「マイマイ新子と千年の魔法」
高樹のぶ子の自伝的小説「マイマイ新子」を、「アリーテ姫」の片渕須直が監督(脚本も担当)した、本年屈指の秀作アニメ。
昭和30年の山口県防府市。空想好きな小学三年生の少女・新子(声:福田麻由子)は、父の転勤で東京から転校して来た貴伊子(声:水沢奈子)と仲良くなる。辺鄙な田舎の空気に馴染めなかった貴伊子だが、新子の明るさに元気を取り戻して行く。やがて新子は、仲間の男の子たちと共に空き地で遊びながら、千年前の人々に思いをはせるが、ある日、仲間の絆を揺るがす事件が起きて…
「千年の魔法」と題名にあるが、別に千年前にタイムスリップするわけでもなく、魔法のファンタジー映画でもない。戦後10年を経た、ひなびた田舎町で、子供たちが空き地に自分たちだけの遊び場をこしらえ、空想の世界に浸りながら遊ぶ日常を淡々と描いているだけである。
なのに、観ていて何故か胸が切なくなり、涙が溢れて来るのである。
その理由は、どうやら同じ昭和30年代を舞台とした2つの映画―「となりのトトロ」と「ALWAYS 三丁目の夕日」を観た時に感じたものと共通しているようである。
本作もこれらの作品と似た空気を保有している。
テレビも携帯も、テレビゲームもないが、子供たちは自由な発想と、自分たちの創意工夫で遊び場を作り、空想の世界をどんどん広げ、自由奔放に遊び、楽しんでいる。
子供たちの間には、イジメも仲間外れもなく、ポツンと離れている子供ですら仲間に引き入れ、みんなで遊び場を共有し、本当に楽しそうに遊んでいる。
その温かさと、懐かしさと、心の豊かさに比して、現代に生きる我々は、物は豊富になったけれど、それと引き換えに、確実に何かを失ってしまっている。
前掲2作に我々が涙したのは、まさにその点であった。…そんな古き良き時代を体験している大人であれば尚の事、深く心に染み入ったはずである。
だが本作は、単にノスタルジックな世界に浸っただけの前掲2作よりも更に物語は奥行きが深い。
そんな子供たちの世界にも、大人の現実は押し寄せて来る。新子に、自分が住むこの町の、千年前の姿(=平安時代の地方の国の都・国衙)を教え、想像の世界に浸る喜びを与えてくれた祖父の死はショックだろうし、仲間の父を襲った悲劇も、子供たちには残酷な現実である。彼女たちが慕い、金魚にその名前をつけたりするほどの、子供たちの心の支えであった女性教師も、大人の恋に破れ去って行く。…現実世界は空想の世界ほど甘くはないのである。
それでも子供たちは、夢を追い求め、小さな冒険を重ね、悲しみを乗り越え、二度と帰らない少年時代を精一杯生き抜くのである。
千年前の、牛車が闊歩し、身分制度は多少窮屈だけれど、空は開放感に満ちていた時代と、昭和30年という、戦後の高度成長が始まりかけ、まだ未来に夢と希望が持てた時代を自由に往還しつつ、そこから、豊かにはなったけれど閉塞感が充満し、ほとんど先が見えない今の時代を生きる我々に、この映画は、“時代の進歩とは何なのか”、“未来に夢を持つ子供たちに、大人は何を残してやれるのか”というテーマを問いかけているのである。
子供たちには是非観せてやりたいし、大人も是非観るべき、これは素敵な秀作である。「トトロ」や、「三丁目の夕日」や、「クレヨンしんちゃん オトナ帝国の逆襲」に感動し涙した大人であれば、絶対観ることをお奨めする。
…が、残念なことに、配給会社が作品の良さを理解出来てないのか、公開規模は極めて小さく、私がやっと観る事が出来たのは、尼崎のシネコンで、しかも朝10時からの1回きり上映であった。
これでは、本来観るべきである中高年世代の人はほとんど観る事は出来ない。私の周辺でも、観ている人は皆無に近い。
幸いな事に、口コミで観た観客の間で評判が高まり、ブログ等でも熱烈な書き込みが散見される。↓
http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20091201/1259612324
http://d.hatena.ne.jp/tanipro/20091128
Wikipediaでも高い評価である。
東京ではラピュタ阿佐ヶ谷で12月19日からレイトショー上映も始まったようだ。
是非いろんな映画賞を獲り、全国的な上映運動が広まって行く事を期待したい。次のコーナーでも述べるが、片渕須直監督の今後のさらなる活躍も期待したい(それにしても監督の知名度が少ないとは言え、“「時をかける少女」「サマーウォーズ」のマッドハウスが送る”という宣伝文句は片渕監督が無視されているようで、いささか悔しい)。 (採点=★★★★★)
(お楽しみはココからだ)
この映画の監督、片渕須直と言えば、恐らく宮崎駿作品のファンであれば知っている人も多いだろう。
片渕監督は、学生時代から宮崎駿がテレビ・アニメを作っていたテレコムにもぐり込んで、宮崎に脚本を書けとすすめられ、TVシリーズ「名探偵ホームズ」の初期のエピソード「青い紅玉」「海底の財宝」「ミセス・ハドソン人質事件」「ドーバー海峡の大空中戦」の4本の脚本を書いている。これらはすべて宮崎駿が絵コンテ・演出を担当し、いずれもシリーズ中屈指の傑作となった(前の2本は「ナウシカ」、後の2本は「ラピュタ」のそれぞれ劇場公開時に併映されたので、覚えている方もいるだろう)。
その後宮崎作品「魔女の宅急便」(89)では監督補を担当。言ってみれば宮崎の秘蔵っ子とでも言える俊才である。「となりのトトロ」と雰囲気が似ているのも当然のような気がする。
劇場アニメ監督デビューは2000年の「アリーテ姫」。これも公開規模が極端に少なく、またアクションも、ギャグも、笑いも少ない、淡々とした作りであったが故にほとんど評判にならなかったが、これも捨て難い味わいの佳作であった。
スタジオ・ジブリの次回作には、是非片渕監督を、と推薦したい。
片渕監督「アリーテ姫」 |
劇場版 「名探偵ホームズ」 「風の谷のナウシカ」(84)に併映された、片渕須直脚本、宮崎駿演出の、シリーズ最高傑作。 タイトルは、 「青い紅玉」 「海底の財宝」の2本。 |
(12/23付記) ・・・上映存続署名に協力を 本作の上映存続・拡大を望む声が広がりを見せ、署名運動が行われている。 主旨に賛同した方は、是非署名参加をお願いいたします。 署名サイトはこちら ↓ 携帯からでも出来ます。→http://www.shomei.tv/m/ (一覧の5番目辺りにあり)
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コメント
いやはや読み応えあるレビューです。「ALWAYS オトナへの逆襲」な感じですナ(なんだそれ)。凄い秀作でした。
「魔女の宅急便」の監督補というのは聞いていたんですが、それ以外は知りませんでした。ナウシカとラピュタは後年になって観たので・・・宮崎駿監督とそんなに関係があったとは驚きです。
まあジブリはもう来年夏に新作が決まったらしいんで、その次に観たいですね。今後が楽しみな人です。
投稿: タニプロ | 2009年12月22日 (火) 22:29
◆タニプロさん
情報教えていただき、ありがとうございました。
傑作なのに、キネ旬でも原作者の寄稿くらいであまり熱心に特集とかやってないし、上映はほんの一握りのシネコンでモーニングショーのみ。
本来、大人にこそ観てもらいたいのに、またその層に宣伝すれば観に来ると思うのに、ロクな宣伝もせず、観れない時間帯にひっそり上映するなんて、配給会社酷すぎます(一応松竹です)。
上映存続を求める署名運動も行われております。上にURLを貼りました。
まだ署名数は少ないようですが、私も署名しました。頑張って欲しいものです。
ともあれ、教えていただかなかったら見逃して、ベストテンにも入れられなかったかも知れません。ありがとうございました。
投稿: Kei(管理人) | 2009年12月23日 (水) 03:15
おおお。僕も早速署名しました。
家族で観ても大人が一人で観ても素晴らしいですからね。
東京でもシネコンで時間限定でした。
ちなみに監督がやってるtwitterを発見したんですが、ラピュタ阿佐ヶ谷は満席状態で整理券があっという間に無くなって入れない人が多いみたいです。「気楽に観ていただきたいのに申し訳ない」みたいなことを書いておられました。
投稿: タニプロ | 2009年12月24日 (木) 01:23
どうやら高畑勲さんも観に来たらしいですよぉ!(高畑さんっておっしゃってたので、高畑勲さんのことかと)。
でもよく考えたら、上映が少なくて混んでて観れずに帰る方が多いのを、監督が謝るのもおかしな話ですね。
あとマイマイと関係ないんですが、先日ある行事で偶然にも耳寄りな話をキャッチしましたぁ!いつも素晴らしいレビューを書いてくださる管理人さんにお礼の意味で、数日中にメールさせていただきます。ちょっとブログや掲示板には書きづらいです。
実は僕が興奮してるだけで大して耳寄りでも無いかもしれませんが、多分管理人さんには興味深いことではないかと、ホームページを読ませていただき思いました。
では失礼しました。
投稿: タニプロ | 2009年12月25日 (金) 21:46
◆タニプロさん、連続書き込みありがとうございます。
ラピュタ阿佐ヶ谷のレイトショー上映が、連日満員札止めだったそうですね(とは言え、キャパが48席だなんて、少な過ぎ。100席は欲しいですね)。
とうとう、来年1月に再再アンコール上映が決まったようです。 ↓
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20091228_maimai_shinko_encore/
それにしても、いい作品でこれだけ評判なんだから、松竹ももう一度大々的にパブリシティ打って全国ロードショーやってくれないもんでしょうかねぇ。
同じ松竹の「おくりびと」が、ジワジワと口コミで浸透して行って、年を越えてもロングランした実績があるのですからね。
韓国では、ほんの数館でスタートした「チェイサー」が大ヒットしましたし、やはり数館スタートの「牛の鈴音」という地味なドキュメンタリーが300万人動員という驚異的な大ヒットを記録してます。
こういったブロック・バスター的なヒットが、日本ではなかなか起きないのも問題です。何故韓国でそういった事が可能なのか、映画関係者は一度現地視察して研究していただきたいと、切に望みます。
投稿: Kei(管理人) | 2009年12月29日 (火) 19:33
最近時々書込みさせていただいているオサムシです。こちらの記事を読んで、近くでやってないかなーと思ったら、何と!!!ホームグラウンドのMOVIX清水で1月9日から、しかも同シネコンのトップ3の大スクリーンで朝晩2回上映(もっともカールじいさんの上映前と、昼間さんざんワンピース上映した後なんですけど・・・)とあり、早速無理やり妻と11歳の子供を連れて観て来ました。昭和30年代初めというのは自分の年(今47歳)より少し上の時代ですが、それでも学年関係なく遊んだし、担任の先生が結婚で、皆ではやしたりという映画そのままの経験もあって、もうずっとウルウル物でした。妻も感激していたし、子供もトトロで育ち、3丁目の夕日シリーズにも付き合わせたせいか感動していたようです。しかし、この作品といい、河童のクゥといい、もしジブリブランドで公開されていれば何の問題も無く大ヒットなのに・・・と思うと辛いですね。とにかく私も署名させていただきました。あのフラガールのような一大ムーブメントになる事をひたすら祈りつつ・・・。
投稿: オサムシ | 2010年1月10日 (日) 18:24
◆オサムシさん
書き込みありがとうございます。
私の拙文がお役に立てたのなら幸いです。
お子さんにとってもいい思い出になった事でしょうね。我が事のように嬉しい気持です。
どうやら、今年になって、少しづつ上映が増えて来ているようですね。
もっともっと、感動の輪が広がる事を、切に望みたいです。
頑張れ! マイマイ新子
投稿: Kei(管理人) | 2010年1月12日 (火) 00:29
”座席数48の映画館でおきた小さな奇跡”
”ラピュタ阿佐ヶ谷で2千人突破!”
マイマイ新子と千年の魔法公式ブログより
http://blog.goo.ne.jp/maimai_1121/e/74609d7a452605c554ca7c3e45271ba7
泣けました。
投稿: タニプロ | 2010年2月16日 (火) 01:31
たびたびすみません。
公式サイトの「お楽しみコンテンツ」欄に応援ブログパーツが用意されてました。
投稿: タニプロ | 2010年2月17日 (水) 00:01