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2010年1月27日 (水)

「板尾創路の脱獄王」

Datugokuou (2009年:角川映画/監督:板尾 創路)

お笑いタレント・板尾創路が初監督し、共同脚本、主演も兼ねたワンマン映画。

以前にも書いたが、お笑いタレントが映画監督に進出するのは大いに歓迎である。北野武、竹中直人(最近作は失敗だが)、昨年は品川ヒロシ(「ドロップ」)等、成功した例も多い。才能のある人なら、何でもチャレンジして、業界に新風を巻き起こして欲しいと思う。

なお、私はテレビのお笑い番組はまったく見ないので、板尾創路という人がどんな芸を持っているのか全然知らない。「大日本人」にチラッと出ていた時に、初めて名前を知ったくらいである(それ以前から映画には数多く出てたようだが、全然印象に残っていない)。

昨年の是枝裕和監督「空気人形」で、なかなか味のある好演をしていたので、その彼が監督したと聞いて興味を抱き、鑑賞することにした。

結論から言うと、予想外に面白い。映画ファン(特に外国映画ファン)にはお奨めである。

公式サイトによると、「洋画には脱獄映画の傑作が多いが、今の日本映画には脱獄を扱ったものがほとんどない。脱獄映画にはエンターティンメントが凝縮されているので、その中でドラマを描ききりたい」という事だそうである。

これを聞く限り、板尾はかなりの洋画ファンのようである。胸に刺青をした脱獄囚という設定は、スティーブ・マックィーン主演の名作「パピヨン」を思い起こさせるし、同じく孤島の監獄を舞台とした「アルカトラスからの脱出」(クリント・イーストウッド主演)という佳作もある。その他、「ショーシャンクの空に」等、確かに洋画には脱獄映画の名作が多い。おそらく板尾は、そうした脱獄映画を何本も観て研究したに違いない。そうした成果は、作品に充分に表れている。
(日本映画にも脱獄映画はない事はないが、「網走番外地」「脱獄広島殺人囚」などの東映系を中心に、ほとんどが2本立プログラムピクチャーの片割れである。また、ここ数年は確かに脱獄ものは作られていない)

主人公、鈴木雅之(板尾創路)は、最初は微罪で投獄されたにも係わらず、執拗に、何度も何度も脱獄を繰り返す。その度に刑期は増え続ける。いったい彼はなぜそこまで脱獄にこだわるのか…、それがサスペンスとなって物語を引っ張って行く。

その脱獄の手口も、毎回手を変え品を変え、見せ場となっている。また、刑務所の看守長の金村(國村隼)が彼の行動に興味を持ち、出世したにも係わらず、最後まで鈴木の脱獄の謎を追い求める展開も面白い。金村の興味は、観客の興味でもあり、最後にその謎が判明した時、我々観客も驚愕する事となる。

物語の背景となる時代は、昭和9年から十数年間であるが、刑務所もセットや、保存されている古い建物等をうまく使って、時代考証や拷問の小道具にも凝っており、思いの外リアルな脱獄サスペンス・ストーリーが展開する。―最後の直前までは。

「地獄甲子園」等の監督、山口雄大が共同脚本も含め、さまざまな形で板尾に協力しており、それがプラスとなって物語はかなりしっかりと構築されており、最後まで飽きさせない展開で見応えがある。

(以下、ネタバレがあります。未見の方はご注意ください)
時間軸もユニークである。冒頭から大胆な脱獄シーンを見せて観客を一気に物語世界に引きずり込み、そこから過去に戻って、鈴木の脱獄歴を振り返るのだが、凝っているのは、冒頭の脱獄シーンに追いついた後、メイン・タイトルが登場する同じシーンが反復され、物語はまた、今度はずっと過去に戻り、鈴木の出生の秘密を追いかけて行く。

その過程で、鈴木がなぜ脱獄にこだわるのか、その秘密が次第に露わになって行く。さまざまな謎が、ジグソーパズルを組み合わせるように、次第にピースが埋まって行き、ラストでピタリ、最後の1枚が埋まる、その快感は映画冥利に尽きる。見事である。

 
物語構成がしっかり作られているから、部分的に登場する唐突な展開(メイン・タイトルが2度現れたり、突然 '70年代のいずみたく作曲の名曲を鈴木が歌いだしたり)も、物語を邪魔する事はない。そうしたパーツが、最後に“これは実は大ボラ吹き・コメディですよ”と落とす絶妙のエンディングへの伏線ともなっているのである。

突っ込みどころもいろいろあるが(昭和11年から10年後が現在であるのに、まだ戦争中のようなセリフがあったり、あの時代にまだ[ハング・グライダー]は発明されていないはず、だとか、生まれた直後の赤ん坊が這いずり回れるはずがない、とか)、それらもすべて、この作品がシリアスのように見せかけた、実はフェイク・ファンタジー・コメディである事を巧みにに証明しているのである。

“小さな真実を積み重ねて、大きなホラを吹く”のがファンタジーの秀作の条件であるとよく言われるが、この映画はまさに脱獄の手口や、拷問を徹底的にリアルに描き(手首の傷からウジが湧くシーンのリアルさ)、そうして最後に大ボラを吹いて観客をケムに巻くのである。

実にしたたかで、意地悪な作品である。これが、板尾創路という個性派キャラクターの持ち味だとしたら、この人はあなどれない。

最後に、なんで刺青を確認しなかったのか、という疑問もあるが、これがあるから大笑い出来るのである。そこに絶妙に突っ込む、金村のセリフも大爆笑ものである。

おそらくは、彼の中に、父親は堂々たる威厳と貫禄がある、という刷り込みがあったのだろう。その役に笑福亭松之助をキャスティングしたのもうまい。そして、刺青のある本物の父親役に、貧相を絵に描いたような、榎木兵衛(ロマンポルノ・ファンには懐かしい)を持って来るキャスティングの妙!参りました。

板尾創路の監督デビューは、まずは大成功である。骨組みと構成をしっかり組み立て、プロの助力を得てきちんとした脚本を書き上げ、ラストに向かって物語りを収斂させて行く確かな演出は、新人離れしている。こういう当り前の事が出来ない監督が多いのである。次回作が楽しみである。
松本人志さん、板尾さんの映画作りに学んで、爪の垢でも貰ってください(笑)。      (採点=★★★★

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(お楽しみはココからだ)
Coolhandluke1 脱獄映画と言えば、隠れた秀作がある。ポール・ニューマン主演の「暴力脱獄」(スチュアート・ローゼンバーグ監督)というアメリカ映画である。脱獄映画の中では、私は一番好きな作品である。

この映画には、実は本作と似た要素がいくつかある。以下、挙げてみる。

ちょっとした微罪で刑務所に入り、何度も執拗に脱獄を繰り返す。その都度看守から惨忍な懲罰を受けるが、へこたれない。

Coolhandruke_2 そして何より、脱走した時、線路の上を逃げるシーンもある(左)。鈴木が毎回線路沿いに逃げるのは、板尾監督の、この映画に対するオマージュではないだろうか。

Datugokuou2そして、主人公をキリストに見立てるシーンもある。ラスト間際には、教会で神と語るシーンもある。

本作でも、髭と髪が伸び放題の鈴木の姿はキリストにそっくりだし、金村はクリスチャンで教会で祈るシーンがある。

ラストは悲劇に終わるのだが、本作のハッピーエンドはその裏返しではないだろうか。

昔観たきりなのであまり細部は覚えていないのだが、見直せばまだ似ているシーンがあるかも知れない。興味ある方はインプットしておいて損はない。お奨め。

 

暴力脱獄(DVD)
パピヨン(DVD)
アルカトラズからの脱出

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コメント

なるほど。

『パピヨン』はすぐ気付くところですが、
『暴力脱獄』も下敷き(?)になっていたとは?
いやあ、おそれいりました。

投稿: えい | 2010年1月27日 (水) 21:12

はじめまして。
充実したレビューは実に素晴らしいと思いました。
特に、ポール・ニューマンの「暴力脱獄」との間に関連性があるとのご指摘には驚きました。
ただ、誠につまらない揚げ足取り的なことで恐縮ですが、「昭和11年から10年後が現在であるのに、まだ戦争中のようなセリフがあったり、あの時代にまだXは発明させていないはず」とあるところ、すでに19世紀末にはリリエンタールのXが出現していますし、また、劇場用パンフレットで「昭和初期」とされている時代設定を、“戦後”の“昭和21年(昭和11年から10年後)”と解釈するわけにはいかないのではと思われますが〔なお、本文では「昭和9年から十数年間」とされ、後半の「ネタバレ」以降でも「昭和11年から10年後が現在」と具体的に述べておられますが、何かそう解釈できる根拠がおありでしょうか〕?

投稿: クマネズミ | 2010年2月24日 (水) 05:51

◆クマネズミさん、ようこそ。

>すでに19世紀末にはリリエンタールのXが出現していますし、…

それは知っていましたが、リリエンタールのは、尾翼のある、軽飛行機に近い形状です。
鈴木が作ったのは、現在普及しているタイプとほぼ同形状です。で、このタイプは、1949年に、NACA(NASAの前身)のフランシス・ロガロが初めて考案したとされておりますので、あのように書かせていただきました。
(参考:http://steampunk.seesaa.net/article/110894435.html)

 
次に年代についてですが、これは根拠があります。
映画冒頭のタイトル後、「12年前」というテロップが表示され、金村看守長が赴任して来た時に、辞令のような書面がチラッと見えますが、そこに、「昭和九年」と書かれてあります。
従って、現在は昭和21年という事になります。
それからお話は進み、「2年後」と表示された後、金村が転勤になる話が出て、その時(辞令か、表彰状のようなものか記憶があいまいですが)、画面に登場したその書面に「昭和十一年」と書かれてありました。
私はいつもスクリーンの前の方に座るので、細かい所まで目が行くのです(笑)。

おそらく脚本では、はっきりとは示していなかったのでしょうが、小道具担当者がこれらを作成する時に、画面に映る以上、きちんと表記することにしたのでしょう。現在もまだ戦時中のように描かれているのも、脚本設定と小道具との年代のズレのため、と考えれば得心が行きます。
 
クマネズミさん、ご納得いただけましたでしょうか。

投稿: Kei(管理人) | 2010年2月24日 (水) 21:42

Keiさん、つまらない質問にもかかわらず、誠にご丁寧な回答をいただき、心から感謝申し上げます。十分納得いたしました。
なるほどそんな細かいところまでご覧になっていらっしゃったとは、驚きました。一体こちらは何を見ていたのかと恥じ入るばかりです。
これからもまたイロイロご教示いただければ幸いです。

投稿: クマネズミ | 2010年2月24日 (水) 22:29

ご無沙汰しております。気迫のあるいい映画でしたね。昔から監督もやってやろうというタレント、俳優、芸人は多くいますが、これくらい見せてくれる作品を期待したいです。

投稿: 冨田弘嗣 | 2010年3月19日 (金) 22:52

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