をお奨めする。
DVD「赤い風船」 |
F・フェリーニ「道」 |
金子修介監督「いたずらロリータ 後ろからバージン」
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コメント
金子修介監督がブログでこんな顛末を・・・
http://blog.livedoor.jp/kaneko_power009/archives/51014891.html
ああ、そういえば映芸で「空気人形」がワーストワンだったなあ、と。
投稿: タニプロ | 2010年4月22日 (木) 01:00
◆タニプロさん
>是枝がお前が昔撮ったのとソックリな映画撮ったから批評しろよ、とか言われてもね……
私が上に書いた「いたずらロリータ 後ろからバージン」の事ですね。やはり荒井さんも、似てると思ったわけですね。
それが、ワーストワンにした理由でもないでしょうけどね。
でも、金子監督が、子供の頃から人形好きだったというのは興味ありますね。
確かに「ウルトラマンマックス」の満島ひかり、人形っぽかったですね。しかし、元ネタがウランちゃんだったとは(笑)。
監督の新作「ばかもの」、早く見たいですね。
投稿: Kei(管理人) | 2010年4月25日 (日) 21:55