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2009年11月19日 (木)

「人生に乾杯!」

Jinseinikanpai (2007年:ハンガリー/監督:ガーボル・ロホニ)

珍しいハンガリー映画。
封切時時間がなくて見逃していたのだが、幸いな事に、好評につきアンコール上映されていたのでやっと観る事が出来た。

ハンガリー映画は、本国では結構作られているのだが、ルートが狭い事もあって、我が国にはほとんど輸入されていない。これまで輸入されて話題になったのは、1965年製作のミクロシュ・ヤンチョー監督「密告の砦」(我が国公開は1977年)、1981年のアカデミー外国語映画賞を受賞した、イシュトヴァン・サボー監督の「メフィスト」、1999年のサボー監督「太陽の雫」(公開は2002年)くらいではないだろうか。

こうした作品群を並べると、なんだかアート系の硬い作品しか作っていないように見えるが、本作はなんともトボけて楽しいエンタティンメントの快作であった。もっとこういう作品を見つけて紹介して欲しいものである。

 
50年代末期、運命的に出会った共産党員の運転手エミル(エミル・ケレシュ)と伯爵令嬢のヘディ(テリ・フェルディ)は結婚し、幸福な人生を送る。だが、それから50年、わずかの年金だけでは生活できず、家賃も滞り、思い出のイヤリングすら借金のかたに手放す有様。切羽詰ったエミルはついに郵便局強盗を実行するが…。

エミルは81歳で、腰痛に悩んでいるし、ヘディは70歳。この老人カップルがボニーとクライドよろしく、連続して銀行強盗をやってのけるというシチュエーションがまず秀逸。老人が窓口で、やんわりと「金を出してください」とお願いするものだから、係員もフラッと金を出してしまう。銀行に押し入り、ギャング映画を気取って凄んで見たら、昼休みで誰もいない…という辺りも笑える。

(以下、ややネタバレもあります。ご注意ください)
伏線もなかなか行き届いている。家主が滞納家賃の催促で玄関前にいるのを、外出から帰ったヘディが見つけるや、平然と隣人のふりをするしたたかなポーカーフェイスぶりも楽しいが、これが後半の、ヘディが警察を出し抜き、エミルの銀行強盗に加担する展開を無理なく観客に納得させる伏線となっている。

エミルの愛車が、旧ソ連製のチャイカという無骨な車であるのも効いている。おそらくエンジンだけは馬力があるのだろう。そのおかげで、砂利だらけの急坂もなんなく登ってまんまと警察の追跡を逃れてしまう辺りもうまい。

この老人たちが銀行強盗を繰り返すニュースを見て、大衆がエミルたちを支持し応援する展開も無理がない。それは、エミルたちの行動が、年金だけでは生活出来ない、この国の老人福祉政策に対する抗議でありレジスタンスだという風に彼らが捉えているからである。

それを理解する為には、この国で1956年に、当時のソ連の横暴と支配に対して、民衆による大規模な蜂起―いわゆる“ハンガリー動乱”―が発生した、という歴史的事実を知っておくといい。理不尽な権力の横暴に抵抗して来たハンガリー国民のDNAが、この老人たちの反国家的行為にシンパシーを感じる大衆の心理に受け継がれていると考えても、あながち不自然ではない。
物語の発端が、そのハンガリー動乱の数年後であるという点は、それ故重要な布石である。この時ヘディを助けたエミルの行動も、ソ連に従属する共産党政府への反抗心が背景にあると考えれば納得が行く。なお東ドイツに先駆け、東欧圏でいち早く民主化を成功させたのもハンガリーである。

社会主義国家、キューバ出身の友人が彼らを全面的に支援する辺りも面白い。考えればキューバもカストロ、ゲバラと、大国の横暴に一貫して抵抗して来た国である。

(以下完全ネタバレ)
ラストは、警察がバリケードとして用意したブルドーザーに突入、という、これまたアメリカン・ニューシネマの傑作「バニシング・ポイント」そのままの結末…となるのだが、その後の展開は観てのお楽しみ。どこまでも人を食っている。ここでも、やたらデカい熊のヌイグルミを大事に車に積んでいる辺りが周到な伏線となっている。
(ネタバレここまで)

とにかくこの作品は、いかにもハンガリーらしい、のどかさと、したたかな国家への反逆精神に溢れたクライム・コメディの快作である。

が、笑いつつも、年金問題はわが国でも切実な課題である事を思えば、笑ってばかりもいられないのである。

ともあれ、意表をついた楽しい映画を作ってくれた新人(これが長編デビュー作)、ガーボル・ロホニ監督、並びによくぞ輸入してくれた配給会社に乾杯!    (採点=★★★★☆

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(付記)

あまり話題にならなかったが、2007年にハンガリー映画「君の涙 ドナウに流れ ハンガリー1956」(2006)がひっそり公開されている。'56年のハンガリー動乱を背景に、歴史と政治に翻弄される若者たちの悲劇を描いた骨太ドラマである。

この50年のハンガリーの歴史に、きちんと向き合おうという姿勢が出ており、それは、民主化はしたけれど社会福祉整備は遅れ、老後の不安がつきまとう現代の政治状況に対する批判が感じられる本作とも、どこかでリンクしているのかも知れない。

ちなみに、この映画の製作者は「ターミネーター3,4」「ランボー1~3」等のアクション大作で知られるアンドリュー・G・ヴァイナ、原案・脚本は「氷の微笑」「ショーガール」等で知られるジョー・エスターハスである。このお二人、ハリウッドで活躍しているが、どちらも出身はハンガリーである。ヒットメイカーであるお二人が、儲けを度外視して、こうした母国の歴史を描いた作品を手がけるあたり、見上げたものである。

も一つついでに、ハンガリー出身で、ハリウッドで活躍した映画人には、「カサブランカ」(43)等の名作で知られるマイケル・カーティス、ヒッチコック監督の「白い恐怖」(45)、W・ワイラー監督の「ベン・ハー」(59)の音楽で知られる作曲家、ミクロス・ローザがいる。

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