« 「ロボゲイシャ」 | トップページ | 「人生に乾杯!」 »

2009年11月16日 (月)

「のんちゃんのり弁」

Noriben (2009年:キノ・フィルムズ/監督:緒方 明)

「独立少年合唱団」「いつか読書する日」などのどっしりした構えの力作を連発して来た緒方明監督の新作は、珍しくコミック原作の人情コメディ。
しかしさすが安定感のある緒方監督、新ジャンルの挑戦も無難にこなし、若妻の人間的な成長をテンポよく描き、ハートフルな佳作に仕上がっている。

主人公は、やっと30歳を越えた、のんちゃん(佐々木りお)という幼稚園児を抱えた世間知らずの人妻・永井小巻(小西真奈美)。夫は自称・小説家だがロクな稼ぎのないグータラ亭主・範朋(岡田義徳)。ある日小巻はとうとう亭主に愛想をつかし、娘を連れて東京・下町の実家に出戻り。働き口を見つけようとするが、都合のいい条件ばかり出しては見つかるわけもなく、たちまち就職活動は行き詰まる。そんな時、のんちゃんに持たせた手作りのお弁当が評判になって…。

これまで、おとなしい、地味な役柄の多かった小西真奈美が、ここでは一転、ダメ亭主に三くだり半突きつけ、自立を目指し、自分の“居場所じゃなく、行き場所を見つける”為に涙ぐましい奮闘ぶりを見せる。

下町の商店街で働く人たちの人物描写も、「男はつらいよ」を連想させる味わいで悪くない。
そして何より、小巻の娘、のんちゃんが可愛い。彼女のくったくのない演技が一服の清涼剤となって、一歩間違えると陰惨なドラマになりかねない小巻と範朋夫婦の骨肉の争いをも中和する役割を果たしている。

ラストは、いろいろ波風もあったが、周囲の人たちの応援にも支えられ、一応小巻が弁当屋を開業し、新しい人生の道を歩み始めたところでエンド。
自立する女性、自分探し、というテーマを、下町人情、当世就活事情、弁当グルメなどの要素も巧みにミックスして自在に描いた緒方演出はさすがに的確である。

 
…と、ここまでは普通の映画紹介。
ここからは、久しぶりに、視点を変えて映画を観てみることとする。

 
主人公は、間違いなく小巻である。―にもかかわらず、題名が何故「小巻のり弁」でなく「のんちゃんのり弁」なのか。

これは見方を変えれば、娘の、のんちゃんの目から見た物語である、とも言えるのである。

実際、主人公であるはずの小巻は、あまり誉められた存在ではない。
自立しようとする志はいいのだが、就活の面接で10時から14時までという甘い勤務を希望したり、資格も持たないくせに自分に都合のいい条件を出してはことごとく面接でアウト。友人に紹介された飲み屋の仕事も、水商売の常識に無知で1日で辞めてしまう有様。要するに世間知らずの甘ちゃんである。

夫の範朋もグータラのダメ亭主ではあるが、我が子のんちゃんに対する愛情は人並み以上で、小巻と別れない理由ものんちゃん可愛さにあるようだ。…つまり、決して夫婦の一方に肩入れした作りにはなっていないのである。

のんちゃんも、出来れば両親が別れないで欲しいと、小さな胸を痛める。けなげに、明るく振舞い、母にも父にも対等に心を寄せる姿がいじらしい。
この、のんちゃんの繊細な思いやりに比べれば、小巻と範朋夫婦はどっちも自己中心的で身勝手なダメ人間でしかない。

その身勝手ぶりが顕著に現れるのが、ラスト間際の夫婦の大立ち回りで、世話になってる小料理屋“トトヤ”の店内をめちゃくちゃにしてしまう。普通は、頭に血が昇ってても“店に迷惑をかけられないから表で話をしよう”くらいは言うだろうに。しかものんちゃんが見てる前でである。

その直後、小巻はトトヤの主人・戸谷(岸部一徳)に「弁当屋を開くのに店先貸してください」と頭を下げる。どのツラ下げて言えるのだろうか。厚かましいにもほどがある。

結局は小巻は、母親(倍賞美津子)やトトヤの主人を含め、周囲の善意に頼らなければ自立も出来ないダメ人間なのである。

一応ラストでは弁当屋を開店したが、この調子では事業として成功させるのは難しいのではないか…とも私には思える。―ただ、この視点が原作にもあるのか、監督の緒方明の創意によるものなのかは不明ではあるが。

ともあれ、のんちゃんの明るさが、この映画を救っている。のんちゃんが不在であったなら、夫婦喧嘩はもっと陰惨であろうし、小巻はイヤな女にしか見えなかったかも知れない。緒方演出は強いてのんちゃんを目立たせようとはしていないけれど、この物語を支える影の主役は、私はのんちゃんに他ならないと思っている。

 
戸谷が小巻に語りかける説教も奥が深い。「何かを得ることは何かを失うこと」「捨てたくないからって全部抱えてりゃ、みんな腐らせちゃうんだよ」。

そう、小巻は自立し、店を持つ事は出来たけど、のんちゃんの目から見れば、彼女にとってかけがえのない、“親子3人、一つ屋根の下で暮らす、幸福な家庭”は永遠に失われてしまうのである。

そう考えれば、この映画のラストは少しもハッピーエンドではない。人間のエゴをやんわりと批判し、“自分の道を歩み、夢を追うとは何を得、何を失う事なのか”というテーマに迫った、これは苦い後味の残る辛口ドラマなのである。   (採点=★★★★☆

 ランキングに投票ください → ブログランキング     にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

|

« 「ロボゲイシャ」 | トップページ | 「人生に乾杯!」 »

コメント

壮絶な夫婦げんかシーンは気合いが入ってましたねえ。あれを観られただけで、元を取れたとおもいました(笑)。「大阪ハムレット」では、淀川?沿いで兄弟がたむろしているとき、背景では壮絶な夫婦げんか。あれも面白かったなあ。
奇跡のような小巻の生き様は、現代の寓話として解釈することにしました。岸辺一徳がおいしい役をやってますし、また、彼は普段生活ただよう映画にはもはや欠かせない人ですね。

投稿: ペン | 2009年11月18日 (水) 18:00

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「のんちゃんのり弁」:

» のんちゃんのり弁 [佐藤秀の徒然幻視録]
公式サイト。緒方明監督、小西真奈美、岡田義徳、村上淳、岸部一徳、山口紗弥加、倍賞美津子。スネ夫さん(岡田義徳)に愛想尽かしてコブ(佐々木りお)ツキで実家に帰った小巻(小西真奈美)だが、カネもスキルもない・・・あった、のり弁当。... [続きを読む]

受信: 2009年11月16日 (月) 23:43

» 『のんちゃんのり弁』(@「シネマのすき間」) [ラムの大通り]
-----お久しぶり。 先週は、シルバーウィークとやらで、 えいは福岡に行っちゃうし、 「シネマのすき間」もお休みだしで、 フォーンは、ひとりさみしい思い。 でも、今日はいいんだ。 だって食欲が出てくる映画。 そう『のんちゃんのり弁』。 「のり弁は美味しいよね」ニャんて喜んでいたら、 「のりは猫にはダメ!」と言われちゃった。 えっ。そうニャの? 玉ねぎやチョコレートがダメなのは知っていたけど、 のりもそう? そういえば、この映画、 実は、公開が危ぶまれていたんだって。 理由は、配給元の会社が破産宣告... [続きを読む]

受信: 2009年11月17日 (火) 00:09

» のんちゃんのり弁 [だらだら無気力ブログ]
「週刊モーニング」で連載されていた入江喜和の同名漫画でTVドラマ化も されたのを基にコニタンこと小西真奈美主演で実写化した人情ドラマ。 働きもしない夫に愛想を尽かし、娘を連れて実家に戻った主人公が弁当屋を 始めるために奮闘する姿を描く。下町生まれの永井小巻..... [続きを読む]

受信: 2009年11月17日 (火) 01:23

» のんちゃんのり弁 [映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子公式HP]
庶民派グルメが楽しめる本作の名脇役はお弁当。この映画に登場するそれは工夫と栄養、そして愛情がたっぷりつまった優れものだ。31歳の小巻は、ダメ亭主に愛想を尽かして実家に出戻る。これといった資格もない小巻の就職活動は行き詰まり、たちまち生活は困窮。そんな中、娘....... [続きを読む]

受信: 2009年11月17日 (火) 08:39

» のんちゃん のり弁 [象のロケット]
ダメ亭主に愛想を尽かし、31歳の小巻は娘のんちゃんと共に東京下町・京島の実家に出戻るが、なかなか仕事が見つからない。 ずっと専業主婦だった小巻の唯一の才能はお弁当作りで、娘に作ったのり弁が幼稚園で大評判に。 ついに弁当屋を開くことを決意し、小料理屋に弟子入りするが…。 ハートフル・コメディ。 ≪人生かけた再出発 ― きっかけは、お弁当!?≫... [続きを読む]

受信: 2009年11月18日 (水) 02:33

» [映画☆☆☆☆]いつか自立する日「のんちゃんのり弁」 [タニプロダクション]
有楽町スバル座 映画館に閲覧用に置いてあった原作漫画にも「配給 ムービーアイ」の記載が・・・ 監督:緒方明 脚本:緒方明 鈴木卓爾 原作:入江善和 製作総指揮:木下直哉 音楽:COBA 撮影:笠松則通 出演:小西真奈美 配給:キノ フィルムズ もしかして小西真奈美さんの... [続きを読む]

受信: 2009年11月18日 (水) 05:20

» 『のんちゃんのり弁』'09・日 [虎党 団塊ジュニア の 日常 グルメ 映...]
あらすじ永井小巻は、下町育ちの31歳。真っ直ぐで強がりで、思い切りのよさは天下一品。ある日、ダメ亭主に愛想を尽かし、娘ののんちゃんを連れて、実家の京島に出戻ったが・・・... [続きを読む]

受信: 2010年11月 4日 (木) 23:27

« 「ロボゲイシャ」 | トップページ | 「人生に乾杯!」 »